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『希望難民ご一行様 ピースボートと「承認の共同体」幻想』感想文

「あきらめる」。

この言葉には、何かとネガティブなイメージがつきまといます。でも最近の私は、この「あきらめる」ことの、ポジティブな作用について考えるようになりました。

私が人生において最初に「あきらめた」のは、おそらく大学を卒業するときです。これは、時期的には遅いのかもしれません。具体的に何をどう「あきらめた」のかというと、自分のなかでも漠然としていてうまくいえないのですが、しいていうならば、「メジャーな世界で一流の人間になること」でしょうか。ああ恥ずかしい。

世の中には、当たり前ですが、私より優秀な方や感性豊かな方がたくさんいます。自分の何十倍もすぐれた能力をもっている人と、同じ土俵で闘うのは無理だとわかったので、闘うにしても、ちがう土俵にうつることに決めました。

「あきらめる」というと悲観的なイメージを抱いてしまいますが、実際には、不必要なものをあきらめればあきらめるほど、毎日が楽しくなっていく実感があります。

そんな「あきらめること」推奨派として、見逃せない方がいることを知りました。若手社会学者の古市憲寿さんです。

希望難民ご一行様 ピースボートと「承認の共同体」幻想 (光文社新書)

希望難民ご一行様 ピースボートと「承認の共同体」幻想 (光文社新書)

ご自身も26歳という「若者」でありながら、自分と同じ「若者」を大学院で研究する古市さん。

本書『希望難民ご一行様』では、古市さん自身が「ピースボート」にのり、世界一周旅行をしながら、船内のなかで若者がどのようにふるまい、考え、行動し、そして帰国後どうなっていくのかを、取材します。

本書で古市さんが主張しているのは、「若者をあきらめさせろ」ということ。

しかし、巻末で本田由紀氏が指摘しているように、古市さんは本書で、若者に具体的に「何を」あきらめさせたいのか、明示していません。

が、古市さんが若者に「何を」あきらめさせたかったのか、私をふくめた同世代のみなさんは、何となくわかりますよね。

とはいっても「何となく」で片付けるのもすっきりしないので、前置きが長くなりましたが、今回は古市さんが本書であきらめさせたかった(と、思う)ことを具体的に3つ、勝手に代弁して、あげてみたいと思います。

★★★

1・自分を変えること
まずは、古市さんが乗船した「ピースボート」について、説明しておきましょう。
街中で、「世界一周、99万円」みたいなポスターを見かけたことはないでしょうか? 私は、しょっちゅう見ます。あれが、「ピースボート」の広告です。

ところで、あの街中のいたるところに貼ってあるポスターは、だれが貼っているか知っていますか?

実は、ピースボート内部でボランティアスタッフとしてあのポスター貼りをやると、3枚で1000円分、乗船料金から差し引いてもらえるんだそうです。なかには半年かけて、乗船料金を「全クリ」――つまり、99万円分のポスターを貼った強者もいるらしいです。99万円分だと、約3000枚ですね。1人でですよ。

もちろん、普通にお金をはらって船に乗る人もいます。が、いずれにしろ100万円近いお金を出すわけなので、それなりの「思い切り」が必要です。 

古市さんはピースボートの乗客にその「乗船動機」を、アンケートで調査しています。「世界一周みたいな、熱いことがしたかった」「ピースボートに乗ったら、何か変わるかもと思った」回答には、そんな言葉がならびます。

でも、帰国後の彼らの様子を追跡調査してみると、世界一周をしたことで「満足」してしまったのか、
「見たいもの全部見ちゃったし」とあっさりと日常へもどっていく者、船では経営者になりたいとか、海辺でバーを開きたいとかいっていたのに、結局ニートな者。

何か大きな、インパクトのある出来事によって自分を変えることは、不可能だということがわかります。

中学を卒業したくらいの年齢以上の人は、おそらくもう、本質的には変われません。自分のなかにすでにある限られたリソースを見直して、そこから何かを抽出するしかないのでしょう。

