読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

チェコ好きの日記

旅 読書 アート いいものいっぱい 毎日楽しい

川添さんとイスラエルへの想いを語ったwebラジオ

思ったこと

Letter from Kyotoというブログを書いている川添さんが、4時間半もの時間にわたった私とのおしゃべりを録音・編集して、Youtubeに登録してくれました。50分バージョンの前編と、25分バージョンの後編があります。2つに分けて編集してくれたようです。


第一回 地図を片手に「(チェコ好き)の日記」チェコ好きさん 前編 - YouTube

第一回 地図を片手に「(チェコ好き)の日記」チェコ好きさん 後編 - YouTube

イスラエルへの想いを語る

詳しい話の内容についてはYoutubeを聴いていただくとして、4時間半もの時間で何を話していたのかというと、たぶん半分くらいが旅行の話題だったんじゃないかなあという気がします。残り半分のうち2割が『グレート・ギャツビー』についてで、そのまた残りの3割が近況とか、恋愛のこととか。

しゃべってる間に何度も出てくるのが、はるか中東の地、イスラエル。私はキリスト教徒ではありませんが、西洋美術を勉強していたのもあって、キリスト教文化に対する関心はたぶん人一倍高いと思います。キリスト教の聖地を訪れることによって、やっぱなんかこう、「世界の真実に1歩近付けるのでは……!?」みたいな期待をしてしまうんですよね。だってあのイエスというおじさんがいなかったら、我々は今「2015年」とかいう年号を使っていないわけでしょう。イエスが十字架を背負って歩いたといわれる、ヴィア・ドロローサをこの足でたどってみたいのです。そしてそのまま、イエスが磔にされたというゴルゴダの丘に建てられた、聖墳墓教会を見てみたいのです。

もちろん、いろいろな意味で世界を動かしてきた宗教、ユダヤ教の聖地である嘆きの壁も見たい。また、ゲッセマネの園にあるオリーブ山からは、乾燥帯のこの地に1つだけ金色に光り輝く、イスラム教の聖地・岩のドームが見えるといいます。もちろんそれも見たい。

ラジオ内ではスペインとかモロッコとかヨルダンとかもふくめた周遊コースで旅の妄想をしているのですが、私はこの旅行、そう遠くないうちにマジで実現させるつもりです。今から聖書読み直してモチベーション上げようかな。

小型新約聖書 新共同訳

小型新約聖書 新共同訳

「楽しい」 言葉の意味の乖離

また、改めて我々の会話を聴いて思ったのは、私の「楽しい」という言葉と川添さんの「楽しい」という言葉の意味がズレていて、ちょいちょい話が噛み合ってない部分があるなあということでした。

当たり前ですが、普段友人と会話しているとき、それを録音して後で聴き直すなんてことはしないですよね。たぶんこのズレは、ふつうに飲みながら会話していたら、あまり深く考えずにスルーしてたんじゃないかと思います。だけど録音したものを聴き直してみると、その意味のズレから来る会話のエラーが我ながら面白かった。ああ普段こうやって人は心の壁を作ったり、あるいは壊したりしているんだろうな、なんて考えました。


私は、とにかく自分の心が強く動かされるものを何でもかんでも「楽しい」と表現してしまうところがあるようで、変な言い方をすればダークツーリズムだって楽しかったんです。「こいつ語彙ないな……」というかんじで恐縮ですが、好きな人とごはんを食べることも、虐殺の施設をめぐって吐き気をもよおすことも、一律に「楽しい」って表現してしまうところがあります。たぶんこれまでも、こういうことでちょいちょいまわりの人を混乱させてきたんだろうな、と思いました。

一方川添さんは、世間一般でいわれるところの「楽しい」の意味に忠実にこの単語を使っていて、「あなた楽しい旅行なんてしてないでしょ」→「えっ、私超楽しいですよ!」みたいな、変な会話を繰り広げてしまっていたのでした。


でもなんていうかこの、ある単語を自分の価値観によせて使うか、あくまで世間一般の基準に合わせて使うかみたいなのって、すごい個人差ありますよね。私は一般的な基準を無視してガンガン自分の価値観によせて言葉を使う人なので、たまに私の口から変なフレーズが飛び出すのはそのせいだと思います。印象論ですけど、私みたいなタイプはやっぱり女性に多くて、川添さんみたいなタイプは男性に多いのかなって気がします。

ある言葉をどういう場で、どういう定義で使うかって、ややこしくするとたぶん哲学の領域にいくと思うんですが、これはほんとに面白い人体実験だったなーと思いました。


というわけで、今後も川添さんのWebラジオに注目です。ちなみにLetter from Kyotoのなかでは、私はやっぱりデトロイトの記事がいちばん好きかな。lfk.hatenablog.com