チェコ好きの日記

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ロンドンひとり旅 テート・モダンへ、そして日本へ

ロンドン、ストーンヘンジ、バース、レイコック、オックスフォード、
たくさんの教会、美術館、食事、紅茶。

お腹が痛くなったり胃がもたれたり、歩きすぎで踵が痛くなったりもしたけれど、気が付けば旅行も最終日。

毎日食べていたホテルの何気ない朝食も、何だか貴重なものに思えてきます。日本へ帰る飛行機は、ロンドン・ヒースロー空港を19:30に出発します。
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お世話になったイビス・ロンドン・アールズコートの食堂

感傷に浸りながら、朝食を終えて部屋に戻り、ドアにカードキーを差し込むと、
なぜか、開かない。

今日がチェックアウトの日だから? といろいろなことを考えながら1階のフロントに行き、受付のお姉さんに事情を説明すると、お姉さんはカードキーを調べてくれ、何かの機械にとおした後、「これでもう1回やってみて」といいます。

私はまた11階の自分の部屋に戻り、ドアにカードキーを差し込んでみたものの、相変わらず無反応。なのでまた1階のフロントに行き……というのを何往復かやった後、ようやくセキュリティ会社のお兄さんが、私の部屋のドアを直接見に来てくれました。

どうやら、ドアのカードキーを差し込ませる部分の、バッテリー的なものが切れていたらしい。私がスーツケースに荷物をまとめている間に、お兄さんがバッテリーを交換してくれ、一件落着となりました。

1階と11階を何往復もして疲れたけど、笑顔が素敵なお兄さんに「Have a nice day!」っていってもらえたから、良しとしよう。

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ホテルから駅に行くまでにあった通り。明るくて真っ白で、好きな場所でした。

飛行機は夜なので、スーツケースをホテルにあずけ、私は最後のロンドン観光に出かけました。
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毎日のようにどこかしらが止まっていて、予定変更を余儀なくされた憎々しい地下鉄も、お別れとなるとやっぱりさみしい。ちょっと止まるくらいいいじゃないの。出来の悪い子ほどかわいいっていうしね。(?)

私の英語力がないせいですが、ロンドンの地下鉄に流れるアナウンスって、何か歌っているように聞こえるんですよね。路線図を見ながらアナウンスを聞くという、日本だったら何でもない作業が、素敵な時間に感じられるから不思議です。次にロンドンを訪れるときも、あのアナウンスを聞きに地下鉄に乗りたいなあと思います。

さて、私が出かけたのは、初日に見たロンドンのシンボル、ビッグ・ベン
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以前のエントリに書きましたが、初日はちょっとちがうアングルから見てしまったので、「この角度」からちゃんとビッグ・ベンを見てみようと思ったんですね。

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そのまま橋をわたりきって、テムズ河にそって歩いてみます。天気も最高。

テムズ河付近のベンチに座って、少しぼ~っとした後、再び地下鉄に乗り、
訪れたのはテート・モダン
2000年にできた比較的新しい美術館で、現代美術のコレクションを見ることができます。

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何だか美術館らしくない建物ですが、ここは元々、発電所だったらしいです。スイス人の建築家が、昔ながらのレンガ造りの外観を残しながら改築したんだとか。

向かって正面には、セント・ポール大聖堂が見えます。
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一部工事中で見られませんでしたが、美術館内は2階から4階が常設展のコレクションの場となっています。私は4階まで上がって、下にさがりながら見ていくことにしました。

4階の展示、入ってすぐに目に飛び込んできたのは、ピカソの『泣く女』です。
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(館内は撮影OK)

ピカソについては、以前こちらのエントリで書いたことがありますが、
ピカソが“わかる”ために必要なことは2つだけ - チェコ好きの日記
この冒頭で紹介した絵が、『泣く女』でしたね。

テート・モダンはあまり下調べをせずに行ったので、『泣く女』がここのコレクションだったとは知らず、見つけたときはうれしい驚きでした。

他にも、ジョルジョ・デ・キリコあり、フランシス・ベーコンあり……。
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しかし、ここテート・モダンで見る価値のあるものナンバー1といえば、
これはもう、マーク・ロスコでしょう。
私としては、これ以外にはありえません。

マーク・ロスコの作品は、小さな部屋を丸々1つ使って、一面にキャンバスが飾られています。

その異様な雰囲気に、部屋に1歩足を踏み入れた途端、空気がふっと重くなるような感じがします。もしかして、この部屋だけ冷房の温度ちがう? と思うほど。

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ちょっとでも気を許せば、知らない場所へ吸い込まれてしまいそうな、目の前に大きな穴がぽっかりと開いているかのような……でも、そんな静かな恐怖とともに、どこかこれを見て、心が落ち着いてしまう自分もいる。何なんでしょう、これは。

部屋の中央には、座ってじっくり作品を眺められるように、ベンチが設置されています。私もそこに腰かけて、何分間だったのかわかりませんが、けっこう長く、この部屋にいました。ぼーっと何も考えずにロスコの絵を見ていたときは、夜に飛行機に乗って日本へ帰らなければならないことも、自分が旅行者であることも、ここがロンドンであることも、すべてを忘れて、作品が放つ空気に、身をゆだねていました。

私は、いい加減しつこいわ! ってくらい「絵画は実物を見るべき」とこのブログでいっていますが、マーク・ロスコは、もしかしたらその最たるものかもしれません。部屋一面、自分をぐるりと取り囲むようにロスコの絵があって、その空気に身を浸してみて初めてわかる「何か」、というのがやはりある気がします。
とにかく、この部屋は本当にすごかった。

