イタリアを旅行していると、ときどき「人間とは、何と罪深い存在なのか」と目眩がする瞬間がある。
雑事に追われる凡庸な一般人である私たちは、日常において知らず知らずのうちに、己の限界を設定してしまう。よりよく、健全に、罪なき存在として生きようとしてしまう。だけど、この奇想の王国を旅行していると、人間は、もっと自由に、もっと極限まで、もっと大胆に、己の快楽を追求することだってできるのだと、思い知らされる。
それは、神に叛く行為かもしれない。だけど、たとえ罪を背負ってでも追求すべき至高の快楽が、この世にはあるのでは?──イタリアとは、そんな禁断の扉の向こうを見せてくれる国でもあるのだ。
と、いきなり「なんだお前」なテンションで始めてしまったけれど、私は23歳のときに2週間、そして今年31歳のときに2週間、合計すると1ヶ月くらいイタリアを旅行している。もちろん定番の観光地にだって行きまくっているが、今回以下に並べるのは、その中でも少々マニアックな、「禁断の扉の向こう」が見える場所だ。
これからイタリアを旅行する予定がある人は、以下に並べる場所をどうか1箇所でも、ぜひ訪れてみて欲しいと思う。ローマのコロッセオだってカッコイイし、パスタだってピッツァだって美味しいには違いないが、イタリアの魅力をそれだけだと勘違いして欲しくない。「イタリアとはこの世で唯一、神からの寵愛を受けた土地である」と言ったのは村上春樹だ。私は、この言葉ほどイタリアという国を適切に表しているものはないと思う。美しさと快楽と官能と、欲望と怠惰と退廃。それらがギュッと凝縮されてつまっているのがイタリアだ。天国もあるし、地獄もある。輝くオレンジ色の陽射しと、おぞましいほどの深い闇がある。
御託を並べるのはこれくらいにして、まずは今回訪れた南のほうから……なお、一番下にはイタリアのディープスポットをよく知るための参考文献をまとめました!
パレルモ
【1. カプチン修道会の地下墓地】
(※ポストカード)
まず断っておきたいのだけど、ディープスポットはディープであるが故に(?)写真撮影禁止となっている場合が少なくない。なので場の臨場感をありのままにお伝えできないのが非常に残念なのだが、なんでもネットで見ることができるこのご時世、「その場にいかないとわからない」という場所が世界にいくつかあってもいいだろう。パレルモにあるこの「カプチン修道会の地下墓地」も、出口に売っていたポストカードの画像でお茶を濁させて欲しい。
ここには、約8000体(!)ものミイラが一堂に並べられている。階段を降りて足を進めると、地上とは違うひんやりとした空気が肌を刺す。私が訪れたときはちょうど前にイタリア人の団体さんがいたのでそれほど「怖い」という感じはしなかったが、たった一人でここを歩いたらけっこう怖いかもしれない。
並べられているミイラをよくよく観察していると、わずかながら表情のようなものを読み取れることもある。この人は生前ちょっと神経質な男性だったのだろうとか、この人は生前なかなかダンディな女泣かせだったのだろうとか。もちろんそれが正しいかどうか確かめる術はないけれど──彼らがかつて、私たちと同じように生きて、悩み、泣き、迷い、喜び、笑う存在だったであろうことは伝わってくる。生きていたときの、「痕跡」のようなものがちゃんと見える。それは確かにあまりにも生々しく、ショッキングではある。私はキリスト教徒でもないし、カプチン修道会とも宗教的に関係がないので、死んでもミイラになることはない。だけど、死後自分がここに並べられるところを、想像せずにはいられなかった。
私の体からいつか魂が抜けるとき、その亡骸はどんな表情をしているだろう?
