チェコ好きの日記

旅 読書 アート いいものいっぱい 毎日楽しい

2017年上半期に読んで面白かった本ベスト10

2017年上半期が終了したので、今年の1月から6月にかけて、私が読んだ本の中で面白かったものを10冊まとめておきます。この時期恒例のやつです。長いので注意!

ちなみに2016年編はこちらです。
aniram-czech.hatenablog.com

10位 『悲しき熱帯〈1〉〈2〉』レヴィ=ストロース

悲しき熱帯〈1〉 (中公クラシックス)

悲しき熱帯〈1〉 (中公クラシックス)

悲しき熱帯〈2〉 (中公クラシックス)

悲しき熱帯〈2〉 (中公クラシックス)

本書は「私は旅や探検家が嫌いだ」という有名な一文から始まる文化人類者・レヴィ=ストロースのフィールドワーク体験記。主な舞台は中南米とインド。なぜ旅が嫌いかというと、現地で自分が体験した疲労、空腹、病気、危険、そういったものは語ることによってすべて、口当たりのいい食物として呑み下されてしまうかららしい。

これは何となくわからんでもない話で、私も旅の中でもっとも色濃く記憶しているのは、疲労困憊で意識が朦朧としていた瞬間のことだったりする。具体的にいうと、大嵐の中、船酔いしまくりながらスペインからモロッコへ渡るためジブラルタル海峡を越えた日のことですね。いちばん最悪な日だったのに、いちばん目に入ってきたものが美しい日だった。それを他人に綺麗なところだけ切り取られてしまうと、ちょっと違うんだよなーと思ってしまう。あの美しさは、あの最悪さとセットなのだ。

9位 『センス・オブ・ワンダーレイチェル・カーソン

センス・オブ・ワンダー

センス・オブ・ワンダー

センス・オブ・ワンダー』は、著者のレイチェル・カーソンが甥のロジャーに捧げて書いた本。ロジャーと一緒に海辺や森を散歩しながら、そこに住む様々な生き物や植物の1つ1つにすごくびっくりする。

人間は飽きる生き物で、飽きると退屈する。ただそういうとき、安易にお祭り騒ぎをしてみたり強い刺激を求めたりしてしまうと、感覚が麻痺してしまう。退屈だな〜と思ったときは、自分の中の「センス・オブ・ワンダー(美しいもの、未知なもの、神秘的なものに目を見はる感性)」が何かに反応するのを、じっと待っているのがいい。本書はその「センス・オブ・ワンダー」を呼び覚ます一助となるはずだ。

誰が言ってたのか忘れたけど(村上春樹?)、人は恋が始まるとき「あなたのことをもっと知りたい」と思い、恋が終わるとき「あなたのことはもうわかった」と思うという。なかなか言い得て妙だ。世界に対しても同じで、「わからない、知りたい、びっくりする」は生きる原動力になり、「だいたいわかった、もう知っている」は人を死に向かわせるのだろう。本書の終わりの部分には、「死に臨んだとき、わたしの最期の瞬間を支えてくれるものは、この先に何があるのかというかぎりない好奇心だろうね」という言葉がある。

8位 『アピチャッポン・ウィーラセタクン──光と記憶のアーティスト』夏目深雪ほか

アピチャッポン・ウィーラセタクン  ──光と記憶のアーティスト

アピチャッポン・ウィーラセタクン ──光と記憶のアーティスト

アピチャッポン・ウィーラセタクンという超覚えにくい名前のこの人は、タイの映画監督である。20世紀の映画史におけるもっとも重要な人物がジャン=リュック・ゴダールであるとするなら、21世紀におけるもっとも重要な人物はアピチャッポンであると言われている。

私はアピチャッポンの映画を観るといつも途中で寝てしまう。だけどそれはつまらないからではなくて、一種の催眠のようなものだと思っている。途中で目が覚めたとき、映画のシーンと自分がうたた寝しながら見ていた夢が混ざり合っていて、ものすごく変な気分になる。

いちばん好きな作品は『ブンミおじさんの森』なのだけど、ブンミおじさんというのは実在の人物らしい。ブンミさんは、自分の生きた複数の人生のことをすべて記憶している。水牛だったときのこと、王女だったときのこと、さまよう亡霊だったときのこと。ブンミさんには映画はいらない。だけど、私たちは今のこの1つの人生しか覚えていないから、映画という記憶の集合体が必要なのだ……みたいなことを本書でアピチャッポンが語っている。

7位 『鬱屈精神科医、占いにすがる』春日武彦

これはすでに感想を書いているので割愛。

『鬱屈精神科医、占いにすがる』を読む - チェコ好きの日記

6位 『永い言い訳西川美和

永い言い訳 (文春文庫)

永い言い訳 (文春文庫)

