チェコ好きの日記

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『約束された場所で underground2』 村上春樹と考えるオウム真理教。(後編)

前回の続き。
『約束された場所で underground2』 村上春樹と考えるオウム真理教。(前編) - チェコ好きの日記

自宅の本棚を整理していたら、村上春樹が行なったオウム真理教信者(あるいは元信者)へのインタビュー集が出てきました。
そして、久々に読み返しました。

約束された場所で―underground 2 (文春文庫)

約束された場所で―underground 2 (文春文庫)


今回は、このエントリの後編です。あ、前編を読んでいなくてもまったく差し障りはありません。

セーフティーネットのない社会

心身にはっきりとした障害があるわけではないのだけれど、みんなと同じように学校に行って勉強したり部活をしたり恋愛をしたりとかができなくて、さらに社会人となって働く年齢になっても、みんなと同じように会社に行って上司に怒られたりお客さんに嫌味を言われたり同僚と愚痴を言い合ったりすることができない人。そういう人はいつの時代も必ず一定数いるし、そういう人が一切いない社会というのも余裕がなさそうでこわい。

本を読んでいくと、なかには「なぜあなたがオウムに?」というような、経済的にも生活環境的にも何も不自由なさそうな人たち(ごく普通のOLさんとか、学校の先生とか)もいるのだけれど、やはり「こういう性格や考え方だと現実の社会でやっていくの大変だろう」と思わざるを得ない人たちがたくさんいました。

現状、そういう方々のために生活保護というセーフティーネットも存在するといえば存在するのだけれど、それはあくまで“金銭的な・生活上の”セーフティーネットであって、心の支えというか、精神的なセーフティーネットがこの社会には存在しない。村上春樹も、「問題は、こういう人たちを受けとめるための有効なネットが、麻原彰晃率いるオウム真理教団の他には、ほとんど見あたらなかったということにある」*1といっています。

典型的(?)なのは、本に出てくる細井真一さん。幼い頃から絵を描くのが好きだったのだけど、障害者の兄をもったことで学校では何かと馬鹿にされ、辛い体験をしていたようです。高校卒業後は東京の専門学校の漫画専攻科にかようのだけれど、半年で辞めてしまいます。その後、仕送りをもらいながらフリーターとして生活を続けていく中で、書店でオウム真理教の本に出会ったようです。

少し特殊(?)なのは、神田美由紀さん。彼女は幼い頃から神秘体験のようなものを数多くしていて、夢と現実の境目がわからなくなってしまったり、幽体離脱のようなものを繰り返していたといいます。父親や母親にそのことを話しても、なかなか理解されなかったらしいです(そりゃそうだ…)
不思議な体験とともに日々な生活を送っていたので、同級生の女の子たちが夢中になるファッションや恋愛、カラオケの話題などに何の価値も見いだせなかったということです。

細井さんなんかの場合は、彼が人生のどこかで本や漫画の世界に、あるいは現実の恋人や友人との関係のなかに、何らかの哲学や現実とのつながりを見いだせればよかったのだと思う。アートというのは究極的にはそういうためにあるものなのだから。そして、彼がそういった本や漫画や芸術に出会うための機会を、学校なり塾なり地域社会なりが用意してあげられていればよかった。村上春樹みたいなタイプは、特にそういう機会がなくても自給自足で自分の精神世界を作り上げてくれる本に出会えたのだと思うけど、一般人にはなかなかそれができない。

でも、神田さんの場合は自分と世界観が離れすぎていて、これはどうしたもんかなー、と考え込んでしまう。

TVで見たのかどこかの本で読んだのか忘れたけれど、幽体離脱のメカニズムは現在、科学的に解明されているらしい。もちろん本当に魂が抜けだしているわけではなくて、脳の錯覚?みたいなもので、疲れているときなどに幽体離脱したように“感じてしまう”のだそうです。私もたまに金縛りにあうのですが、脳は起きているのに体は寝てる的なアレだと考えているので、全然神秘体験とは思っていません。
なので、神田さんの場合は、「あなたは特殊じゃないのよ、ふつうなのよ」っていってくれる人がだれか周りにいればよかったのかな。

セーフティーネットをつくるというよりは、多様な選択肢や感覚を認めない社会を変えていくとか、あるいは教育機関や地域社会がその子の精神の核となるような本や芸術と出会える機会をつくってあげるとか、そういうことが必要なのかもしれません。

結局、何が<悪>だったのか? 村上春樹1Q84で描いたもの

オウムが起こした一連の事件について、裁判などで現実的な「罪」を問われるのは麻原であり事件に直接関係したオウム信者ですが、では彼らが<悪>なのかというとそうではなくて、彼らを作り出したこの社会が<悪>だということもできる。本の後半は村上春樹河合隼雄氏の対談なのですが、この<悪>という問題についてお二人がどう考えているかに、けっこうな分量が割かれています。その詳しい内容は実際に本を読んでみて!ってことで省略しますが、村上春樹は小説家なので、こういったインタビューもいずれ何らかのかたちで小説の世界に入ってくるんだろうな、本を初めて読んだときから思っていました。

1Q84 BOOK 2

1Q84 BOOK 2

そこで、『1Q84』の登場です。特にこのBOOK2では、青豆さんが宗教家の教祖を殺しに行く場面があり、村上春樹がついに小説の中で宗教に言及するのだな!とドキドキしたりしました。でも、この作品で『アンダーグラウンド』や『約束された場所で』で村上さんが得たことを描き切ったか?というと、答えはもちろんNOだと思います。村上さんのなかでさえ、まだ消化しきれていない何かがある。よしもとばななもそうですが、小説家はある一定のラインを超えると宗教的な方向に話がいくのかな?なんて考えました。今後も、宗教とは何か、善い物語と悪い物語とは何か、<悪>とは何か、という問題は彼の小説の中で繰り返し描かれていくのだろうと思います。

*1:『約束された場所で underground2』P141