チェコ好きの日記

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血が滴る傑作 ノーベル文学賞の莫言の小説を読んでみた。

ちょっと今更感がただよいますが、2012年、またしても村上春樹氏が逃したノーベル文学賞をかっさらった人物、莫言の小説を読んでみました。

赤い高粱 (岩波現代文庫)

赤い高粱 (岩波現代文庫)

読んだのは上記の、『赤い高粱』という本。無知な私は、「高粱(こうりゃん)て何?」と思ってしまったのですが、どうやらトウモロコシのことらしいです。

ちなみにこの作品は映画化もされていて、映画のほうは大学時代に観たことがありました。監督はチャン・イーモウですね。

描写がエグイです

物語の舞台は、戦中の中国の山村。官の目が届かない山の奥の無法地帯といった感じで、「わたし」の祖父も盗賊の首領、抗日ゲリラの司令です。

日本軍と抗日ゲリラの闘争を描くなかで、「わたし」の祖母がお嫁に行く話が挿入されたり、「わたし」の祖父の幼少時代のエピソードが入ったり、時間軸が行ったり来たりします。登場人物たちの作中の振る舞いは実に粗暴で、残酷でエグイ描写がかなりあるので、読後は食欲が失せます。日本兵が山村の酒造小屋の番頭をつかまえて、両耳を切り、男性器を切り、生きたままその生皮を剥ぐ場面があるのですが、気持ち悪くてちびりそうになります。


「わたし」の祖母が嫁入りをする場面も、人間の卑しさ全開で、読んでいて気が滅入ります。美しい娘であった「わたし」の祖母は、財産目当ての両親によって、麻風病(ハンセン病)の男に嫁がされます。ちょっと引用してみましょう。

輿が人目につかぬ広野にさしかかると、人足たちは悪さを始める。道中を急ぐためであり、また花嫁をちょっといたぶってやろうというわけだ。花嫁のなかには輿に揺られてゲーゲーと吐き、晴れ着を汚物だらけにしてしまう者もいた。花嫁が吐くのを聞きながら、人足たちはあるカタルシスの喜びを得る。若く、たくましい男たちが、他人のために新婚初夜の生贄を担いでいくのだ。おもしろかろうはずがない。そこで、かれらは花嫁をいたぶるのだ。
(中略)
「そうれ、吐いたぞ! 揺さぶれ!」
人足たちがわめきたてた。
「揺さぶれ、もうすぐ口をきくぞ」
「頼むから……許して……」
吐き気もおさまらぬまま、消え入るように言いおえると、祖母は声をあげて泣き出した。くやしい。行く末は険しい。苦しみは死ぬまで続くにちがいない。父さん、母さん、欲張り、鬼、私をめちゃめちゃにしてしまって。
 祖母の号泣が、高粱に埋もれた小道を震わせる。


红高粱01

この、祖母の嫁入りの場面は、チャン・イーモウの映画では冒頭のシーンになっています。祖母がかぶった真っ赤な布と、中国の豊かな田園風景が相成って、残酷なのに非常に美しい場面です。

ほかにも、犬の頭を喰う場面や、腐った死体が転がっている場面など、とにかくエグイ描写が続きます。しかし、真っ赤に染まった高粱の穂が垂れるなかで繰り広げられるそれらの描写は、なぜか美しく昇華されてしまうから不思議です。

マジック・リアリズムという世界

文庫の解説に書かれていたことですが、この作品を理解するためには、ガルシア=マルケスの存在を見落としてはいけないそうです。

ガルシア=マルケスは、莫言と同じノーベル文学賞を、1982年に受賞したラテン・アメリカ文学の作家です。

百年の孤独 (Obra de Garc´ia M´arquez)

百年の孤独 (Obra de Garc´ia M´arquez)

ガルシア=マルケス莫言をつなぐキーワードは、「マジック・リアリズム」。

莫言の『赤い高粱』では、およそ信じがたいようなエグイ描写が続きます。もちろんこれはファンタジー小説ではなく、れっきとしたリアリズムの小説なのですが、あまりにも信じがたいので、もはや「魔法的」、「マジック」に見える。


しかし、中国の山奥やラテン・アメリカの世界を理解していない人にはそれが「魔法的」に思えても、そこで暮らす人々にとって、それは「現実」であり「リアリズム」であるという。それが、「マジック・リアリズム」という考え方です。

大学・大学院でシュルレアリスムの研究をしていた私にとって、この「マジック・リアリズム」という世界観は、とっても興味深いものがあります。

私たちが「リアル」だと思っていることは、異なる世界観で生きる人から見れば「マジック」かもしれないし、私たちが「マジック」だと思っていることも、異なる世界観で生きる人から見れば、まぎれもない「リアル」であったりするのです。

日本の満員電車なんて、私たちからすれば「リアル」の典型ですが、経験したことのない人からすれば、確かに「マジック」かもしれませんよね。

とりあえず、おススメ

いろいろ言いましたが、とりあえずこの莫言の小説、おススメです。エグイけど、物語としての面白さはしっかりあるし、芸術的にもすばらしい作品だと思います。

また、莫言ノーベル文学賞に選ばれた意図や、現在何かと話題の中国の歴史観や価値観を知る上でも、いい材料になってくれるにちがいありません。私も、今までずっと西洋にしか興味がなかったのですが、最近はアジアや中国、ラテン・アメリカのことがもっと知りたい! と思ってみたり。

中国の現代アートの作家、アイ・ウェイウェイの本も読むつもりです。

艾未未読本(アイウェイウェイどくほん)

艾未未読本(アイウェイウェイどくほん)

さあ、みんなで莫言を読もう。

赤い高粱 (岩波現代文庫)

赤い高粱 (岩波現代文庫)