映画を観るのがめんどくさかったので小説を読んだ。妻をバスの事故で亡くした小説家が主人公。

詳しくはネタバレしそうなので書かないけれど、私は『ベルサイユのばら』の最後のほうにあるマリー・アントワネットの独白がすごく好きだ。アントワネットは若い頃、派手な生活を送りながら、ダサい夫は放ったらかしにしてスウェーデンの貴族フェルゼンと熱烈な恋に溺れる。だけど晩年、夫ルイ16世が処刑されるという段階になって、「恋ではなかったのかもしれない。フェルゼンとの恋のように燃えるような思いを夫に抱いたことはなかった。でも、フェルゼンとは違った形で、私は夫を確かに愛していたのだ」みたいなことを言う。

人と人との繋がりは、本当は「夫婦」や「恋人」なんていう言葉にはあてはめられないくらい多様で歪で、二人の関係の本質は、当事者の二人以外が理解することはできない。そういうことを考えた小説だった。

5位 『バッタを倒しにアフリカへ』前野ウルド浩太郎

バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書)

バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書)

バッタが大好きで、夢はバッタに食べられること──そんなバッタを愛してやまない著者が研究のためモーリタニア渡航するが、アフリカで計画が予定通りに進むことはまずないといっていい。夜の砂漠で迷子になったり(怖い)、サソリに噛まれて死にそうになったり(超怖い)、野生のハリネズミと友達になったり(楽しそう)、研究職に就けるかヒヤヒヤしたりしながら、バッタの群れを追いかけまくる。

著者は最終的には無事に京大の研究職のポストをゲットするのだけど、本書はとにかくユーモアとエンタメ性を重視して書かれているのでとても楽しい。緑色の全身タイツを着てバッタの群れに飛び込み「私を食べたまえ!」とかまえる著者の写真だけでも、書店で立ち読みして見てみるといいと思う。狂ってる。

4位 『中動態の世界』國分功一郎

これも感想をすでに書いているので割愛。

自身には冷酷に、そして他者には寛容に:『中動態の世界』 - チェコ好きの日記


3位 『恋するソマリア高野秀行

恋するソマリア

恋するソマリア

上半期に読んだ『恋するソマリア』はベストセラーになった『謎の独立国家ソマリランド そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア (集英社文庫)』の続編だけど、前作よりエッセイっぽいというか、抒情的なので、個人的にはこちらのほうが好き。

本書の主人公は、表紙にもなっているソマリア美女のハムディ。ただし彼女はただの美女ではなく、ホーン・ケーブルTVというテレビ局の剛腕なボスである。高野さんいわくハムディは「母性本能」と「ボス性本能」を持ち合わせており、イスラム過激派アル・シャバーブが潜む南部ソマリアの戦地をレポーターとして駆け回る。州知事から脅しの電話がかかってきても動じず、「私は有名になりたいの。目標は大統領になること」と言って笑う。同僚の男が自分の前で下ネタをいえばサンダルでぶっ叩く、そんな22歳! いい女すぎて手も足も出ない。

最終的には彼女は「敵が増えすぎた」といってノルウェーで難民申請をするのだけど、「先進国の大学を出て政治家になる」と命を狙われてもなお野心満々。高野さんもハムディのことが大好きで、世話になりすぎて始終頭が上がらない感じでいるのもまた面白い。

2位 『はい、泳げません』高橋秀実

はい、泳げません (新潮文庫)

はい、泳げません (新潮文庫)

これもすでに感想を書いているので割愛。

「できる」と「できない」の間の話 - チェコ好きの日記

1位 『バビロンに帰るスコット・フィッツジェラルド

バビロンに帰る―ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック〈2〉 (村上春樹翻訳ライブラリー)

バビロンに帰る―ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック〈2〉 (村上春樹翻訳ライブラリー)

表題作の『バビロンに帰る』は、主人公の男が、自分の娘を迎えに行くためにかつて住んでいた街へ帰るという話だ。

その街に住んでいたころ、自分は酒を飲んで奔放に遊びまわり、妻を病気にさせて亡くしてしまった。当然、主人公は妻の親族に嫌われ、娘も妻の姉夫婦が引き取って育てていた。若き日の後悔、死んだ妻への思い、自分にはもう娘しかいないという孤独──という、フィッツジェラルド作品でおなじみのなよなよとした女々しいストーリー。私なんでこんなのが好きなんだろうな〜でも超泣けるんだよな〜。

本書には訳者・村上春樹のエッセイもついているのだけど、このエッセイがまた泣かせる。私は村上春樹の小説は実のところそんなに好きじゃないけど、村上春樹のエッセイと翻訳はやっぱり死ぬほど好きみたいだ。

フィッツジェラルドは、精神を病んだ妻に対して「僕はもうゼルダをかつてのようには愛していない。僕の中には彼女に対する深い同情があるだけだ」と何度か周囲に漏らしていたらしい。この部分はなんだか、『永い言い訳』で夏子が残した「もう愛していない。ひとかけらも。」というメッセージを想起させる。だけど、恋が愛に変わり、その愛すら希薄になってもまだ続く二人の関係というのはある。フィッツジェラルドはそれを「同情」と言っているが、その本質はやはりフィッツジェラルドゼルダの間にしかない独特のもので、他者が理解することはできないのだろう。


というわけで、最後はちょっと辛気臭くなってしまったけど、下半期も頑張りましょう。