チェコ好きの日記

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ブログであそぼう:『女は女である』のはなし

今回は過去記事ガチャによる「らくごのご」をやります。ブログパーツガチャ(スマホの画面でご覧いただくと下の方に出てきます)でランダムに選出した3つの過去エントリを組み合わせ、テキトーに話をします。前回やったのはこちら。

『さらば、愛の言葉よ』がもうすぐ公開です

今月末から、ジャン=リュック・ゴダールの最新3D映画『さらば、愛の言葉よ』が公開になるので、私は今から「ユリイカ 2015年1月号 特集=ゴダール2015」を読んでドキドキしながら待っているんですが、それと同時にゴダールの映画を連休中に少し見直していたんですね。それで、数年ぶりに観てやっぱり素敵な作品だなーと思ったのが、1961年*1の『女は女である』だったのです。

女は女である HDリマスター版 [DVD]

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これ、あらすじだけ説明するとむちゃくちゃな話で、アンナ・カリーナ演じる主人公のアンジェラが、突然恋人のエミールに「24時間以内に子供が欲しい!」とか言い出すんですね。同棲しているだけのエミールは「それは無理」っていって断るんですが、アンジェラもアンジェラで、「じゃあ他の男とつくってくる!」っていってアルフレッドという別の男と寝てしまいます。ラストはアンジェラとエミールがベッドに入るところで終わるので、最終的には元の恋人と一応仲直りするんですが、それにしてもアホな話です。

あらすじだけ書くとアンジェラが最悪な女に思えるんですが、映画のなかのアンジェラ、というかアンナ・カリーナはとても可愛くて、観ているだけで楽しくなります。だからこの作品を初めて観た学生時代の頃から、私はこれ大好きなんですね。監督のゴダールとアンナの新婚時代に撮られた作品なので、難しい話も思想も抜きにして、とにかく「可愛いアンナ」をゴダールが撮りたかったっていうだけの映画なんじゃないかと私は思っているんですが。

笑って泣いて、踊って怒って、様々な表情を見せる劇中のアンナは、きっと「退屈」なんて言葉とは無縁の人物なんだろうな、と思うのです。はい、そこで1記事目の登場ですよ。

『ここは退屈迎えに来て』ーーファスト風土の“退屈”から抜け出すには - (チェコ好き)の日記

上記のエントリでは『ここは退屈迎えに来て』という地方に住む女性を主人公にした小説を紹介しているんですが、彼女らに共通しているのはタイトルのとおり、日常に退屈してしまっているということなんですね。でもねー、よく読むと、小さいことかもしれないですが、彼女らにもいろいろ事件は起きているんですよ。毎日毎日同じような生活を送っているようでも、まったく同じ日なんていうものは1日たりとも起こり得ないんですね。

一方で『女は女である』のアンナ(役名はアンジェラだけどあえて役者名のアンナと書きます)は、平穏だった毎日に、むしろ自分で事件を起こしにいっていますね。この人は、映画のなかでもう全力で「生きてる!」ってかんじがします。

ここで2記事目を登場させますが、私は下記のエントリで、いくつかの少女漫画を紹介しています。

『失恋ショコラティエ』に見る、私的少女マンガ考 - (チェコ好き)の日記

まずはタイトルにもなっている『失恋ショコラティエ』と、あとはこっちのほうがこのエントリの本題なんじゃないかっていう『NANA』、加えて『僕等がいた』の話なんかもしています。それで、もうそれが少女漫画のそもそもの性質なんだからそれはそうだっていう話なのかもしれないですけど、これらの漫画に出てくる女性は、なんかみんな苦しそうなんですよね。『女は女である』のアンナと少女漫画の登場人物を比べるのは変だろうということは私にもわかっていますが、これは「らくごのご」ですからね、とにかく出されたお題で話をしなければならないという縛りがあるのです。だから変なのわかって比べているんですが、『ここは退屈迎えに来て』とか、『失恋ショコラティエ』とか、『NANA』に出てくる女の子は、「24時間以内に子供が欲しい!」みたいなアホなことは言いださないだろうなと思いまして。起きた事実や行動を見ればみんな大差ないことやってんなーという気がするんですが、どうしてむちゃくちゃなことをやっているアンナは楽しそうなんだろうと、そう考えたのですね。

そこで3記事目が登場するわけですが、やっぱり大切なのは、「感情は、考えないで感じきる」というのがいちばんだなと思うのです。これは下記のエントリで紹介している、『すべてはモテるためである (文庫ぎんが堂)』という書籍のなかで出てくる言葉なんですが。

二村ヒトシ『すべてはモテるためである』を読んでみた感想 - (チェコ好き)の日記

『女は女である』のなかのアンナは、もう絶対に自分の感情にフタなんてしてないですね。彼女は思ったことを思ったときに思ったまま言ってます。実際には現実社会のなかでこんなふうに振る舞えるわけはなくて、だからこそこの、1961年のアンナが局所的に美しくて可愛いわけですが、それでもこれは、ある意味人間の生き方の理想だなと私は思います。『女は女である』ってとってもフェミニンなタイトルがついていますが、別に「男は男である」でも、「男は女である」でも、「女は男である」でも、なんでもいいんですよ。笑って泣いて踊って怒って楽しく生きるのがいちばんだ、という話です。

★★★

今回は女性や恋愛に関するエントリが3つキレイに出たので、「これはイケるだろう」と思って書き始めたのですが、意外とキツかったです。

芸術家はよく自らの作品のことを「自分の子供みたいに思っている」とかっていいますが、まあ私は芸術家ではないのでそこまでは思ってませんが、自分の過去エントリってやっぱりそれなりに愛着を持っています。だからこうして、ときどき土のなかからほじくり返してあげたいなと思うんですね。あとこの「らくごのご」、たいしたことをいっていないようで実はいつもの2〜3倍頭をフル回転させないと書けないので、ボケ防止に効くんじゃないかって気がしてきました。

思いついたときにまたやると思いますが、今回はこのへんで。『女は女である』は本当に素晴らしい映画なので、ぜひ観てみてください。


Une femme est une femme (tribute video) - YouTube

*1:どっちかというと2000年代に入ってからの作品を見直したほうが良かった気がする