チェコ好きの日記

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疲弊したココロと体に、よしもとばなな傑作5選。

こんにちは。相変わらず仕事におわれ、心身ともに、毎日へっとへとに疲れている私です。

以前、会社を辞めたいときに効く!? すっきりストレス解消法! - (チェコ好き)の日記というエントリを書きましたが、他にもストレスを解消する有効な方法はないだろうか? と自分の普段の生活を思い返してみたところ……
あったんですね、これが。

それは、よしもとばななの小説を読むことです。

もちろん、誰にでもおすすめできる方法ではありません。
小説家にはどうしても好き嫌いがあるので、よしもとばなながあまり好きでない人には、有効な方法とはいいがたいです。

でも、よしもとばなながわりと好きで、今までにも何冊か本を読んだことがある人、まだあまり読んだことがなくて、よしもとばなながどんな小説家か知らない人、好きではないけど嫌いってほどでもないなぁ、という人は、試してみる価値があると思います。

誰にでも使える方法ではないぶん、“使える”人には効果絶大です。

私がよしもとばななの小説を好んで読み始めたのは、人生に疲れてきた(?)大学院時代から。

それまでは、高校生くらいのときに『キッチン』を1回読んだことがあったけれど、何だか印象のうすい小説家だ……くらいにしか思っていませんでした。

でもね、ちがうんです。よしもとばななは、イケイケどんどんな元気な時期に読んでもあまり意味がなくて、

疲れているとき、
ココロにぽっかりと穴があいてしまったとき、
立ちどまってじっくり物事を考えたいとき……

そういう、人生のペースが落ちているとき、あるいは意図的に落としたいときに、効くんです

よしもとばななの小説を読むと、文章がすーっと染みてきて、自分がだいじにしたいものが何となくわかってきたり、今ここに自分が生きていることが奇跡のようにに思えて来たり、目の前の景色が、いっきに色鮮やかになってきたりします。
(※個人の感想であり、使用感等には個人差があります。)

というわけで今回は、大学院時代から、ばなな小説を相当読み込んできた私が、疲れているときに読むと特に効果絶大であると思われる、傑作5選を紹介いたします。
ご自分の状況に合わせて、チョイスしてみてください。

1・お金のことで不安なとき

海のふた (中公文庫)

海のふた (中公文庫)

身もフタもない話ですが、私たちの不安の原因の大半は、実はお金で解消できたりします。
お金があれば、仕事を思う存分えらべるし、老後を心配することもないし、
よしもとばななの小説を読む」なんてみみっちい方法をとらなくても、盛大にお金を使ってストレス解消すればいいのですから。

でも、「働いてお金を得ること」は、とても難しい。
どんな方法で、どれくらいの時間をかけて、どれくらいのお金を得るか。
それはその人の人生観にもつながる、非常に重要な命題です。

この『海のふた』の主人公「私」は、東京の美大で舞台芸術を学んで卒業したのだけれど、
仕事があまりうまくいかず、故郷である西伊豆にもどってきます。

そしてそこで、母親の親友の娘である「はじめちゃん」と、屋台でかき氷屋さんをはじめます。
はじめちゃんはちょっと複雑な家庭に育っているのですが、おばあさんが資産家で、遺産相続などさまざまなトラブルを抱えているようです。

地元の人に、使っていない倉庫を月1万円で貸してもらい、決して店を大きくすることなど考えず、細々と経営する「私」と「はじめちゃん」。

資本主義経済のなかで暮らしている私たちは、どうしても、もっと事業を拡大することを、利益をふやすことを考えてしまうけど、
「私」と「はじめちゃん」は、そういう世界とは一線をひいています。
自分たちの手でまわせる範囲で、本当においしいと思うかき氷を、丁寧につくって、西伊豆を訪れる人たちに提供します。

「お金を稼ぐ」って、実はとてもシンプルなことなのかもしれない。
海のにおいと夏の気配を感じながら、「お金」に関する悩みがすっきりと消えていく小説です。

2・好きってなんだろう? と思うとき

まぼろしハワイ (幻冬舎文庫)

まぼろしハワイ (幻冬舎文庫)

好きな人に会えなくなると、とてもかなしい。

そんなことは誰だってわかりますが、では、なぜかなしいのか。
その人に会っているときと、会えなくなってしまったときは、何がどうちがうのか。
好きな人がいなくなるって、どういうことなのか。

そんな、ふわふわした「好き」という気持ちの核心に、せまっていけるような、せまっていけないような……
そんな小説が『まぼろしハワイ』。

主人公のオハナは、パパが死んでしまったあと、義理の母であるあざみさんと、3人の思い出の地であるハワイを訪れます。

オハナのパパへの気持ちは、家族としての「好き」で、
あざみさんのパパへの気持ちは、恋としての「好き」。

「好き」のかたちは微妙にちがうのだけれど、2人は「好きな人」を亡くしてしまった同士、
とにかく、ハワイでわんわん泣きまくります。

パパがオハナを好きだった気持ちも、あざみさんを好きだった気持ちも、いろいろな「好き」がごちゃまぜになって……

5作品中、私の泣きツボを最も刺激する作品であります。

3・気持ちがすれちがってしまったとき

なんくるない (新潮文庫)

