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チェコ好きの日記

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意識高い(笑)論争によせて スティーブ・ジョブズと、一休さん。

元の記事とあまり関係ない話になりそうなので、反則かな? と思いつつリンクは貼らないんですけど、最近ネット上で「最初の3年で仕事人生が決まる」という話題が盛り上がっていたようです。そこから派生したテーマである、「意識高い(笑)」「意識低い」論争みたいなのも一通り読んだんですけど、私はなぜか昔から、「意識高い(笑)」という言葉を聞くと胸がザワザワしてしまうという持病があるんですね。そこで今回は、この持病を克服するために、「意識高い(笑)」に関する私の見解を、ちょこっと書いてみようかなと思います。

「意識高い(笑)」が嫌がられる本当の理由

まず、一般的にいわれている「意識高い(笑)」の定義を確認しておくと、こんなところになるでしょうか。

学生生活を本人なりに実りあるものにしようと頑張っているが、周りから見ると痛々しくなってしまう学生の言動

意識の高い学生(笑)とは - はてなキーワード

この定義を前提に話を進めていくにあたって、私がときどき「?」と思うのは、「学生生活を本人なりに実りあるものにしようと頑張っている」その言動や行動が是か非か、みたいな論争になっているときです。世界一周するのはアリかナシかとか、セミナーで有名人と知り合いになるのはアリかナシかとか、仕事にガムシャラに打ち込むのはアリかナシか、とかそういう論争ですね。

で、私の見解をいうと、そういう行動がアリかナシかと聞かれたら、そりゃ「アリ」に決まってるじゃん、と思うんですよね。「口だけなのはダメ、結果が伴ってないと」とか、「それはだれかの受け売りじゃないの? 本当に自分のやりたいことなの?」とかいわれたら、何もできなくなっちゃいません? 「特に意味はないけど何かカッコイイと思ったから世界一周してきました」、動機なんてそれで十分じゃんと私は思うんです。


だけど、ここで自分の基本的な立場を明らかにしておくと、私はやっぱり世間で「意識高い(笑)」といわれるような人に対して、ある種の苦手意識を持っています。それで、何がどう苦手なのかいろいろ考えてみたんですけど、たぶん「こちら側を煽って焦らせようとするその意図」「こちら側の不安をかき立てて優位に立とうとしているその魂胆」が苦手なんだなぁ、ということに気が付きました。

「意識高い(笑)」人のよくある事例として、“自分のプロフィールを盛っちゃう”というのがありますね。Twitterの自己紹介欄に、スラッシュをたくさん入れて何やかんや書くという、アレです。Twitterを使っている目的って人それぞれでしょうけど、やましいことに使うんでなければ、やっぱり等身大の自分を過大評価せず過小評価せずに書く(のって、すごい難しいんですけど)、それが一番なんじゃないかなと私は思います。

それで、じゃあ何でプロフィールを盛っちゃったり、「圧倒的に成長できる環境を考えたらスタートアップしかないと思う*1」みたいな発言をしたり、起業家の名言をたくさんRTしたりしちゃうんだろう? って考えたんですけど、それはやっぱり「すごいヤツって思われたい」とか「相手を嫉妬させてモヤモヤさせたい」っていう魂胆があるんじゃないかと私なんかは邪推しちゃうわけです。そりゃ、どうでもいいヤツよりはすごいヤツだって思われたいし、嫉妬させたいし、羨ましがらせたい。それは不自然な感情ではないし、多かれ少なかれだれでも持っている気持ちだとは思うんですけど、あんまりそれを表に出しすぎると見ている人が疲れちゃうよ、と。

このエントリを書くために「意識高い(笑)」についていろいろ調べてみたんですけど、そのなかである人が(もちろんリンクは貼りませんが)「バカにされるの嫌だから意識高い行動止めます」みたいなブログ記事を書いているのを発見したんですね。思わず「ちがうのに! 行動自体は悪くないんだって!」とアワワワした私ですが、ごめんなさい勇気がなくてコメントできませんでした。(だいぶ前の記事だったし……)

それでも、気付きや学びをシェアしたいという人は

前の章の内容を一言でまとめると「行動するのはいい、ただし黙ってやれ」ということになっちゃうんですが(というか、黙ってればバレないのだから何をしようがバカにされるはずがない)、それでも人間なので、たまには自己アピールもしたいし、起業家の言葉に感銘を受けて「この感動をだれかに伝えたい!」ってなるときはあると思うんですね。で、それは全然悪くないことなので、たくさんシェアしたらいいと私は考えています。私も読んだ本の感想とかすごいすごいすごい書きたくなっちゃうタチなので、気持ちはよーくわかります。

自分の人生を実りあるものにするために行動することは絶対にいいことだし、感動したことをだれかに伝えるのも絶対にいいことです。悪いのは、「相手の不安をかき立てて優位に立とうとしているその魂胆」。だから、TwitterFacebookやブログで何か発言するときは、「これって本当に“伝えたい、共有したい”って思う内容かな? 自分のことスゴイって思われたくていっちゃってるんじゃないかな?」っていうのを自己点検してはどうかなと思いました。

