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チェコ好きの日記

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スパイシー! ヤン・シュヴァンクマイエルの長編映画全解説!!(前編)

チェコを代表する映画監督、ヤン・シュヴァンクマイエル

知っている人はものすごーくよく知っている、知らない人はまったく知らない、何度聞いても名前が覚えられない、それがヤン・シュヴァンクマイエル

彼の作品は、当ブログでも断片的になら、何回か紹介したことがあります。
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しかし、彼のことを包括的に、本格的に取り上げたことが、実はまだなかったのでした。

シュヴァンクマイエルは、2013年7月現在、約30の作品を公式に発表していますが、そのほとんどが15分程度の短編作品でして、1時間以上の長編映画はわずか6作品です。


わずか6作品なので、シュヴァンクマイエルっていったいどんな人なの? という問いにも答えながら、その長編映画6作品をすべてブログで解説してしまいたい! と思い付いたわけです。

というわけで、まずは前編、初期の3作品から。

ブラックでシニカル、グロテスクでお茶目なシュヴァンクマイエル映画を、どうぞお楽しみください。

※なお、動画には一部刺激の強い映像も含まれます。万が一気分が悪くなられても、当ブログは責任を負いかねますので、ご了承くださいませ。

★★★

1987年 『アリス』


ヤン・シュヴァンクマイエルのアリス 予告編 - YouTube

シュヴァンクマイエル初の長編映画となったのは、ルイス・キャロル原作の『アリス』でした。

そもそもこのシュヴァンクマイエルさん、生まれは1934年。出身地はもちろん、チェコのプラハです。

この年代にチェコに生まれた映画監督たちは、後にプラハの芸術アカデミーに学び、1960年代に“チェコ・ニューウェーブ”とよばれる、前衛映画のムーブメントを作っていきます。

そして、チェコ映画を語るときに必ず触れざるを得ないのが、この国がかつて社会主義の国だった、ということです。

シュヴァンクマイエルの年代の芸術家たちは、第二次世界大戦に加え、その後の社会主義化された国家の両方を経験している、政治的にとても厳しい時代を過ごした作家たちである、ということを忘れてはいけません。

話を『アリス』にもどしましょう。この作品の原作は、みなさんもご存じの、あの有名な『アリス』です。少女アリスが、ウサギを追いかけているうちに穴に落ちて、不思議の世界に迷い込んでしまった、あの『アリス』ですね。

映画版『アリス』といえば、多くの人が真っ先に思い浮かべるのはディズニーのアニメの『アリス』なんじゃないかと思います。この『アリス』、幼い頃は何も考えずに見ていたかもしれませんが、ディズニーのものでさえ、大人になってからよーく思い返してみると、ちょっと不気味な話だったと思いませんか?

飲むと体が縮んでしまう薬、体が大きくなってしまうお菓子。姿が消えるチャシャ猫。煙草をふかす芋虫に、「誕生日じゃない日」をお祝いするお茶会。そして、残酷なハートの女王。

何もかもが現実世界と乖離していて、だからこそ「ワンダーランド」なわけですが、こんな世界に普通の人が迷い込んだら、おそらく気が狂ってしまいます。『アリス』とは、子供のおとぎ話に見せかけた、狂気の世界の物語だと、私は思っています。ルイス・キャロル原作の小説『アリス』も、大人になってからじっくり目を通してみると、何度読んでも飽きないし、不気味だし、なかなか読みごたえがあります。

不思議の国のアリス (新潮文庫)

不思議の国のアリス (新潮文庫)

シュヴァンクマイエルの『アリス』は、そんな『アリス』のもつ気持ち悪さや不気味さを、濃縮しまくった上澄み液のようなものだと思ってください。カラフルなディズニーの『アリス』、またはティム・バートンの派手派手な『アリス』とはちがい、地味で色味のない『アリス』ですが、見た後は必ずトラウマになりますよ。いい意味で。

1994年 『ファウスト


Jan Svankmajer 1994 Faust - YouTube

シュヴァンクマイエルの長編2作目となるのが、ゲーテ原作でも有名な『ファウスト』です。

主人公の男は、街で配られていた地図に導かれて、何の気もなしに、とある古い建物にやってきます。そこはどうやら劇場のよう。男はちょっとした遊び心で、置いてあった衣装を身に付け、同じく置いてあった『ファウスト』の原稿を、朗読し始めます。