テート・モダンを出たあとは、ホテルで預かってもらっていたスーツケースを受け取って、少し早めに空港に向かう予定でした。マーク・ロスコの絵が心にずっしり残って、「ありがとう、ロンドン」と感傷に浸りながら地下鉄に乗っていると……

スローン・スクエアという駅で停車したまま、なかなかドアが閉まりません。まぁ、よくあることです。信号待ちとか、安全確認とかをしているのかもしれない。すぐに発車するだろうと、気にせず読書をする私。

そのまま数分。少しまわりがガヤガヤし始めます。

さらに数分。ようやく、早口で何をいっているのかよくわからないけど、アナウンスのようなものが入り始めます。私の隣に座っていた女の人は、携帯に向かって何かを話しながら、急いで車両を出ていってしまいました。

ちくしょう、また止まりやがった

まわりの雰囲気から察するに、どうやら電車は当分動かない様子。最終日だけは、飛行機の時間があるんだから止まらないでくれよ……と願っていたのに、ロンドンという町はなかなか感傷に浸らせてくれません。

仕方ないので駅を出て、バスに乗ってみようと思ったのですが、ロンドンのバスは乗り方が難しく、路線がごちゃごちゃでよくわからないんですね(見た目はかわいいけど)。人だかりのなか、何とか目的地までの路線の時刻表を探し出し、バスを待ってみたものの、やって来たバスになぜか乗車を拒否されました。満員だったから? 実は乗り場を間違えていたのか? いまだになぜだったのかよくわかりませんが、とにかくバスに乗れませんでした……。

最後の手段ということで、近くに停まっていたタクシーをつかまえて乗車しました。そうです、ブラックキャブです。今回の旅行では、タクシーに乗る予定はなかったんですが……。

そのままタクシーで空港に向かうととんでもない金額になるので、別の動いている路線がある駅までを移動し、そこからは「止まらないで、止まらないで……」と念じながら、再び地下鉄に乗り、今度こそ無事ヒースロー空港に到着したのでした。

以前この空港に降りた時、最初に感動したのがたまたまターミナルの前に停まっていた郵便トラックの色だったことを思い出す。少しばかりくすんだ実にいい赤なのだ。それに建物の煉瓦の色、芝生の色。ここは落ちついた大人の国だと思ったものだ。そういう印象は今回も同じ。ホテルまで乗ったタクシーの、あの大きな車体と広い車内、運転手の悠然としてしかも丁寧な態度も変わっていない。うわついたところが一つもない。完成されている。しかし、若い身でこの国にいたとしたらたまらないだろうとも考える。東京の軽薄もやりきれないが、ロンドンの重厚も決して居心地のいいものではない。英語の言い回しに「バターを口に入れても溶けないような顔をして……」というのがあるが、道行くみながそういう顔をしている。漱石がノイローゼになった理由がよくわかる。

少し長い引用ですが、こちらは池澤夏樹氏の『明るい旅情』というエッセイにあった文章です。私はこれを読んで、「ロンドン」という町のことを、実に的確に表しているなあと思ったのでした。

ロンドンおよびその周辺の町は、完成された、大人のための場所でした。よく、ヨーロッパの国々では何かにつけて大人が中心にいて、子供に留守番をさせて夫婦でクラシックのコンサートに出かけるなんて話を聞きますが、なるほど、と思わせる雰囲気があります。もちろん、夜の地下鉄にはわけのわからんガキが乗っていることもあるし、スーパーに行けばお菓子もおもちゃも売っているのですが、基本的にすべてのことを「大人」を中心に構成している、という印象を受けます。「子供」や「若者」の雰囲気に支配されがちな日本とは、この辺りが大きくちがいます。

今回の旅行では、その成熟された雰囲気を思う存分楽しんだ私でしたが、同時に、池澤夏樹が感じたように、「もしロンドンで生まれ育っていたら」、この町は私にとって辛い町だったかもしれない、と感じたのも事実です。

完成された大人の町は、保守的で変化がない町、と言い換えることもできます。実際には、ロンドンにも新しい建物が作られたり新名所ができたりしているのですが、おそらくそのスピードは、日本に比べてとても遅いです。夏の陽射しは美しく暖かいけれど、その期間は短くて、すぐにまた夜の長い、暗くてとてつもなく寒い冬がやって来る。天気は基本的に曇天で、雨がよく降ります。

私は日本にいるのがあまり好きではなくて、いつも日本を出たいと思いながら、結局またもどってきてしまうのだけれど、きっとロンドンでもそれは同じだっただろうな、と思ったのです。ロンドンにいるのがあまり好きではなくて、いつもロンドンを出たいと思いながら、結局またロンドンにもどってくる。私が「もしロンドンで生まれ育っていたら」、きっとそんな人生を送っていたにちがいありません。

そう、これは都市の問題ではなくて、人間性の問題なんです。
故郷とは退屈なもの?/芸術家素質チェッカー - チェコ好きの日記
(似たようなこと前に書きましたね)


私が次、旅をすることになるのはどこだろう?


数日間の短い旅の思い出に浸りつつも、帰りの飛行機のなかで、私が考えていたのはそんなことでした。

きっと、ロンドンにももう1度くらい、この人生のなかで訪れることになるような気がします。でも、次はまた、別のところへ。

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最後、飛行機のなかから見たロンドンは、やっぱり雨でした。

でもきっと、飛行機が出た後、すぐに止んだでのしょう。

イギリスの雨は、15分以上降り続かないですから。


★ロンドンひとり旅 おわり★

(でも、本の紹介や番外編などで、たぶんあと数回くらいイギリスネタを引きずります!)