【2. ヴィラ・パラゴニア】
パレルモから電車で15分ほど行った先に、バゲリーアという小さな街がある。静かな駅を出ると閑静な住宅街といった風情で、特に面白いものはなさそうだ。しかし、その駅から20分ほど歩いたところに、このヴィラ・パラゴニアが佇んでいる。正門には不気味な笑いを浮かべた怪物が2体、奥へ進むと塀の上一面に小人や半獣半人や畸形者の彫刻が並べられている。かつて文豪のゲーテもここを訪れ、「悪趣味」「パラゴニア式無軌道」と散々disってはその様子を『イタリア紀行(中)』に記した。
澁澤龍彦の『旅のモザイク』によると、かつてこの邸宅を建てた主人は「たいそう醜いせむし男*1」であったという。その主人が、なぜ自分と同じ不自由な体を持つ者の彫刻を、塀の上一面に敷き詰めたのかは誰もわからない。あるいは高度な皮肉だったのか、ユーモアだったのか。この邸宅が現役だった18世紀当時、周辺の住民からはたいそう気味悪がれたようで、妊娠した女性がこの邸宅を見ると怪物を産むという不吉な噂まで流れた。
庭を囲んでぐるりと並ぶ塀の上の彫刻は異様である。かつての主人がなぜこんなものを作ったのか、それは今となっては誰にもわからない。ただこの場所にいると、自分の、想像力の限界の枠が、するすると崩れ落ちていくのがわかる。人間はこんな世界を作れるのだ。私はまだ世界を何も知らない、と思う。
マテーラ
【3. サンタ・マリア・デ・イドリス教会】
【4. サンタ・ルチア・アッレ・マルヴェ教会】
洞窟住居で有名な、マテーラという町に行ってみた。
— チェコ好き (@aniram_czech) 2018年4月4日
この廃墟感が大好きなのですが、戦後しばらくはとても貧しい人たちが住む劣悪な場所だったらしく、南イタリアの恥部と思われていたとか。1950年代の法整備で住民を強制退去させた後、観光地として復活したようです。
教会が断崖絶壁の上に。 pic.twitter.com/UwFMXM1atV
マテーラは「サッシ」という洞窟住居で有名な街。このマテーラ、写真だと伝わりにくいのだが、外側が谷のようになっており、崖の上に街が浮かんでいるような具合になっている。なんとも異様な光景で、ちょっと衝撃なので、決して行きやすい場所ではないものの(鉄道の乗り換えが面倒)南イタリアを旅行する機会があったらぜひ訪れてみてほしい。
街の様子だけでも十分「マジかよ」という感じなのだけど、せっかくなのでマテーラに来たら「サンタ・マリア・デ・イドリス教会」と「サンタ・ルチア・アッレ・マルヴェ教会」に入ってみてほしい。イドリス教会のほうは上の写真にある通り、岩に十字架をぶっさしたような異様な外観の教会である。例によって内部は写真撮影禁止だったのが残念だ。
イドリス教会もマルヴェ教会も、内部はとても質素な作りである。言っちゃ悪いが、岩を削って壁に絵を描いただけだ。イタリアには黄金のピカピカモザイクもあるし、何より訪れる人すべての目を眩ますであろうヴァチカンのサン・ピエトロ大聖堂もある。こんな、岩を削って絵を描いただけの教会に何の用があるんだ、と思う人もいるかもしれない。しかし、私はこれらの教会の、特にマルヴェ教会のほうで涙腺が崩壊してぽろぽろ泣いてしまった。私はスピリチュアルなものに対してはどちらかというと疑ってかかるほうだが、マルヴェ教会は聖なるパワーがすごい。きっと迫害を逃れてこの地にたどり着いたギリシャ正教の人々が、必死に祈り、守ってきた教会なのだろう。人の念というのは場所に溜めることができるのだな、と思った。
ナポリ
【5. サン・ジェンナーロのカタコンベ】
【6. イル・ソットスオロ・ナポレターノ】
ナポリと言ったら普通はピッツァであり、事実ピッツァは美味しい(あと安い)。しかしそんなナポリにはもう一つの顔があって、ナポリとは実は地下都市の街なのだ。ヴェスヴィオ火山近くのナポリの岩盤は加工しやすいので、地下が発達したらしい。地上は陽気さと喧騒にまみれ、しかしその地下には人知れず冷んやりと、もう一つの秘密の都市が網目のように広がっている。夢があるでしょ〜!
