チェコ好きの日記

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絵画に隠された意図を読む

芸術作品を鑑賞するとき、必要なのは「感性」だと思いますか、それとも「知識」だと思いますか?

結論からいうと、「『感性』だけでも楽しめるけど『知識』があるとなおよし、ただし『知識』だけで観るのはつまらない」といったあたりが、おそらく正解に極めて近い解答です。

あなたの美術の知識がどれくらいあるかを試す例題10問 - (チェコ好き)の日記』でも書きましたが、私たちのような一般人が、普通に文字の読み書きができる社会になったのは歴史的にみればつい最近のこと。それまでは長らく、文字の読み書きなんて一部の貴族や高僧以外できない、必要ない、という社会がずっと続いていたのです。
 そんな時代に絵画が果たしていた役割の1つが、「メディア」でした。絵のなかに様々なモチーフを盛り込んで、文字の読み書きができない大衆に対して「こういうことをしていると地獄に落ちますよ」「こういうふうにすれば天国に行けますよ」みたいなメッセージを伝えていたわけです。私たちがネットで「成功する人間になるための10ヵ条」みたいな記事を読むのと、ちょっと似ていますね。いや、似てないか。

そんなわけで、絵画に登場する数々のモチーフに込められている意図を理解すると、当時の人々と同じように、「メディア」として絵画を「読む」ことができるようになります。すると、表面だけでさらっと観ていた絵画が、またちがった味わいをもって浮かび上がってきます。

今回は、そんな絵画に込められたモチーフを集めた『モチーフとしての美術史』という本のなかから、私の好きな絵画上のモチーフを5つほど紹介してみようと思います。話が絵画から離れることもありますが、モチーフが絵画のなかから抜け出して、現代のマンガや映画のなかでどう扱われているかを考えてみるのもなかなか面白いです。

モチーフで読む美術史 (ちくま文庫)

モチーフで読む美術史 (ちくま文庫)

1 竜(ドラゴン)

DRAGON BALL 1 (ジャンプ・コミックス)

DRAGON BALL 1 (ジャンプ・コミックス)

竜って、日本や中国など、東洋では“カッコイイ生き物、神聖な生き物”として考えられていることが多いと思います。『ドラゴンボール』の表紙で孫悟空がドラゴン(神龍)に乗っているのも、それがカッコイイ生き物だからでしょう。日本においては竜は十二支のなかにも入っていて、何だかおめでたい生き物のようにも思えます。

しかし、西洋では竜は悪い生き物として考えられているようです。キリスト教のなかでは悪魔や異端の象徴として登場し、ドラゴンから王女を救ったといわれているゲオルギウスは、伝説上の聖人となっています。『ヒックとドラゴン』という映画でも、最終的には主人公たちの仲間になるものの、ドラゴンは最初やはり悪役として登場します。『ヒックとドラゴン』が東洋発のアニメだったら、きっとこういう登場の仕方はしないはずだし、竜と友達になるっていう発想も東洋にはないと思うんですよね。

『ヒックとドラゴン』 How to Train Your Dragon 予告編 - YouTube

そもそも空想上の生き物である竜は、いったいどこでどうやって、だれが考えて誕生した生き物なんでしょう。竜に限らず、西洋と東洋で善悪のイメージが真逆になっている生き物ってけっこういる気がしますが(蛇とか)、何でそういうちがいが生まれたのかなー、とか考えていくと、興味は尽きません。

竜が登場する西洋の絵画を観るときは、この「竜=悪」という図式を知らないと、意味を取りちがえてしまうことがあるかもしれません。注意が必要です。

2 仮面

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『陰謀』ジェームズ・アンソール

仮面は素顔を隠す「欺瞞」の象徴であるほか、別の人格や動物に変身したりすることを可能にするもので、古来より多くの文化圏で演劇や宗教的儀式に用いられてきたそうです。日本では、何と縄文時代から存在しているらしいですよ。

「仮面」って何となく不気味なイメージがありますよね。上記の絵画のタイトルも『陰謀』です。仮面の下で、何か良からぬことを考えているんじゃないか……と、ぞくっとさせるものがあります。

ところで、私が「仮面」という単語を聞いて、いつも思い出す話があります。本当の話なのか都市伝説なのかわかりませんが、ある国のトイレではかつて、個室に扉がついていなくて、代わりに「仮面」が置かれていた、というのです。

用を足すところを人に見られたら嫌なので、普通トイレには扉がついています。しかし仮面をかぶって、特定の「わたし」ではない、匿名の「だれか」になってしまえば、見られても恥ずかしくない……という逆転の発想らしいのですが、本当かなぁ。いずれにしろあまり気持ちのいい話ではありませんが、ただの都市伝説だとしても、興味をそそられる話ではあります。

