チェコ好きの日記

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続:いる?いらない? “文学部”ってどうなのよ?

前回書いた、こちらのエントリ。

いる?いらない? “文学部”ってどうなのよ? - (チェコ好き)の日記

一応自分のなかで決着をつけたつもりではあったのですが、どこか不完全燃焼な部分が拭えず、1日もやもやとしていました。そして、前回のエントリに書き加えたいことが生じてしまったので、今回続編を作ってしまいました……

まだ続けるのか、この話題。

って、思いました?

もう少しだけ、お付き合いいただけると幸いです。

★★★

◆文学部は、役に立ちます

前回のエントリで、私は、「世の中にとって、文学部的な思考は必要ない」と言い切っているので、いきなり前言撤回かよ、という感じですみません。

「役に立つ/立たない」や「必要/不必要」という議論は、それが「どの場を対象にした話なのか」によって、当たり前ですが答えは変わってきます。

文学部で得た知識は、確かに役に立ちません。ただしこれが真であるのは、「企業で働く上で役に立たない」「就職で役に立たない」「商売をする上で役に立たない」など、「お金を稼ぐ上で」という文脈において、です。この文脈で文学部が「役に立たない」というのなら、私も反論するつもりはありません。「大学では、将来お金を稼ぐための知識を学びたい」、という方は、文学部に行ってはいけません。

一方で、「現代社会を生きる上で」とか、「自分の人生を考える上で」など、もう少し話を広げてみると、文学部の重要性はイッキに高まります。「お金を稼ぐ上で」なら文学部は必要ないですが、たくさんの人がより幸せに生きていくなかで――というところまで話を広げると、文学部は「必要」だし「役に立ち」ます。なので、私のように頭のなかがわたあめで、「お金稼げなくても、ま、何とかなるっしょ」と考えられる人には、文学部がおすすめできます。

もちろん、「お金を稼ぐため」に大学に行く人と、「将来とかはちょっとよくわかんない」と思いながら大学に行く人、どちらかに優劣をつけることはできません。うどん派かそば派かという話と同じで、その人の趣味嗜好の問題です。


で、いつも「文学部問題」において曖昧なまま放置されてしまうのが、「現代社会を生きる上で、文学部の知識が役に立つ」とか「人間の内面を充実させるために、文学部は役に立つ」などもっともらしいことをいうのはいいけれど、それって具体的にいうと、結局どういうことなの? という話です。

今回は、その具体的にどう「文学部」が役に立つのか、という部分をじっくり考えてみることにしました。


◆文学部では、解釈のしかたを学ぶ

文学部にも、国文学、フランス文学、ドイツ文学、中国文学、芸術、歴史、哲学と、扱う分野には様々なジャンルがあるわけですが、共通しているのは、ある「作品」や「事件」、または「人物」を、どう解釈するか、を学ぶところだということです。


おそらくどのジャンルを選んでも、文学部の1年生は徹底して、「歴史」を学びます。国文学なら日本史、フランス文学だったらフランス史。私がいた芸術学科では、映画史、音楽史、西洋美術史、東洋美術史を、大学1年生で学びました。

そして2年生くらいで、教授に「解釈のお手本」を見せてもらいます。国文学なら太宰治夏目漱石の作品、フランス文学ならボードレールプルーストの作品を、教授が「どう解釈しているのか」、そのお手本を見せてもらうわけです。どこから資料を集めてきて、どういう材料を使い、どう調理して、作品に解釈を加えるのか。学生たちはそこから、自分が卒論などでどの作品を「解釈」するのかや、その方法を徐々に決めていきます。

そして、3~4年生で、いよいよ自分で選んだ作品に、オリジナルの「解釈」を加えていく。文学部の4年間は、ざっというとこんな感じかなぁと思います。



文学部では、「解釈」の方法を学ぶ。
さきほどから「解釈」「解釈」といっていますが、問題になるのは、この「解釈ができる」ということが、具体的にどう社会の役に立つのさ? ということですよね。


実は、私たちを取り巻く世界は「解釈」に満ちています。というか、「解釈」することなしに、私たちは生きていけません。


例えば、歴史を意味する英単語は「history」ですが、この単語のなかには、「story=物語」という単語が隠れています。


私たちは、学校で学んだ歴史を、何となくそのまま「事実」だと思い込んでいますが、実は私たちが学んだ「歴史」は、その歴史を作り上げる過程に関わってきた誰かが作り上げた、「物語」にしかすぎません。

たとえば、1853年は「ペリーが浦賀に来航した年」であると、私たちは中学校で学びます。しかし当たり前ですが、1853年には「黒船来航」以外にも、たくさんの出来事が起こっているはずなのです。


