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チェコ好きの日記

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『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』を読んだ

未だに電子書籍を読むのに適したタブレット端末的なものを持っていない私なんですが、その理由の1つに、「私が読みたい本の8割くらいはKindle版が出ていない」というのがあります。でもきっと、あと何年か待ったらこういう状況は改善され……というか、電子書籍がもっと普及したら、「Kindle版がないんだったら読まなくてもいいや」なんて思ってしまうことのほうが多くなりそうでもあります。

世間的にも、現在はまだまだ紙の本が優勢といったところでしょう。しかし、おそらくそう遠くない未来に、紙の本と電子書籍の関係は逆転すると思います。そのときにどんなことが起こるのか? を予測しているのが、ウンベルト・エーコジャン=クロード・カリエールの対談本『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』です。

もうすぐ絶滅するという紙の書物について

もうすぐ絶滅するという紙の書物について

〈紙の本が絶滅する〉ことによって、きっと私たちのなかでいろいろなことが変わるでしょう。今回は、この本を通して考えたこととか、最近の自分の実体験を通じて感じたこととかを、忘れないうちに書いておこうと思います。

電子書籍の欠点は、貸し借りができないこと。

学生時代、本やマンガの貸し借りを友達とよくしたなーって記憶があるのですが、そういえば社会人になってからそういう機会がめっきり減りました。理由は単純で、何というか〈自分で買ったほうが早い〉んですよね、本当に読みたいなら。人に薦めてもらった本とか、だれかが読んでいた本に興味を持つことは相変わらずあるけれど、本なんてそんなに高いものじゃないし、買えばよくない? っていう考え方に、私はなっていました。

でも最近、ものすごく久しぶりに人から本を借りて、「貸し借り」というのはやっぱり自分で買うのとは全然ちがう、独特の文化であり体験だと思ったんですよね。ちなみに借りたのは以下の本なんですが、自分ではまず手にとらなかっただろうという種類の本です。かわいい女の子でもかっこいい男の子でもいいんですけど、だれかを「口説く」というのはやっぱり素敵なことだなぁ、というのを再確認させてくれた本でした。

本を〈自分で買う〉となると、たとえそれがAmazonでポチっとやるだけであっても、何らかの能動的な動作が必要になります。でも本を〈借りる〉、それも自分から「貸して!」といって借りるのではなくて、相手がたまたまその日持っていたからという理由で、貸すほうにも借りるほうにも特別な思い入れがなく貸し借りをするとなると、ほとんど偶然に近いかたちで本を手にとることになります。

「旅で世界観が変わりました」は軽薄か? 東浩紀『弱いつながり 検索ワードを探す旅』 - (チェコ好き)の日記」でも少し触れているのですが、今の世の中はとにかく、〈偶然〉が起こりにくい世界になってきているように感じます。すべてが必然、必然、必然。無駄を省くという意味では確かに効率の良い世の中になってきていて、私も懐古主義者になりたくはないのでこの流れを否定するつもりはないんですが、それでも〈無駄〉や〈偶然〉を排除しすぎてしまうと、私たちはそこから外に出られなくなってしまいます。

電子書籍が普及すればするほど、この〈たまたまその日に持っていたから貸す〉、〈だれかの手からだれかの手に本が偶然わたる〉ということが起こりにくくなります。世の中の流れを止めることはできないけれど、そのことによって何が失われるのか、まだ紙の本が優勢である今のうちに、私たちは考えておいてもいいんじゃないかなと思うんですよね。

電子書籍の欠点は、「だれの本か」という概念がなくなること。

また、『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』には、以下のような記述があります。

C(ジャン=クロード・カリエール):本には二種類あると主張する人たちがいますね。つまり、誰が書いたかが大事な本と、誰の持ち物だったかが大事な本です。私にとっては、誰が持ち主だったかということも重要です。いわゆる「伝来」ですね。(P161)

ウンベルト・エーコジャン=クロード・カリエールはこの後、マザラン(フランスの政治家、枢機卿)の私設図書室についての会話を繰り広げるので、これはいわゆる「お宝本」の話かと思ってしまうのですが、電子書籍の普及によって、「だれの持ち物か」という概念が失われる、ということについて考えてみるのも面白いはずです。

たとえば、私は本の扱いがものすごく雑で、よく開きっぱなしにして放置したりとか、ページに折り目をつけたりとか、気になったところに書き込みしたりとか、そういうことを平気でしてしまって、「本を大事に扱う派」の人によく怒られます(が、改善する気はない)。しかしさすがに図書館で借りた本とか、人から借りた本をそんなふうに扱ったりはしません。折らないように汚さないように、気を遣って大切に読むわけですが、電子書籍を読むとなると、こういった体験はもうできなくなります。それは気楽ではあるし便利でいいじゃんという話でもあるのですが、〈だれかの本を大切に読む〉というのを久々にやってみて、原始的だけど何だかこういうのっていいよね、と私は思ったのでした。

まとめ

この『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』という本は、通常の紙の本とKindle版と両方出ているんですが、明らかに紙の本のほうが気合いの入った作りをしていると思うんですよね。表紙の質感とか古書風になって凝っているし、側面が青くなっているところも美しいです。そして何より、この重量感。

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電子書籍になると、こういった本の肉体的な重みは、すべて消え失せてしまいます。もちろん、それが悪いというわけではありません。電子書籍に何百冊という蔵書を入れて持ち歩けるというのは、やっぱり革新的なことです。

ただ、くり返しますが、それによって〈何が失われるのか〉、そのことに自覚的であったほうがいいと私は思います。私は早くタブレット端末的なものを買おうと思ってるんですが、もうすっかり電子書籍派の方は今一度、〈紙の本〉を見直してみてはどうでしょうか。