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チェコ好きの日記

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「あなたにとって芸術とはなんですか?」に回答してみます

思ったこと

またしても、ask.fmからブログネタをひろってきました。私自身はすっかり見逃していたのですが、最近運営から「あなたにとって芸術とはなんですか?」という質問が出ていたようです。id:zuiji_zuishoさんが教えてくれたので、今回はこれに回答してみようかと思います。

芸術とは、エロです

私、実は人にされるのがいちばん嫌な質問というのがありまして、それが「休みの日は何してるの?」あるいは「趣味は何?」みたいな類の質問なんですね。

事実をありのままに伝えようとすれば、私の場合これへの回答は「読書です」とか「美術館へ行くことです」とか「映画を観ることです」となるのが最適だと思われるのですが、一般的に読書とか美術館とかは高尚な趣味だと思われてしまうことが多いらしく、"気取った野郎”だと思われるのが嫌なので、私はこれらの質問にうまく答えることができないんですね。「映画が好きです」といっても、「最近観た映画って何?」と相手が気を遣って話題をふくらませようとしてくれたときに、「最近はイスラエルの映画に関心がありまして…云々」とかいうと、場が凍るじゃないですか(私の話術がないせいですけど)。だから私は、「休みの日は何してるの?」と聞かれたときは、「家事です」とか「寝てます」みたいなことを答えています。嘘は付いてない。

私は芸術とか美術とかが高尚なものだと思って好きになっているのではなくて、ただ単に面白そうなものを探っていたらたどりついたのが偶然そのへんだった、というだけなんですよ。だから、「高尚な趣味」だと思われてしまうことが何よりも心外で、コンプレックスなわけです。

では、芸術とは高尚なものではなくて、大衆娯楽であったり低俗なものであったりするのか? と聞かれると、それもちょっとちがうんだよなー、という気がします。確かに、高尚な一面はあると思うんです。で、そのあたりの関係って、ちょうど「エロ」に似ているな、と思いました。

エロいものって、低俗なものでいうと、コンビニのアダルト雑誌があったり、インターネットの動画があったりしますよね。でも一方で、それがないと人類は存続できません。私たちはすべてエロから生まれており、それは生きる上で、切っても切り離せない存在でもあるわけです。低俗なものであると同時に、ときに哲学的なテーマとなるまでに高尚なものに化けたりもします。

芸術って、そんなところがちょうど「エロ」に似ているなと思うんです。低俗であると同時に高尚、というか、低俗も高尚も大衆娯楽も哲学も、すべてを内包してしまうブラックホールみたいなものです。そんな関係が似ているからか、実際、芸術とエロはすごく相性がよくて、「性」は文学や美術や映画の主題として頻出します。

複雑なコンプレックスやトラウマのせいで、それをはっきりと認めたくない人はいるとしても、本来的な意味で「エロくない」人間は生物である以上、存在しません。同じように、本来的な意味で「芸術が理解できない」なんて人間も、私はいないんじゃないかと思っています。とりあえず、「芸術って、そんな高尚なもんじゃないっすよ」というのは声を大にしていいたいことで、それをいいたくてこのブログを書いているという一面もあります。

芸術とは、宗教です

突然ですが、私、宗教が好きなんですね。といっても、何か特定の宗教を信仰しているわけではなくて、宗教に関する本を読んだり、ニュースを調べたりするのが好きなんです。西洋美術と関係が深いこともあって、たぶんキリスト教関係にいちばんくわしい気がするのですけど、仏教もイスラム教ユダヤ教も興味津々だし、オウム真理教やら何やら、カルト宗教みたいなものもすごく気になる存在です。

なぜこんなに宗教が好きなのかをちょっと考えてみたんですけど、それはおそらく、「もしかしたら自分もカルト宗教にハマってたかもしれないから」かなぁと最近思いました。

作家の村上春樹が、オウム真理教の信者に取材をした『約束された場所で―underground 2 (文春文庫)』という本があるのですが、この本には彼らがなぜオウムに入信したのか、そのきっかけとなったエピソードや、彼らの半生がつづられています。複雑な家庭環境に育った人、幼い頃から心霊体験をくり返して現実社会との境界線がわからなくなってしまった人、いろいろな人がいるわけですが、なかには普通の家庭に育ち、普通に友達がいて、普通に大学や専門学校に進学して……という、「なぜあなたが?」というかんじの人もいました。

私自身はごくごく平凡な人生を歩んできた自覚があるので、複雑な家庭環境に育った人や、心霊体験をくり返してきた人の心中は察することしかできません。しかし、「なぜあなたが?」という人たちのほうは、「あー、わかるわかる。そういうことってあるよね」と何だかすごく共感を覚えてしまったんですね。誤解をおそれずにいうと、おそらく村上春樹も、後者の人たちにおいては自分と近しいものを感じているのではないかと思いました。

村上春樹が、そんな「なぜあなたが?」な人たちに対して、「そういう迷いを感じたとき、僕は小説を読みました。あなたは小説は読まなかったのですか?」みたいなことを聞くところがあるんですね。引用するのがメンドイので、原文ママではありませんけど。そして、信者の方はその問いに対して、「ええ、読みませんでした。小説みたいなものはあまり興味がありません」というようなことを答えていたんです。

その部分を読んだとき、私がカルト宗教にハマらなかったのは、きっと文学や美術や映画があったからだな、と思うことができたのです。いや、特定の宗教を信仰することが、必ずしも悪いというわけではないんですが。ただ、宗教というのはどうしても選民思想的なところがあって、「この神様を信じてるオレたちはOK、あんたは信じてないからダメ」みたいに感じるところがあるので、私はそういう排他的な思想はあまり好かないのです。よく知らないけど、仏教はそのへん寛容な気がするので、世界的な宗教のなかではいちばん好きな思想です。でもオウムって仏教からスタートしてたような。うん、やっぱり難しい。

インターネットの世界で「承認欲求」なんて言葉がありますが、宗教の役割も、究極的にはその「承認欲求」を満たしてくれるところにあると思うんですよね。私はこの神様を信じているから、大丈夫なのだと。でも、宗教とは別に、もう1つ承認欲求を満たしてくれるものがあって、それが芸術だと私は考えています。低俗も高尚も大衆娯楽も哲学も、何でも飲み込んでしまうそのブラックホールは、「何でもアリじゃん」といってくれている気がします。あなたが信じているものと、私が信じているものがちがってもOKだよ。あなたが求めているものと、私が求めているものがちがってもOKだよ。キリスト教美術も仏教美術イスラム美術も全部カッコイイ。そんな感じです。

私にとって芸術とは、「何でもアリ教」とか、「生きてるだけで丸儲け教」みたいな宗教です。ただしそれは、神様がいない宗教です。芸術を創り出すのは、いつも人間ですからね。

★★★

と、けっこうマジメに回答してみちゃいましたが、こんなんでひとつどうでしょうか。引き続き、質問募集していますヨ。