「相手がどんな気持ちでそれを発信しているか」って、受け取るほうはだいたいわかってしまうものです。読解力の有無とかそんなのは関係なく、気持ちって透けて見えちゃうんですね。同じ内容を同じふうに書いても、「これって面白いんだよ!」っていう気持ちで書くのと、「私ってスゴイでしょ!」って気持ちで書くのでは、印象って全然変わってくるものです。幸いインターネット上の発言は、「投稿する前に一呼吸おく」ということが可能なので、もし「シェアしたい、だけど意識高いってバカにされたくない」って人がいたら、発信する内容を自己点検すること、おススメします。私もブログを書くときとか、実はけっこう点検してます。ま、検閲から漏れて「わー!」ってなることもあるので、万能ではないですが。

「意識高い(笑)」のと「本当に意識高い」のちがいって、結果が出ているか否かじゃなくて、相手のことを煽ったり焦らせようとしたり不安にさせようとしている魂胆があるかか否か、スゴイって思われようとしているか否か、じゃないですか? 結果なんて別に伴ってなくとも良い。せいぜい学生か、若手社会人なんですから。

スティーブ・ジョブズと、一休さん

「意識高い」人たちの間のヒーローである、スティーブ・ジョブズ。彼がスタンフォード大学で行なったスピーチの内容は、あまりにも有名です。Stay hungry,stay foolish!

スティーブ・ジョブス スタンフォード大学卒業式辞 日本語字幕版 - YouTube

ジョブズはこのスピーチのなかで、「毎日を人生最後の日のように生きたら」という話をしています。いつ“最後の日”をむかえてもいいように、後悔しないように、すべてのことを全力でやんなさいということですね。

では、実際に亡くなってしまったジョブズは、最後の日々をどんなふうにして過ごしたんだろう? と思った私は、いろいろな記事を読んでみたのですが、彼は彼自身が遺したその言葉通り、友人や家族とゆっくりした時間を過ごしていたみたいですね。だれにも到達できないくらい大きな仕事をやり遂げたジョブズは、「後悔はない、やりきった!」と思って亡くなっていったんだと思います。もちろん、本当の胸中はスティーブ・ジョブズ本人以外、だれにもわかりませんが。

一方、ジョブズと対照的な最期をむかえた人物として、私はスケベじじぃの生臭坊主、一休宗純を思い浮かべてしまいます。彼の最後の言葉として伝えられているのが、「死にとうない」……。あんた僧じゃないのかよ、という“悟り”がまったく感じられない言葉です。

でもこの言葉を受けて、タモリさんだか所ジョージだか(記憶曖昧)が、「最後の言葉として、これはこれですばらしいものがある」といっていたのを聞いて、私はすごく共感したんですね。「後悔はない!」と潔く死んでいくのもカッコイイけれど、ギリギリまで生に執着して、「死にたくない、死にたくない」といいながら死んでいくのも、非常に人間くさくていいなぁと私は思います。

一休宗純のことを調べてみるといろいろと面白いものが出てくるんですが、彼はただの変な坊さんだったわけではなく、不安定な世の中においていつも「死」を考え、人々にそれを思い起こさせようとしていたみたいです。めでたいお正月の日に、杖の頭にドクロをこしらえて、「ご用心、ご用心」といいながら練り歩いたなんていう珍エピソードは、とても興味深い。死と真剣に向き合ったという点においては、ジョブズ一休宗純も同じだと思うんですね。でも、向き合った末にたどり着いた“最期”が、対照的。


価値観のぶつかり合いみたいなものは、どう頑張ってもなくならないものです。むしろなくなったらお互い発展がないというか、めんどくさいこと極まりないけど必要悪だよね、と私は考えています。

ただお互いに忘れてはいけないのは、同じことに同じように真剣に向き合った結果、まったく別の選択をするだれかもいる、ということではないでしょうか。もっといえば、その「だれか」は自分だったかもしれない、なんてこともあるわけです。意識高い人も、低い人も、起業してバリバリ仕事してる人も、ぶつぶつ愚痴をいいながら満員電車に揺られている人も、みんなみんな真剣だし、みんなみんな頑張っています。その前提は最低限共有しておきたいな、なんて私は思うんですけどね。

★★★

いいたいことは散漫でありつつ以上なんですけど、最後に1つ私の妄想を付け加えておくと、スタンフォード大学であのカッコいいスピーチをきめたジョブズが、最後の最後でやっぱり「やだやだ死にたくない助けて助けて」と泣き叫んでいた……なんてエピソードがもしあったら、それはそれで真に迫るものがあって、私なんかはグッと来ちゃうんですけどね。芸術系の脳みそをしているためか、人間がダメになる瞬間って好きなんですよね……。

以上、蛇足でした。