そんな夢の「アンダーグラウンド・ナポリ」を堪能するために訪れたい場所は二箇所で、一つはサン・ジェンナーロのカタコンベ。パレルモのカタコンベと違って8000体のミイラがあるわけじゃないが、そのぶん広くて、ガイドと一緒だけど地下を探検しているみたいでわりと楽しい。そしてもう一つ、イル・ソットスオロ・ナポレターノはナポリの地下水道を探検できるツアーで、だいぶ観光客向けに作ってはあるが、これもまあまあ楽しい。イル・ソットスオロ・ナポレターノは、真っ暗な中かなり狭い路地をロウソク(の形をしたキャンドル、よく雑貨屋にあるアレ)片手に進むのだけど、狭すぎて途中でだんだん不安になってくる。
この地下都市は戦中防空壕としても使われていたようで、何やら生々しい念のようなものを感じるし、古代ローマの奴隷がこの水路を死にそうになりながら掘っているところを想像すると、今自分がそこを歩いていることをとても不思議に感じた。やはり、人の念は場所に溜まる……。
ローマ
【7. サンタ・マリア・インマコラータ・コンチェツィオーネ教会】
(※ポストカード)
ここは今回紹介する中で、好きすぎて、人生で二度行った場所。二度目に訪れてもやっぱり素敵な場所だった。サンタ・マリア・インマコラータ・コンチェツィオーネ教会、通称は骸骨寺。ここも例によって撮影禁止なのだが、どういった場所かというと、内部の壁一面が人間の骨で装飾されているという「ギャーッ!」って感じのスポットである。
ただ私、この骸骨寺をホラー好きやゲテモノ好きに訪れてほしいとはあまり思っていなくて、どちらかというと、普通の、ただイタリアに遊びに来たよっていう観光客の人におすすめしたいんだよね。ローマ中心部からも徒歩で行けるし。
この骸骨寺に行くと、軽く死生観がひっくり返る。人間の骨を一面に敷き詰められたら普通は「ギャーッ!」だと思うのだけど、なぜかこの骸骨寺のガイコツは、私だけかもしれないけど、嫌な感じがしない。それが、なぜなのかはよくわからない。骸骨寺のガイコツを見ると、とても神聖な、穏やかな気持ちになる。地域の人に愛されて、大切にされてきた教会なんだなあと、ほっこりしてしまう。ガイコツを見て、ほっこりするのである。すると、「死=嫌なもの、忌避すべきもの、怖いもの」という自分の中の概念が、くるっと音を立ててひっくり返ってしまうのだ。
出口のところに「汝の姿は、われらが過去 汝の未来は、われらが姿」という言葉が刻んであるのも、なかなか心を震わせる。彼らはかつて、私たちのように息をして、心臓を動かしていた。そして私たちもいつか、彼らと同じ、骨だけの存在になるのだ。
【8. ボマルツォの怪物公園】
ここからは前回私が23歳のときに訪れた中部イタリアになるのだけど、まずはボマルツォの怪物公園。澁澤龍彦がエッセイ『ボマルツォの怪物』でこの場所のことを書いていたので、一部の日本人の間で知られるようになった。1552年、オルシニ公というちょっと変わった趣味をお持ちになっていた貴族が、ここを造ったらしい。パレルモのヴィラ・パラゴニアもそうだが、イタリアの貴族ってのは少々イっちゃった趣味をお持ちの方が多かったみたいである。
ボマルツォは美術的にはマニエリスムの時代に区分される公園で、中に入るとちょっと笑っちゃうカワイイ怪物たちがたくさんお出迎えしてくれる。大口を開けた怪物、足を大きく広げたエロい女怪物、傾いた家、などなど。しかしこの公園、長く忘れ去られていた時代があったみたいで、1552年の完成後すぐに放棄され、1920年頃に発見されたのだとか。発見当時は怪物たちに木々が絡まり完全に森と同化してしまっていたというが、森を歩いていて突如こんな怪物が現れたらけっこう怖い気がする。
【9. ランテ荘】
イタリアは実は有名な庭園の宝庫なのだが、日本庭園と大きく異なるのは、やっぱちょっとイっちゃってるというか、デカダンスの香りが色濃く漂っていることである。日本庭園のように心が洗われないというか、どちらかというと汚れた心でニヤニヤしてしまうのがイタリアの庭園だ。無駄にエロい彫刻とか、「これ何の意味があるんだよ?」「バカにしてんのか!?」みたいな仕掛けとかがよくある。
それもこれも、やっぱりイタリアは変態貴族が多かったのだろう。多かったというか、変態を許す土壌があったというか。ボマルツォもそうだけど、「俺の趣味大爆発庭園」みたいなのがよくある。そしてこの「俺の趣味大爆発庭園」を見ていると、私は自分の常識の枠がガラガラと崩れ落ちるのを感じ、とても自由な気分になれる。
ランテ荘もそんな「俺の趣味大爆発庭園」の一つだが、目を引くのは写真にある通りの「ぐるぐる」である。迷路みたいになっている。なぜこんな「ぐるぐる」を造ったのかまったく意味がわからない。「はあ?」という感じである。ここを訪れて視界一面に広がる「ぐるぐる」を見たとき、意味不明すぎて腰の力が抜けた。まじで、「はあ?」しか言葉が出てこない。
なお、同系統(?)の庭園として、ローマ近郊に「エステ荘」というのもあるんだけど、そっちはまだ私行けてないんだよなあ……!
