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『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を読む前に、これもチェック!

4月12日に、村上春樹の新作長編小説、色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年が、発売されることになったみたいですね。

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

村上春樹といえば、おそらくいちばん有名な作品は『ノルウェイの森』です。ほかにも、最近の『1Q84』など、村上春樹はとにかく長編小説のイメージが強い作家だと思います。

実際、彼もいろいろなインタビューで、「すべては長編小説を書くためにやっている」みたいな主旨の発言をしていますし、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』のような“総合小説”を書きたい、とも度々いっています。なので、長編小説の作家、というイメージが、別にまちがっているわけではありません。


しかし、村上春樹の“小説”しか知らない、読んだことがない、という人に、私は「ちょっと待って!」とさけびたい。


彼の真骨頂はもちろん長編小説にあるわけですが、個人的には、村上春樹旅行エッセイも、
それに負けない魅力を持っていると思うのです。

味わい深く、ユーモアにあふれ、ウィットに富み、その場所の空気や、食べ物や、住んでいる人の顔つきがうかびあがってくる。
彼は、そんな旅行エッセイを書きます。

新作小説のストーリーはまだ明らかになっていないようですが、タイトルには「巡礼」という言葉が入っています。巡礼とは、聖地をめぐって旅をする宗教的行為です。なので、あくまで予測にすぎませんが、もしかしたらさまざまな場所を主人公(多崎つくる?)が旅をする物語なのかもしれません。

だとしたら、その新作を読む前に、村上春樹の以下の3つの旅行エッセイをおさえておいて損はない! と思うのです。

1 雨天炎天

雨天炎天―ギリシャ・トルコ辺境紀行 (新潮文庫)

雨天炎天―ギリシャ・トルコ辺境紀行 (新潮文庫)

村上春樹が、ギリシャとトルコを旅します。私が好きなのは、何といってもギリシャ編。
ギリシャ正教の聖地であり、女性は足を踏み入れることができないアトス半島を、村上春樹がまわります。

アトス半島は、通常なら異教徒が安々と観光などできない神聖な土地です。旅先で出会う人も、善良なスーベニア・ショップの店員などではなく、ギリシャ正教を信じ宗教を世界の中心に据えている、ハードな修行僧たち。

食べ物は、ドロドロに甘いギリシャ・コーヒーやきつーいウゾー(お酒)、ルクミというゼリー菓子などが登場するほか、ひどいところでは黴つきの固いパンを水でふやけさせて食べたりしています。

宿泊させてもらう修道院までの道はかなり険しい上、天候も変わりやすいアトス半島で、村上春樹は雨に打たれ何度もずぶ濡れになります。

かなりタフな旅なのですが、ギリシャ正教の信者の濃密な世界観にふれると、自分たちの世界の世俗的な生き方と比べてみて、どっちが“リアル・ワールド”なのか、一瞬わからなくなってしまいます。

その、自分の居場所がふっとなくなってしまうような危うさを、さらさらっと書いてしまっている。
そんなエッセイです。

2 辺境・近境

辺境・近境 (新潮文庫)

辺境・近境 (新潮文庫)

こちらの本では、アメリカのイースト・ハンプトン、瀬戸内海にうかぶ無人島、メキシコからノモンハンまで、村上春樹が実にさまざまな場所を旅しています。

私のおすすめの章は、メキシコ編。
以前、血が滴る傑作! ノーベル文学賞の莫言の小説を読んでみた。 - (チェコ好き)の日記のエントリのなかで「マジック・リアリズム」という言葉にふれましたが、ガルシア=マルケスの土地・南米は、まさに現実を超越した世界です。

長距離バスで移動している最中に突然、防弾チョッキを着た武装警官が銃を持って乗り込んで来たり、窓の外をぼんやり眺めていたら死体らしきものが車で運ばれていったり、インディオの村で、キリスト教なのに異教的で、どこかブードゥー教を思わせる宗教的儀式に出会ったり。

しかしそんな「マジック・リアリズム」の世界も、近代化によって若者は仕事を求めて都会に出ていき、グローバル化された社会のなかで、徐々に薄くなって消えていきます。

1つの価値観や世界観が消え去ってしまう、そんな哀しさとノスタルジアが描かれたエッセイです。

3 もし僕らのことばがウィスキーであったなら

もし僕らのことばがウィスキーであったなら (新潮文庫)

もし僕らのことばがウィスキーであったなら (新潮文庫)

私は体質的にアルコールが飲めないタチなのですが、それでもこの本を読んでいると、ウィスキーが飲みたくなってしまう。(で、実際飲んだら、まずくて吐き出すんだけど。)

アイルランドのウィスキーといい、ギリシャのアトス半島のウゾーといい、村上春樹にお酒の美味さを書かせたら右に出るものはいないです。

曇天で、ちょっと憂鬱なスコットランド。美味しいウィスキーを作ることに人生を賭けている人々。

村上春樹はこの本のなかで、お酒というのは、それがどんな酒であっても、その産地で飲むのがいちばん美味い、といっています。その場所から離れれば離れるほど、そのお酒を成立させている何かが、ちょっとずつちょっとずつ薄らいでいく。ビールでも、日本酒でも、もちろんウィスキーでも。「うまい酒は旅をしない」。

3冊のなかではボリュームが最も少なく、写真が多くてさらさらっと読める本なので、本を読む時間がない方にもおすすめです。

★★★

村上春樹の本は、以前このブログ内で『約束された場所で』という、オウム信者を取材した本を取り上げたことがあります。
『約束された場所で underground2』 村上春樹と考えるオウム真理教。(前編) - (チェコ好き)の日記
『約束された場所で underground2』 村上春樹と考えるオウム真理教。(後編) - (チェコ好き)の日記

1Q84』には、カルト宗教の教祖のような不思議な男が登場しますが、村上春樹の関心は、ある時期から「宗教的なもの」へ向かっている気がします。

何かを信じることの“尊さ”を描くというのではなく、何かを極端に信じ込んでしまうことの“危うさ”や、異なるものを信じている者同士の確執など。

宗教に対してこういうスタンスをとるのは、大半が無宗教である日本人ならではの観点なのかなぁと思います。

タイトルの「巡礼」という言葉が、何を意味しているのか。
私のいちばんの楽しみは、そこにあります。

村上春樹ファンのみなさん、4月12日までわくわくしながら待ちましょう!

★★★

後記:発売後、実際に読んでみた感想はこちら!
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を読んでの、とりあえずの感想 - (チェコ好き)の日記