3 橋

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『大橋の雨景』安藤広重

西洋では、橋を描いた絵画はあまりないそうです。しかし日本では、橋は聖界と俗界を分けるものとして、神社仏閣に架けられていることも多いし、絵画に登場することも多いです。天照大神を祀る伊勢神宮でも、川を隔てて大きな橋が架けられていますが、あれをわたって俗界から聖界に行く、という意味があるのでしょう。橋をわたって別の世界へ行く、というイメージは、我々にとってはけっこうなじみ深いものがあります。

一方、西洋では聖界と俗界を何で隔てていたのかというと、「はしご」だそうです。ルーベンスの『十字架降下』は『フランダースの犬』で少年ネロと愛犬パトラッシュが最期に観る絵として登場しますが、ここに描かれている「はしご」は、天国へと続く階段を意味しているようです。
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『十字架降下』ルーベンス

このあたりのちがいを考えると、西洋と東洋の宗教観を比較できて面白いですよね。聖界はどこにあるのか。西洋では上に、天上にあることになっていて、東洋では同じ地平にあって、橋をわたっていく。キリスト教美術は大好きですが、宗教観としてはやはり東洋のほうがいいですね、私は。一応区別はされているけれど、神聖なものであっても同じ地平にある、って考え方が好きです。

4 分かれ道

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『経験的現象』横尾忠則

私が「分かれ道」と聞いて真っ先に思い出すのが、横尾忠則のY字路シリーズの絵です。Y字路シリーズの絵は、どれもシュルレアリスティックで不穏な空気が漂っています。

西洋絵画で描かれる「分かれ道」は、どちらの道を選ぶのが正解なのかという「運命の選択」を象徴する意味で登場することが多いみたいです。快楽と怠惰の悪徳の道か、質素で険しい美徳の道かの選択を迫られ、後者を選んだという『分かれ道のヘラクレス』みたいな主題が、人気だったようです。
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『分かれ道のヘラクレス』アンニーバレ・カラッチ

一方、横尾忠則のY字路シリーズは、どちらの道を選ぶのが正解か、まったくわからないですよね。どちらもダメそうな気さえします。実際の人生では、ヘラクレス的「分かれ道」より、横尾忠則的「分かれ道」のほうが多いように思うんですが、どうでしょう。どっちにしろ、「分かれ道」をテーマにした絵画って私は何か好きなんですよね。

5 性愛

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『愛の寓意』アーニョロ・ブロンズィ—ノ

「愛」と一言でいっても、キリスト教では神への愛(アガペー)と弱者への慈愛(カリタス)、そして男女の性愛(エロス、アモール)とでしっかりと区別され、神への愛と慈愛は肯定的なものであっても、性愛は忌避すべきものとして考えられていました。

上記の『愛の寓意』はルネサンス後期・マニエリスムの絵画です。これでもかというくらいいろいろなモチーフが詰め込まれていて、わけわからなくなってしまっている絵ですが、一応テーマとしては「男女の愛というものはいつも虚妄や嫉妬、私利私欲にまみれている醜いものだ」みたいなことがいいたいらしいです。右上にいる時間の擬人像(時の翁)が、“時間”というベールをはぎ取るとき、それが本当の愛かどうか判明すると。

で、全然関係ない話なんですが、私がこの『愛の寓意』という絵画を初めて知ったのは、高校3年生で夏休みに大学のオープンキャンパスに行ったときだったんですね。私が志望していた芸術学科の体験授業で、この絵についての解釈の講義が行われたんです。

その講義はとても面白いもので、私は目を爛々と輝かせながら聞いていたんですが、一緒に行った同じ高校の友人が、途中から爆睡していたんです。「こんな面白い講義で寝るなんて、まったく教養のないやつだ」と、私は思ったんですが。

午後から今度はその友人が志望する国際関係の学部の体験授業に出席しまして、私も最初は「ふーん」と思って聞いていたんですが、気が付いたらコックリ船を漕いでいたんですね。講義が終わったあとに友人に起こされ、軽蔑のまなざしを向けられながら「すごく面白かったのに、何であんた寝るの?」みたいなことをいわれました。

……というような出来事から、私にとって『愛の寓意』という絵画は、「人は、キョーミないものの前では寝てしまう」ことを象徴する絵として記憶されています。性愛まったく関係ないですけど。

★★★

「絵画のモチーフ」といいながら何だかとりとめのない話になってしまいましたが、文学でも映画でもマンガでも、ある特定事象がどういう経緯でそこに登場しているのか、みたいなことを考えるのはすごく興味深いです。『モチーフで読む美術史 (ちくま文庫)』は生き物から食べ物から生活用品まで、いろいろなモチーフがわんさか集まってますので、そういうことを考えてみたい人にはおすすめですよ。