シエナ
【10. ヴァーニョ・ヴィニョーニ温泉】
古代ローマ人は『テルマエ・ロマエ』などで知られているようにお風呂が好きだったようで、ローマにもカラカラ浴場跡などの有名な観光スポットがある。しかしローマの外を出ても、けっこういろいろなところに古代ローマ人が造ったお風呂はあって、とりあえず「こいつらどこにでも風呂造ってたんだな!」というのがよくわかる。私はロンドン郊外のバースという街に行ったことがあるんだけど、このバースも古代ローマ人たちが造ったお風呂の街だ。バースは「Bath」の語源だとも言われている。
ヴァーニョ・ヴィニョーニもそんな感じで古代ローマ人が造った温泉街なのだが、温泉(と、言っても今は入れないんだけど)をぐるりと囲むように家が建っている。特筆しておきたいのは、ここがアンドレイ・タルコフスキーの映画『ノスタルジア』のロケ地であったことだ。私は『ノスタルジア』が大好きすぎるので、それだけでもうヴァーニョ・ヴィニョーニを絶賛したくなってしまう。
刺激的な要素はなく、観光客も街の人も、みんな縁に腰掛けてぼぉぉぉぉっと温泉のゆらゆら揺れる水を見つめている。それで気付くと30分くらい経っている街なのだけど、よく考えるとけっこうやばい。気付くと30分くらいがぼぉぉぉぉぉっと過ぎていく場所です。
フィランツェ
【11. ラ・スペーコラ】
最後に紹介したいのはフィレンツェにあるラ・スペーコラ。こちらも写真撮影禁止のスポットなので画像とともに紹介できないのが残念なのだけど、「ラ スペーコラ」で画像検索すると閲覧注意のグロ画像がたくさん出てくるので興味のある人はググってね。
ラ・スペーコラはどういった場所なのかというと、「イっちゃった博物趣味」の極みみたいなスポットだ。入り口をくぐると、まずは『へんないきもの (新潮文庫)』とかに載ってそうな奇怪な動物・海洋生物などの剥製や標本がずら〜〜〜〜と並んでいて、「何でこんな生き物がいるんだろ? 神様って頭おかしいのかな?」などと頭痛がしてくる。しかしここの本番は何と言っても、狂ったようにずらずらと並べてある人体標本だろう。ちなみに蝋人形製。
私がこの場所を気に入っているのは、言い方がものすごく悪いが、動物と人間をまったく同列に扱っていて、人体をただの博物趣味でしか見ていないところだ。マッドサイエンティスト的というか、サイコパス的である。人体に夢も理想も抱いていない。人間の中身がどうなってんのか知りたかったから開いてみただけだよ! とでも言いたげな、純度の高い狂気と無垢さみたいなのを感じる。あと内臓の中でも特に女性器へのこだわりがすごくて、女性器だけを並べた女性器!女性器!女性器!女性器!女性器! みたいな一角があるのだけど、ここも必見。グロすぎてセックスする気が失せるだろう。こんなに女性器のコーナーが充実しているのは当然研究者が男だったからだろうけど、エロではなく、「俺がどこから出てきたのか、産まれてきたのか、俺のルーツが知りたいんだよう! 俺とはいったい何なのだ!?」的な、フロイトっぽい感じのコーナーである。
ラ・スペーコラ、大好きな場所なのでまた行きたいな。ふざけているわけじゃなくて、私、真面目にこの場所が好きなのだ。どうしてもゲテモノっぽい書き方になってしまうんだけど、「純度の高い好奇心」みたいなものに触れることができる。純度が高いというか、高すぎるが故にマッドサイエンティストな方向に行ってるんだけど、この場所にいるとかつての研究者の好奇心に感染する。
まとめ
以上が、私がオススメしたい11のイタリアのディープ・スポットだ。エロもグロもナンセンスもあり悪趣味だけど、こういうアンダーグラウンドな観光地が充実しているところもまたイタリアの魅力。美術館とパスタとピッツァとリゾートで終わらせるのは本当にもったいない。
かつて、ルヴェルディは恋人のココ・シャネルに言った。「影は、光のもっとも美しい宝石箱である」と。
イタリアの光を見たいのならば、影を見なければならない。人生の光を見たいのならば、影を見なければならない。影こそが光のもっとも美しい宝石箱であり、光は影の中でこそ、真に美しく輝くのだから!
【完】
参考文献
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