なんくるない (新潮文庫)

これも、上記の『まぼろしハワイ』と同じく、恋愛だったり家族だったりの「好き」がテーマになっている小説です。舞台も同じく南国、沖縄です。
短編集なので、表題作の『なんくるない』のストーリーを。

イラストレーターの主人公は、有名な脚本家である夫と結婚をしたのだけれど、静かに、自分の手のおよぶ範囲で暮らしたい主人公と、お金をたくさん使っていいモノを食べ、いい家に住みたい夫。

2人でいるときは大好きなのに、一歩外へ目を向けたとき、本質的なところがちがっていると、お互い気付いてしまい、しだいにそのちがいは無視できないものになっていく。
そして、2人は離婚を選択します。

離婚した後、主人公は姉の家に居候をして、沖縄に傷心旅行に行き、現地の青年と恋に落ちるのですが、
その後半の部分はどうでもよくて、

主人公と、大好きな夫がすれちがってしまうようすが、何ともかなしい短編です。
好きなのに、一緒に暮らせないのはなぜ? 

同じように、好きな人との関係に迷いが生じてしまったとき、
読んでみるといいかもしれません。

4・まわりとちがっても大丈夫か、不安なとき

チエちゃんと私 (文春文庫)

チエちゃんと私 (文春文庫)

正社員で仕事をしなければいけないとか、○○歳までには結婚していなきゃいけないとか、子供を産んでないといけないとか、世の中には余計なプレッシャーをかけてくるものが、たくさんあります。

そんなものは全て無視しとけばいいのですが、この『チエちゃんと私』の主人公、カオリちゃんの無視っぷりはすごいです。勇気をもらえます。

イタリア雑貨の買い付けをしながら、むこうで適当に恋人を作りつつ、40歳ちかくになってしまったカオリちゃん。そのカオリちゃんのもとに、7歳年下のいとこ、チエちゃんが転がりこんできて、2人は共同生活をはじめます。

40歳と33歳の女性の同居は、いくら親戚とはいえ、まわりには奇妙なものにしかうつりません。
そのため、カオリちゃんはチエちゃんの親の遺産が目当てなのだとか、2人は女同士の恋人なのだとか、周囲はいいたい放題です。

でもカオリちゃんは、形態がどうであれ家族は家族なのだと、
きちんとした肩書きなんてなくても生活はじゅうぶんしていけているし、仕事は仕事なのだと、
まわりの声にひるまず自分のしたいように生きています。

仕事もふわふわ、恋もふわふわ、家族も奇妙で、しかもいい年。
世間の常識からすると、どうしようもない感じのカオリちゃんですが、
彼女はとても満たされていて、すごく幸せそうです。

私もこんなふうに生きたい……と思わせてくれる、よしもとばななのなかで一番好きな作品です。

5・毎日がモノトーンに見えるとき、リゾートに行きたいとき

マリカのソファー/バリ夢日記 (幻冬舎文庫―世界の旅)

マリカのソファー/バリ夢日記 (幻冬舎文庫―世界の旅)

日本で毎日、くたくたになるまで仕事をしたり、電車に乗っていたりすると、世界が「モノトーン」に見えてきませんか?

よしもとばななの小説には、ハワイ、タヒチ、沖縄、そしてこの『マリカのソファー』のバリ島のように、世界のさまざまなリゾート地が登場します。

日本で仕事をしていたって、満員電車に乗っていたって、わくわくすることや楽しいことがないわけではないんですが、霊的なものさえ宿っているように思える、ハワイやタヒチバリ島の、圧倒的なまでに豊かな色彩や自然を感じることなしに、こんな生活をおくっているのはもったいない、とたまに思います。

この小説に登場するマリカは、幼い頃、母親から虐待を受けていたせいで、解離性同一性障害(多重人格)です。

かなり重いテーマなのですが、まぁとにかく、その傷をいやすために、マリカは主人公のジュンコ先生とバリ島へ旅行へ行きます。

私はバリ島へは行ったことがないのですが、この小説に登場するバリ島は、アジア独特の宗教観にあふれています。
そこの木にも、ヤモリにも、水たまりにも、神様が宿っている。

バリ島の自然と、そこらじゅうにうじゃうじゃいる神様と、多重人格のマリカ。

雨の日に、一人で読んでいたりすると、いっきに別の世界へとべますよ。笑

★★★

どうでしょう。
気になる本はあったでしょうか?

よしもとばななの小説には、宗教的な世界観はもちろん、そのものずばり、カルト宗教にハマって頭がおかしくなっちゃった人なんかも登場します。
「あっち」と「こっち」の境目が曖昧になり、それが少し怖くなるときもあります。

でも、だいじなものさえハッキリしていれば「あっち」へは絶対に行かないのだと、
逆にそういうものを過剰に排除してしまうのが危険なのだと、
そんなことにも気付かせてくれるように思います。

日々の生活に疲弊している方は、こんなよしもとばななの小説を読んで、
ココロと体をリフレッシュしてみませんか。

最後に一言。
※個人の感想であり、使用感等には個人差があります。