すると突然、出番を知らせる合図があり、男はどういうわけか舞台の上に引っ張り出されてしまいます。操り人形のようになった自分に恐怖を抱いた男は急いで衣装を脱ぎ捨て、劇場をあとにしますが……。


この映画を語る上で大切なことは、シュヴァンクマイエルがプラハ芸術アカデミーの人形劇科を卒業している、ということでしょうか。チェコでは人形劇がものすごく盛んで、大衆にも親しまれています。プラハのお土産屋さんには、人形劇用の操り人形がたくさん売られているんです!

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シュヴァンクマイエルも、幼少時から人形劇に親しみ、大学の人形劇科を卒業したあとは、自ら創設した仮面劇団で、プラハの劇場をまわるところからキャリアをスタートさせています。

人形劇といっても、チェコの人形劇は、私たちが考えるような子供の観賞用としてのそれをイメージしていると、ときに大目玉をくらいます。ブラックユーモアあり、皮肉あり、政治批判もあり。とても豊かな表現力をもっているのが、チェコの人形劇なのです。

チェコ、またはかつて“ボヘミア”とよばれていたこの地域は、歴史上、いつも大きな大国に翻弄されてきました。ハプスブルク家オーストリア帝国をはじめ、ナチスドイツ、ソ連……。まさに「操り人形」のように、自ら意思をもつことを許されなかったこの国で、人形劇が発達したのは、偶然ではなかったのかもしれません。

1996年 『悦楽共犯者』


Jan Svankmajer Spiklenci Slasti p 7 - YouTube

3作目となった『悦楽共犯者』は、原作のない、初のシュヴァンクマイエルオリジナルの長編作品です。

発表当初、ポルノ映画だと勘違いされた本作品。6人の登場人物が、己の快感原則にしたがって、ありとあらゆる道具や手段を使って欲望を満たそうとしていく……という物語です。フェティシズムって笑えるなーと、自分の既成概念をあらゆる面でぶっ壊してくれる、愉快な作品(だと、私は思っている)。

6人の登場人物たちはどんなことをして欲望を満たそうとするのかというと、ある者はヌード写真を組み合わせてニワトリの仮面を作り、ある者はおかしな機械仕掛けの自慰マシーンを作り、ある者は鯉に自分の足の指をくわえさせたり……と、バリエーションに富んでいて、本当に笑えます。

もう少し真面目に語ると、この作品で大切なことは、シュヴァンクマイエルが「触覚」という感覚をとても重視している、ということです。通常の芸術は、主に目を使って作品を観たり、映画を観たりするするわけで、「触覚」なんて出る幕はありません。けれど、シュヴァンクマイエルは「視覚」と同等、あるいはそれ以上に、「触覚」を重視しています。

脚にふわふわとさわる羽毛の感覚や、手でぎゅっと粘土をつかんだ感じなどを、映像によって喚起し、観る者の想像のなかで再現させることができないだろうか。それによって、「芸術」の枠を超えた、何か根源的なものを表現することができないだろうか。シュヴァンクマイエルは、そんなちょっと変わったことに挑戦している、前衛芸術家なのです。

★★★

というわけで、長編作品6つのうち、初期の3作品を、まずは紹介しました。
後編では、後期の3作品を紹介します。

映画監督でも、小説家でも、画家でも、いわゆる「芸術家」とよばれる人たちは、その生涯に制作する作品で、同じことを形を変えて繰り返し語る、といわれています。シュヴァンクマイエルももちろん、例外に漏れません。

『アリス』に出てきた夢や不思議の世界、『ファウスト』に出てきた人形劇、『悦楽共犯者』に出てきた「触覚」の感覚などは、他の作品にも共通して登場する、彼の作品の世界観を形成する重要なファクターなのです。

ファンタスティックなチェコ映画の世界、ぜひ一度ご堪能あれ。

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後編はこちら!
スパイシー! ヤン・シュヴァンクマイエルの長編映画全解説!!(後編) - (チェコ好き)の日記