チェコ好きの日記

もしかしたら木曜日の22時に更新されるかもしれないブログ

その読書、ストップ! 「本読みすぎ」の弊害

高校のとき、国語の先生がいっていた言葉が、今でも非常に強く印象に残っています。


出版されてから10年を経ていない本は、読む価値がない」。


今の私はといえば、この先生の言葉を無視するかのごとく、
いろいろな新刊本に飛びついているわけですが……
それでもこの言葉は自分を戒めるための重い言葉として、しっかりと胸に刻んでいます。

★★★

世の中には、数々の「読書法」の本がならんでいます。
本を読むために本を買うって、考えてみれば何だか変な話ですけどね。

このブログでも、以前「読書法」に関するエントリを書いたことがあります。
『本は10冊同時に読め!』? 読書法の正解ってなんだ - (チェコ好き)の日記

ちまたにたくさんの「読書本」が並んでいるのを見ればわかるように、
世の中では、とにかく「読書」はいいことだとされているようです。


かくいう私も、ここ6年間くらいは、年間80~100冊くらいのペースで、毎年本を読んでいます。


年間で400冊とか500冊とかいうツワモノも、世の中にはいらっしゃるらしいので、
私のこの読書量が多いのか普通なのか、自分ではよくわかりません。


ただ、年間100冊程度という、たぶん少なくはないであろう読書をこなしている身としては、
年に400、500、と本を読むのは「読みすぎ」というか、「そんなに読んで意味ある?」と思っちゃいます。


異論はあるでしょうが、本は読まないのもダメだし、読みすぎてもいけない。


おそらく、100も400も500も本を読む必要はなく、
年50~90冊くらいが適正な量なんじゃないかと、思うわけです。

なぜかというと……理由は2つ。

インプット偏重脳になる

あまりにも「量を読む」ことに重点を置きすぎてしまうと、
読んだことを自分のなかで消化し、外にはきだすことが、
時間的にも能力的にも難しくなってきてしまいます。

私は現在、おそらく典型的なこの「インプット偏重脳」で、読んだことを誰かに伝えたり、
実際の生活のなかで実践していくことが苦手です。

なので改善策としてブログを書いています……とほほ

書を捨てよ、町へ出よう、とはよくいったもので、
本ばかり読んでいると目も悪くなり(?)ますし、頭のなかが活字でいっぱいになってきます。

抽象的な表現ですが、頭のなかが活字(=他人の言葉)でいっぱいになってくると、
何かもう非常に落ち着かないわけです。
自分の言葉が、なかなか探せなくなってくるのです。


インプット偏重脳……
より率直にいうならば、本ばっかり読んでると頭悪くなるよ、ということです。


古典的文学作品のような、「読んだというだけで価値がある」みたいな本もなかにはありますが、
やはり多くの本は、本の内容を誰かに話すなり、本に書いてあることを実行するなり、
何かしらのアウトップットを意識すべきではないでしょうか。

なので、100とか400とか500とか、読んだ本の冊数にこだわる必要はないので、
より自分にとってアウトプットがしやすそうな、本の内容の出口をきちんと用意してあげられそうな、
そんな本を激選して読むのがベストです。

軽い本ばかり選ぶようになる、じっくり読まなくなる

とにかく多く読むことに重点をおいてしまうと、どうしても「軽い」本に手がのびてしまいます。

「軽い」本というのは、私のなかでは,
高校のとき国語の先生がいっていた、「出版されてから10年を経ていない本」です。

時の洗礼を受けていない本は、あっという間に陳腐化します。


それでも「時流を読む」というのが、ときに大事かなと思ったりするので、
「出版されてから10年を経ていない本」を読むのがまったくの無意味か、というとそんなことはないです。

が、私のように放っておくとつい「軽い」本に手がのびてしまう方は、
「月に3冊」とかある程度ノルマを決めて、古典文学など「重い」本を意識的に読むようにしましょう。

時間がかかってもいいですし、そのぶん出たばかりの新刊を読むことができなくなったって、いいのです。

年間100冊の本を読んでいて思いますが、
やはり「出版されてから10年を経ていない本は、読む価値がない」。

充実した読書ライフ

年50~90冊くらいの量を、なるべく「出版されてから10年以上経っている本」を中心に読む。
これが、私の考える「充実した読書」です。
私の2013年の目標でもあります(笑)


さらに付け加えると、読み終わった本は、必ず読み終わった日の日付、タイトル、簡単な感想などを
メモしておくといいと思います。

私が使っているのは、読書メーターというサービス。


本棚を見ればだいたいその人の人となりが見えてくるように、
読んだ本は、あなたのアタマの中身も同然です。

記録をとっておけば、「重い本」を中心に本が読めているか、どれくらいの量の本を読んでいるのか、
などを確認するために使えることはもちろん、
単純に、あとでふり返ったとき、「以前の自分はこんなことを考えていたのか……」と当時の感覚を思い出せます。

読書メモは手帳やノートなどアナログでもかまわないと思うのですが、
デジタルツールを活用するとより記録がとりやすくなる気がします。

読書メーターのほか、ブクログメディアマーカーを使っている人の話もよく聞きます。
自分の使いやすいツールを使いましょう。すべて無料です。


最後に:本が読めないという人へ

年に400とか500とか読む必要はないんじゃないかなーと個人的には思うわけですが、

年に50冊以下くらいしか本を読んでいなくて、
「もっと読みたい!」と思っている方がもしいるならば、最後にちょっとアドバイスです。

無理して読まなくていいと思います。

えっ……ってかんじかもしれませんが、本を読む必要がないならば、
それにこしたことはないです。

私が本を読む理由は、一言でいうと、
「自分の不安や不満を解消する答えを探すため」です。

なので、恋愛に悩んでいるときは恋愛小説をはじめフェミニズムとか家族学とか女性学の本が多くなりますし、
働き方に悩んでいるときは社会学や労働に関する本、新書などが多くなります。


もちろん、文学や芸術に関する本もけっこう読むのですが、
それらからだって遠まわしに、「自分の不安や不満を解消する答え」を探そうとしています。


なので、本をあまり読んでいないという方は、
解消したいと思うような「自分の不安や不満」がそもそもないんじゃないのかな? 
と、自分のまわりの友人たちの話を聞いていると、思うわけです。

もしくは、「不安や不満を解消する答え」を、読書以外の方法から得るほうが、
向いている方たちなんでしょう。


「不安や不満がない」ならば、「解消する答え」なんて探さなくていいし、

読書以外の方法から「解消する答え」を見つけるほうが向いているというのであれば、
わざわざ自分にとって効率の悪い「読書」という方法をとらなくてもいいのではないでしょうか。


でも、もし「不安や不満」があって、
しかも今のところ特にそれらを「解消する答え」を探す手段を持っていない、というのであれば。


はじめは無理して冊数をカウントする必要はないし、「重い」とか「軽い」とかを考える必要もない。

自分の「不安や不満」をよりダイレクトに解消してくれそうな本を、
恥ずかしがらずに選んで、読みましょう。


自分の悩みと、より直結している本を選んでいくことが、
「充実した読書」ではないかと思うのです。


そして、人間の悩みというのはどんなに時を経ても本質的にはあまり変わらないので、
「出版されてから10年以上経った本」のなかにこそ、最も有効な解決法が書かれていたりします。

たぶん。

2013年、あなたは、どんな本を読みますか?