2・クリエイティブな「やりたい仕事」で生計を立てること
古市さんは乗客からとったアンケートのなかから、ちょっとショッキングなデータも提示しています。
乗客の平均年収が、国税庁の「民間給与実態調査」による日本の平均年収に比べると、およそ50万円ちかく低かったというのです。

現実の年収が低いから「やりたい仕事」にあこがれてしまうのか、「やりたい仕事」があるから年収が低くなってしまったのかは、卵が先か鶏が先か議論になってしまい、わかりませんが……。

帰国後の追跡調査で、古市さんはカズトシ(21歳、♂)という若者が、100人規模のアートイベントを開催したり、映像作品の製作にかかわったりしていたことを知ります。アルバイトを掛け持ちしながら。

彼がその後、頭角を現し、アートの世界で名の知れた存在になれるかどうかは、だれにもわかりません。しかし、その可能性はきわめて低い、ということに異論のある人はいないでしょう。

私も大学が芸術系だったので、「アート」とか「クリエイティブ」とかいう言葉には、なじみ深いものがあります。

が、何か強烈な使命感や情動がない限り、「何となくカッコイイ」的な感覚でそういった道を選ぶのは、凡人は絶対にしてはいけないことです。

3・世界の平和を祈ること
ピースボート」は、もともとが政治団体だったこともあり、クルーズ中にもたびたび「政治」っぽいイベントがあるみたいです。たとえば、「9条ダンス」。これは、憲法9条の理念を、ヒップホップのリズムにのせて表現したダンスなんだとか。

でも、この左翼っぽいイベントには、実際に乗船したメンバーも疑問に感じた人がいたようで、ユカリ(22歳、♀)という若者は、「9条ダンスを踊ることと世界平和にどのような関係があるのか」と思ったそうです。

古市さんは、ピースボートに乗った若者を4種類に分類しています。9条ダンスとかを踊っちゃうピースボートの理念にどっぷりなセカイ型、政治的理念とかはないけれど、楽しそうだし船内でのダイエットになりそうだからダンスに混ざる文化祭型、孤独に「自分の本当にやりたいことを見つけたい」自分探し型、純粋に観光目的で船に乗った観光型。

このセカイ型を中心に、ピースボートに乗る若者はとにかくやさしく、「世界平和」を祈っているみたいです。でも、具体的にどのような「世界」に関心があり、どのような方法で「世界平和」を実現しようとしているのかというと……イスラエル(パレスチナ)の場所を白地図のなかから探せなかったり、日本国憲法の施行年を答えられなかったりするのだそうです。

そして、帰国後の追跡調査によると、あんなに熱心に9条ダンスを踊っていた若者も、船を降りると、政治理念のことはけろっと忘れてしまうみたいです。

具体的なビジョンなしに何かを「祈る」ことは、感動や盛り上がりのための「ネタ」にしかならないのです。

「世界」なんて大きなくくりでなくても構わないので、未来のために何かしたいのならば、まずはその土地や文化、問題点について、深く勉強しないといけないのですね。

★★★

それでも、あきらめられないこと
『絶望の国の幸福な若者たち』に続き、『希望難民ご一行様』と、古市さんの本を2冊読みましたが、
同年代の社会学者の研究は、とてもおもしろいということがわかりました。

しかし、古市さんの本は、他にいいたとえが思いつかないので何か汚い表現なのですが、「膿を出すだけ出してみたけど、消毒してないし放置したまんまで傷口ぐちゃぐちゃ」みたいな感じです。笑

膿を出すだけ出す、ってだけでもおもしろいし、価値があると思うし、そこを消毒して傷口をととのえるのは、読者のほうの役目なのかもしれませんけどね。

今回の「あきらめる」べきこと3つは、もちろん自戒をこめて考えました。

でも、古市さんも「人生のすべてをあきらめろ」といっているわけではないです。

二兎を追うものは一兎を失う理論で、不要なものを追い続けると、本当は必要だった、「あきらめる」べきではなかったものまで見失うことがあるんじゃないかと、最近ひしひしと感じます。

あきらめて、あきらめて、あきらめて、それでもあきらめられなかったこと。

最終選考にのこった、2つか3つくらいのことだけ守れれば、あとはけっこうどうとでもなるんじゃないでしょうか。