チェコ好きの日記

だいたい木曜日の22時に更新されるブログ

わたしが見たいセカイだけを、見せて

この1週間、ブログのことをすっかり忘れてバタバタモタモタしていた。だからこの文章は、ただ更新を滞らせないためだけに、めっちゃ慌てて書いている。


そのため、誤字脱字、論旨の不明確な点などがあってもご容赦いただきたい……のだが、それだといつものエントリは誤字脱字もなく論旨も明確であるということになってしまうので、それはちがうけど、誤字脱字と論旨が不明確なのはいつもだけど、えーと、まあいいや。本題。


今年に入ってから、政治面で過激な思想を持っている人をよく見かけるようになった。「見かける」というのは主にネットでだけど、リアルでもたまにそういう人に遭遇する。


「過激な思想」というのは、直接的な言葉を使うと、いわゆる「嫌韓」「ネトウヨ」というワードでくくれるような人たちのことだ。


思想面でとやかくいうとややこしいことになるので控えるが、この人たちはとにかく、韓国に関わるニュースを見たくないらしい。韓流、K-POPなんてもってのほかだし、政治でも経済でも、とにかく韓国に関わるものを目に入れたくないようなのだ。


「それってどういうことなのかな?」と、ずっと疑問に思っていた。


私はいわゆる「過激な思想」の持ち主ではないのだけど(韓国のヒップホップなんて、今めちゃくちゃ面白いんだろう。調べたい。全然詳しくはないけど)、もし仮に韓国を本当に「敵国」だとするなら、むしろ敵状視察が必要では? 相手の国の政治経済はもちろん、音楽も文学もメディアも食文化も徹底的に調べ上げないといけないのでは? ソウルや釜山に何度も足を運んで、地元の人と会話をしつつ、現地を視察しないとダメでは? 韓国語も勉強しなきゃ話にならない。私がもし「過激な思想」の持ち主だったら、絶対にそうするけど……


「結局、戦うつもりなんてないんですよ」


その疑問を友人にぶつけたら、上の答えが返ってきて、「ああ、そっかー」と思った。


「わたしが見たいセカイだけを、見せて」なのだ。戦おうとも思っていないし、ぶつかろうとも思っていない。不快に感じるものを、視界に入れたくないだけなのだ。しかも、自分が「不快」に感じるその理由を、掘り下げようともしないままで。


なにもこれは、「過激な思想」の持ち主だけではない。よくわからないものについて、知ろうとしない。理解しようなんて思わない。ただ、目の前を行ったり来たりしないでほしい。


そういう空気を、いろいろな方面からひしひしと感じる。


「ちがうクラスタの人たちと、ぶつかろう、戦おうなんて発想は、そもそもないんです」


と、言っていたのは、「過激な思想」とはまったく関係ない子だけれど、20代前半の若者だ。そうね。戦わないという選択は、平和主義は、クールで合理的だ。


ここで、「でもさ……」なんて言い出したら私は老害かな。そもそも、「過激な思想」の持ち主さんたちと前途ある優秀な若者を結びつけるのは、それを言ってる文脈がちがうので、ちょっと強引かなって気もする。


あまり納得してもらえないかもしれないけど、私だって「いざ開戦!」なんて言いたいわけじゃないよ。これでも、けっこう平和主義だし、クールで合理的なつもりなんだ。ただ私は、よくわからないものを理解しようともしないで排除するセカイや、何かを不快に感じてしまったとき、「なぜ自分はこれを不快に感じるのか?」を掘り下げようともしないまま視界からシャットアウトするセカイには、住みたくないなっていうだけ。


それぞれが、それぞれの住みやすいセカイを実現するために、明日からもお互い、引き続き頑張ろうね。私はね、そりゃもう、めちゃめちゃ頑張る。


※このエントリは時間がないばっかりにいつもならオブラートに包んで包みまくることを直接的に書いてしまったので、ボヤが起きたら消しまーす!