チェコ好きの日記

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岩井俊二『ヴァンパイア』感想文

岩井俊二監督の最新映画『ヴァンパイア』を観てきました。

岩井俊二を知らない方は、とりあえず『リリィ・シュシュのすべて』という映画で、あの蒼井優を発掘した人だ、とでも覚えていただければ。

本作は、そんな岩井俊二監督の8年ぶりの長編映画です。

見どころは、何といっても蒼井優が英語のセリフをしゃべっているところ。というのは冗談です。

お時間のある方は、まず下の予告編を見てみてください。

……くだらない冗談で始めて申し訳ないのですが、『ヴァンパイア』のテーマは“自殺ほう助”です。

主人公の高校教師、サイモンは、アルツハイマーの母親と暮らしています。

サイモンの生きがいは、自殺志願者が集まるサイト「side by side」でターゲットを見つけ、“死にたい少女”たちの血液を集めること。タイトルは『ヴァンパイア』だけど、モンスターは出てきません。出てくるのは、ただの変質者です。

サイモンによって血液を抜かれた少女たちは、冷凍庫の上で、静かに死んでいきます。

息苦しさが、映像をより美しくする

リリィ・シュシュのすべて』でも『花とアリス』でも、本作『ヴァンパイア』でも、岩井俊二の映画はとにかく、ゾッとするくらい映像が美しいです。

真っ白な冷凍庫の上に仰向けになった少女の体から、赤黒い血液がチューブをつたって抜けていくところ。何か知らないけど真っ白い風船を体に巻きつけれらている、アルツハイマーの母が弾くピアノ。

そして、その映像の美しさを際立たせているのは、何といってもこの物語の「息苦しさ」。

主人公のサイモンは、ネット上でターゲットを見つけては血液を抜いていく変質者であり犯罪者だけど、高校教師をしながらアルツハイマーの母の介護をしており、自分でも自身の“少女の血液”への執着に苦しんでいます。

また、自殺志望者でサイトに集まってくる女の子たちは、誰も自分の「本名」を名乗りません。それはネット上なので当然といえば当然だけど、「ゼリーフィッシュ」「ラピスラズリ」「レディバード」……女の子たちの名前は、空虚以外の何物でもないです。

そして、サイモンの教え子であるミナ(蒼井優)もふくめ、彼のもとに集まってくる少女たちはみな、とにかく「死」を望んでいます。

一人例外として、「レディバード」だけはその生い立ちが彼女自身の口から明らかにされますが、それ以外の女の子は、なぜ死にたいのか、何に苦しんでいるのか、その理由が一切明かされません。ただ衝動のように「死にたい」と思っている。「死」以外の選択肢はないと思っている。

その出口の無さが、一つ一つの映像を、なぜか美しくしてしまう。
このあたりは『リリィ・シュシュ』も一緒です。

10代の子の見方と、20代以上の人の見方は、意識的に変えないといけない

ところで、本作のメインターゲットは、映画館の様子から察するに、おそらく10代〜20代の女性、あとは映画好きな草食男子です。

変質者のヴァンパイアと、自殺したい少女たち。映像がきれいなので、10代のちょっと病んでる? 女の子は、きっと本作に感化されてしまうと思う。ま、これくらいの映画に感化されるくらいなら、かわいいもんだと思うので、10代は是非感化されてくれ! って感じなのですが、

まさか、20代以上でこの映画に「感化」される人はいないよね? と、ちょっと心配になりました。

美しい映像で忘れてしまうけれど、これは紛れもない犯罪者の物語であり、自殺の物語だと、私は思っています。

なぜ彼女たちは「死」への衝動を止められないのか? それは、彼女たちがほかに「選択肢」のない人生を送っているからです。ほかの選択肢さえあれば、人間は死なないと私は思っています。

また主人公のサイモンや、彼が怪しいパーティーで出会った男レンフィールド。彼らのような逸脱した性癖の持ち主を、社会はどう受け入れていくべきなのか。

大津のいじめ事件などへも関連してくるけれど、これは「こういうふうにしか生きられない人たち」の物語です。

20代以上の人には、この作品を「映像がきれい」とか「ラブストーリー」だとかいう文脈で語ってほしくないです。……監督の本意とはズレると思うけど。

「こういうふうにしか生きられない」のはなぜか。なぜほかの選択肢がないのか。

そこまで考えないと、20代にはちょっときつい映画かな、と思います。

なので、ラブストーリーやミニシアター系の映画が好きな人ではなくて、男性や社会問題について考えたい人に観に行ってほしい映画だ。と、個人的には考えました。

★★★

ちなみに、なぜ「こういうふうにしか生きられない」のかというと、そこには身も蓋もない話ですが、貧困という背景があります。
同じく「こういうふうにしか生きられない」女の子の物語は、こちら。

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これは蒼井優の出世作、『リリィ・シュシュのすべて』。

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