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チェコ好きの日記

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奈良美智:君や僕にちょっと似ている 私的鑑賞ポイント

美術 東アジア

横浜美術館で開催されている奈良美智展に行ってきました。こちらは9月23日まで。
会場は、女性やカップル、また夏休みということもあってか家族連れも多かったです。

奈良美智はポストカードやぬいぐるみ、ストラップなどのグッズが他の作家より売れるらしい。ミュージアムショップの外にグッズ販売の特設会場が設置されていました。
「かわいいー!」とさまざまなグッズを手にするお客さんたち。

まぁ確かに、奈良美智の作品はかわいい。

でも、ちょっと考えてみてほしい。この展示、入るのに大人は1100円、大学・高校生だって700円もするのだ。1100円も払って、グッズまで買ったんなら、何かもうちょっといろいろオマケほしいと思いませんか? そのまま袋下げて会場を出たら、美術館の思うツボだと思いませんか? そんなことを考えるのは私だけですか? 

アートの見方なんて人それぞれなので別にいいのですが、ちょっと現代美術をかじった者としては、せっかく金払うなら、1100円で展示をしゃぶりつくしてやったほうがいいと思う。そして、奈良美智の作品の場合、そのための鑑賞ポイントは、ごちゃごちゃいうつもりはない。たった1つだ。

「かわいい」禁止。これに尽きる。

立ち読みした(買わなくてごめんなさい)展覧会カタログにもあったように、奈良美智の作品はついつい「かわいい」という言葉によって語られてしまう。「子供のような」「キャラクター的」も、奈良作品を形容するのによく用いられる言葉みたいだ。海外でも評価が高い奈良作品は、こういう日本独特の「マンガっぽい」感じがウケているんだと思う。

君や 僕に ちょっと似ている

君や 僕に ちょっと似ている

でも、奈良作品が「かわいい」のは周知の事実で、それはグルメリポーターがラーメンを食べて「しょっぱいです!!」とコメントするようなもんです。テレビカメラに向けて「しょっぱいです」とか言われても困ります。スープのコクとか麺のコシとかについてコメントしてもらわないと困ります。

なので、これからこの展示を見に行く人がいたら、おみやげ買うときくらいはいいとしても、ぜひ会場内では「かわいい」という言葉を使わずに作品を見てみてほしい。すると、とたんに何を口にしたらいいのかわからなくなるはずです。

でも、その不自由さが実はものすごい大事なポイントだと私は思うのです。いかに「かわいい」という言葉によって思考停止に陥っていたか。その“思考停止ワード”を禁止することによって、奈良作品と自分との間にあるフィルターがなくなる。作品と直接対峙しなければならなくなる。

同じ「かわいい」作品でも、

よく見たらこれは全然かわいくなくて気持ち悪いね。とか、
この子はいじわるそうだ。とか、
この子は何を見つめてるんだろう?とか、
展示のタイトルにもあるように、この子と私はちょっと似ているかも。とか。

「かわいい」という言葉を廃するだけで、作品世界がぐっと広がります。

これも立ち読みした展覧会カタログに載っていたのですが、奈良美智は作品を制作するときモデルを使わないそうです。だからこそ、彼の作品は匿名的な、キャラクター的な存在になる。モデルがいないということは、誰にでもあてはまるということです。だから、「君や僕にちょっと似ている」人物が成り立つのでしょう。

パンフレットに書いてありましたが、奈良美智は最近になって作品を自分の自画像ではなく、オーディエンスのものだと感じるようになってきたのだそう。作家本人がそうおっしゃっているのだから、われわれは堂々と奈良作品を自分のものにしたらいい。ただし、「かわいい」という言葉を一度使ってしまうと、奈良作品はキティちゃんやディズニーのキャラクターと同列になってしまいます。そうなったらもう、われわれは奈良作品を自分のものにはできないのです。

いろいろゴタクをならべましたが、とりあえず、一種のゲームだと思って、「かわいい」禁止やってみてください。現代美術をちょっとかじった者からのおすすめです。