にも関わらず、なぜ私たちが中学校で、1853年に関してペリーのことしか覚えないのかというと、後世の誰かが、「黒船来航」が現代の日本社会にとって重要な事件である、という「解釈」を加えたからです。

他の出来事に関しても同じで、後世の誰かがそれを重要な事件だと「解釈」し、出来事と出来事を組み合わせて「物語」を作ることで、私たちは歴史を理解しているのです。(1853年にペリーがやってきて、黒船に怖気づいた幕府が不平等条約を結ばされてしまい、各地でそれに反対する尊王攘夷運動が起こった……なんていうふうに。)

歴史を理解する、ということは、「現状の私たちの方向性や、立ち位置を確認する」ということです。

現代の中学校の教科書は、原始時代の縄文土器や世界四大文明から始まり、第二次世界大戦を経て、冷戦終結あたりで終わりとなります。この、あたかもすべてが事実であるかのように書かれている歴史の教科書は、現代の私たちの存在が、理性的であり、科学的であるという「物語」を語っているわけです。そして、現代の日本に生きる多くの人が、その「物語」を受け入れています。


一方、歴史の教科書を天照大神とかから始めれば、私たちの国は神の国である!という「物語」を作ることができますし、アダムとイブが知恵の木の実を食べてしまったところとかから始めれば、私たちの生きる世界は原罪にあふれている、という「物語」を作ることができます。


私たちの世界は、アウストラロピテクスとかクロマニョン人から始まったのか。あるいは、天照大神やアダムとイブから始まったのか。もちろん、私は現代日本に生きる一般人なので、アウストラロピテクスから始まったと考えていますが、実はどれも正解ではないのです。私たちが、自分たちの生きる世界をどう「解釈」しているかのちがい、です。


歴史はちょっとスケールの大きすぎる例ですが、私たちは、現代社会で起こった事件や、個人的な日常のことまで、様々な「解釈」を加えています。

たとえば、1995年の地下鉄サリン事件
2008年の、秋葉原無差別殺傷事件
2011年の、東日本大震災

どれも日本の社会を大きく揺るがす事件・災害だったと思いますが、これらの出来事をめぐって、いろいろな人が様々なことを語っています。(もちろん、私も。)

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語ることによって、私たちは何をしようとしているのかというと、「解釈」をしているのです。

この事件・災害は、どのような意味をもっているのか。
どのような歴史的文脈のなかに位置づけるべきなのか。
私たちはこの出来事から何を学び、
次の社会の方向性を、どう変えていくべきなのか。

これらはすべて、文学部の学生や教授が、作品を通してそれを「解釈」していく作業と同じです。同じというのがいいすぎなら、少なくとも、非常によく似ています。


もちろん、文学部が大学から消えてしまっても、“文学部的なもの”を個人的に身に付けた誰かが、社会で起きてしまった様々な事件に、「解釈」を加えていこうとするでしょう。人間は、「解釈」することをやめられない生き物だからです。


この「解釈」に、もちろん正解とか不正解なんて存在しないのだけれど、それでもやっぱり、1人でもたくさんの人にとって、それが幸福をもたらす「解釈」のほうがいい、ですよね。


だけど、1人でもたくさんの人に幸福になってもらえるような「解釈」を下すことは、実はとてもとても難しいのです。



だから、文学部が必要なのです。

正解なんてないけれど、1人でもたくさんの人が幸福になれるような「解釈」を探す。その方法論を、教授とよばれる「解釈のプロ」に伝授してもらうのが、文学部です。

もちろん、文学部卒であっても「解釈」にあまり興味のない人もいるし、文学部卒でなくても、独学で身に付けた方法ですばらしい「解釈」を下す人もいます。

私は、「解釈」することが大好きだけれど、残念ながらあんまり頭がいいほうではないので、文学部で4年間(院も入れると6年間……)かけて「解釈のプロ」にその方法を学ばなければ、上手に「解釈」を下すことは、できなかったと思います。


独学で「解釈」の方法を身に付けられるクレバーな人は、いるにはいるけれど、数としてそれほど多くはない。だから私のような、「凡人だけど、訓練したおかげで“解釈”がちょっと上手になった」人間も加えないと、「解釈人口」が少なくなってしまいます。

「解釈人口」を世の中に一定量確保するために、文学部は存在しているんじゃないかと。


だから、やっぱり文学部は必要だし、ちゃんと役に立つのですよ。たぶん。


★★★


私は友人に、自分の大学のことを、こう説明しています。

お金を稼ぐ方法は何1つ教えてくれなかったけど、お金がなくても幸せになれる方法を教えてくれた」。

この説明に共感した高校生は、ぜひ、文学部の門をくぐろう!笑
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