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チェコ好きの日記

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私の大好物:人形作家・四谷シモンに関して知っておきたい3つの覚え書き

7月6日まで、横浜そごう美術館にて、四谷シモンの人形展「SIMONDOLL」が開催されています。

SOGO MUSEUM OF ART

四谷シモンの人形を見たことは以前1度だけあったのですが、先月唐組の公演を観た流れでちょうどシモンの著書を読み途中だったこともあり、絶好の機会だったので行ってきました。結論からいうと、この展覧会は「アタリ」。めちゃくちゃ面白かったので、横浜近郊にお住まいの方は是非足を運んでみてほしいです。

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※撮影可の人形

四谷シモンとは、1944年生まれの人形作家。また、唐十郎率いる「状況劇場」の役者として、新宿を核とするアングラ芸術運動の旗手であったことも知られています。

で、四谷シモンの人形自体はもちろん必見なんですが、私はあの界隈の黒〜く濃〜い空気が大好物なんですね……。ミュージアムショップで売られていた本、まじで「全部欲しい」と思いました。すでに持っているものも何冊かありましたが。

というわけで今回は、そんな四谷シモンとその周辺に関して知っておきたい3つの覚え書きです。

1 四谷シモンの幼少時代

人形作家 (講談社現代新書)

人形作家 (講談社現代新書)

シモンの著書『人形作家』を読むと、彼の幼少時代、というか育った家庭環境がかなり特異なものだったということがわかります。大酒飲みの父と母はいつも夫婦喧嘩をしていたらしく、特に気性の荒い母は、火鉢をひっくり返して火箸を持って父に馬乗りになったといいます。それ以外にも、町内会で父のバイオリンの演奏で母がストリップをしていたとか、ちょっと常識では考えられない経験をされています。町内会って……。

そんな四谷シモンの父と母は当然長く一緒に暮らすことはできず、彼は母が妾宅として買ってもらった家に移り住むのですが、そこで母の愛人に殴られます。

笠井さんにボカーンと殴られた僕は、野原に投げ飛ばされました。
(中略)
このとき僕は、笠井さんという個人を超えて、社会とか世間とかいうもの全体に関して「今にみてろ」と感じたのです。殴られた痛みよりも自尊心を傷つけられた精神的な痛みでした。こいつに一撃くらわせなければ、という復讐心が深く心に刻まれました。(p31)

この出来事は四ツ谷シモンが11歳のときのことらしいですが、彼の幼少時代のエピソードを聞くと、「戦後の日本てこんな感じだったのかな〜」と少し暗い気持ちになります。しかし、「今にみてろ」と思う気持ちが、後に彼を創作へとかき立てたようです。沸き立つ復讐心が母の愛人である笠井さんだけではなく、社会全体に向けられていたというのは、11歳という年齢を考えると凄まじいことです。

2 澁澤龍彦ハンス・ベルメール

四谷シモンは青年になると、幼少時代から作っていた人形に、よりのめりこんでいきます。なかでもドイツのシュルレアリストハンス・ベルメールとの出会いは衝撃だったようで、ベルメールの人形の写真を見て帰ったその日、家にあった人形の材料をすべて捨ててしまったといいます。
ハンス・ベルメール 〔骰子の7の目 シュルレアリスムと画家叢書〕 (シュルレアリスムと画家叢書 骰子の7の目)

「新婦人」という雑誌にハンス・ベルメールを紹介する文章を書いていたのは澁澤龍彦で、四谷シモンベルメールの名前とともに、澁澤の名も覚えることになります。澁澤龍彦ハンス・ベルメールも私の大好物なので、つくづく自分はこの界隈との相性がいいんだなーと思います。

ベルメールの人形は、「人形」というものの常識を覆すように作られていて、私も初めてそれを見たときは(いい意味で)吐き気を覚えたため、シモンの衝撃はよく理解できます。少女の股から顔が出ていたり、脚が複数くっついていたり、グロテスクかつエロティック。いつかこのブログでも、ハンス・ベルメールに関するまとまった文章を書いてみたいなぁと思っています。とても美しい人形です。

今回の「SIMONDOLL」展で、その影響が最も強く感じられるのは、「慎み深さのない人形」というタイトルの2体でしょうか。女性を象った人形の場合、通常は胸が前、お尻が後ろにくるわけですが、四谷シモンのこの人形は、胸もお尻も前についています。写真が貼れなくて残念なのですが、この人形の「慎み深さのなさ」といったらありません。

3 状況劇場天井桟敷

ベルメール・ショックが醒めないうちに、四谷シモン唐十郎と出会い、「状況劇場」の女形役者として活躍し始めます。当時の芝居の客席には、瀧口修造澁澤龍彦種村季弘といった作家が勢揃いしていたそうです。この60年代の新宿の雰囲気とか、同時代の人間として見てみたかったなぁ! たまに、自分生まれる時代間違えたかな? と思うことがあります。

著書『人形作家』で語られるシモンの役者時代の出来事はどれも興味深いのですが、なかでも印象的だったのは、寺山修司率いる天井桟敷とのエピソード。ある年、渋谷の金王八幡宮状況劇場の公演を行なおうとしたところ、寺山修司が初日のお祝いに、お葬式用の白黒の大きな花輪を送ってくれたといいます。これはもちろん寺山修司なりのユーモアで、状況劇場のメンバーはみんなで「かっこいいねぇ」と喜んだといいますが、これすごくないですか。ロックだ。寺山修司状況劇場もロックだ。

その後、状況劇場のメンバーは天井桟敷の稽古場にお礼の挨拶に行ったらしいのですが、何を間違えたのか応対に出た天井桟敷の人は「お礼」を「殴り込み」と勘違いし、お礼の挨拶が一転、乱闘になったといいます。そのまま四谷シモンは、舞台用のメイクをしたまま渋谷署に連行されたそうですが、いちいち壮絶なエピソードなのでクラクラしますね。

まとめ:人形と死体

四谷シモンのものに限らずですが、人形っていくら素晴らしくても「家に置いておきたい!」って気分にはあんまりならないですよね。展覧会の会場はじっとりとした重い空気に包まれていて、そういうのが大好きな私にとっては大変心地よかったのですが、これを家に持って帰るとなると別問題です。澁澤龍彦なんかは、シモンが作った少女の人形が気に入って、1カ月ほど一緒に暮らしたことがあるそうですが、私としては「人形と一緒に暮らす」っていうのはちょっと理解し難いです。

人間に近付けたいという理想、人間のように見せたいという願望はいまも強くあります。そのほうがゾクゾクするからで、リアルにできたときはいつも嬉しいですね。
死んだ人間も人形に近いなと思います。僕にとっていい人形とは、「このお人形さん、まるで生きているみたい」と言われるような人形ではなく、息がとまって死んでいる人間に近い、凍てついた人体表現です。(p128)

人形は死体に近い、という感覚はとてもわかりやすいですよね。家に人形をあまり置きたくないのは、それが〈死体〉に近いからだと思います。体温なんてものはなく、ひんやりと冷たい皮膚を持った人形は、やはりどこか人をゾッとさせるものがあります。しかし人間、とくに女の子は、小さいときに必ずといっていいほど〈お人形遊び〉を経験しているわけで、そういうのって不思議だなーと思います。

ということで、とにかく「SIMONDOLL」展はおすすめです。くり返しますが、「アタリ」です。気になっている方は、お見逃しなく。