チェコ好きの日記

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階級社会とスノッブ:『バーニング』と『納屋を焼く』

イ・チャンドン村上春樹の『納屋を焼く』を映画化した『バーニング』を観てきたので、感想メモ。


ちなみにアップリンク吉祥寺で観たのですが、「伊良コーラ」なるクラフトコーラも美味しかったし、「ミニシアター・コンプレックス」というコンセプトも、ミニシアターとシネコンのいいとこどりで好きだなと思いました。


以下、ネタバレをちょっと含みます。

階級社会とスノッブ

まず、イ・チャンドンの『バーニング』と村上春樹の『納屋を焼く』では、細かな設定が少しちがう。『納屋を焼く』では、主人公は30歳の男で既婚。そしてヒロインは知り合いのパーティーで出会った20歳の女の子である。ハタチはこえているのでまあ犯罪じゃないしいいけど、既婚の男が10歳年下の都合のいいガールフレンドを見つけるという点においては、極めて村上春樹的な設定だ。


対照的に、『バーニング』の主人公とヒロインは幼なじみで、年齢はほぼ同い年である。どちらも未婚。そして、村上春樹の原作では彼らの出身地については特に描写がなかったが、『バーニング』の主人公であるジョンスとヒロインのヘミは、対南放送が聴こえてくるくらい軍事境界線が近い農村地の出身である。


『バーニング』でも『納屋を焼く』でも、そんな主人公とヒロインのもとに、ある不思議な男が現れる。原作では「貿易関係の仕事をしている」といい、映画では「遊んでいます。仕事と遊びの境界線がない感じかな」などといっている、何で稼いでいるのかよくわからない、豪華なマンションに住みながら高級車を乗り回すジェイ・ギャツビーみたいな男だ。


原作では、3人はだいたい同じ「クラス」に属す人間たちである。3人とも都会的で、軽薄で、ふわっとしている。だけど映画では、このギャツビーみたいな男・ベンと主人公たち2人は、何というか、属している「クラス」がちがうのだ。カンナム(よくわかんないけど、日本でいうと港区みたいな感じ?)の高級住宅街に住む男と、軍事境界線スレスレの農村地を出身とし今もそこを拠点とするジョンスとヘミ。原作にはない設定だが、私は、イ・チャンドンのこの視点はすごくいいなあと思った。村上春樹は小説においていわゆる「社会的弱者(経済的弱者)」を描かないので、こういった設定が盛り込まれていることがとても新鮮だった。


ハウスメイド (字幕版)

ハウスメイド (字幕版)


特に韓国映画に詳しいわけではないのだけど、少ない私の知識からいうと、韓国映画は「階級社会」を痛感させる作品が多い(多くない?)。私がめっちゃ好きな韓国映画に上の『ハウスメイド』があるのだけど、これも、お金持ちの上流階級の家に田舎出身の貧困層の女がメイドとして雇われるという話である。地方出身者の、経済的に豊かでない者たちの、上流階級への嫉妬、恨み、悔しさ、不条理な思い。映画『バーニング』では、村上春樹の作品では絶対に描かれることがないその視点が、イ・チャンドンによって盛り込まれている。


(ちょっとネタバレになるけれど、そういえば『ハウスメイド』でも、「燃焼」は物語の結末において重要な意味を持つ。虐げられた者たちの怒り、悲しみ、復讐心。『ハウスメイド』でも『バーニング』でも、それが「燃焼」によって描かれている……と考えると、『バーニング』は村上春樹の短編小説を原作としながらも、やっぱりとても韓国映画的だ。)

どっちが好き?

同じ都会生活を送る3人の、ちょっとスノッブで、しかし人生への諦念や虚無感や切なさが描かれている(と思う)『納屋を焼く』。経済的に豊かではない階級の2人と、ギャツビーのように暮らす上流階級の男、両者の間にある越えられない壁とその憎悪と嫉妬と怒りを描いた(と思う)『バーニング』。どっちが好きかと考えると私はどちらもかなり好きで、甲乙つけがたい。そして、「納屋(ビニースハウス)を焼く」というテーマに、そのどちらもがぴったりとハマっている点がとても面白い。焼かれて燃え上がるのは、虚無感の炎と、憎悪の炎だ。


ただ、文筆家(志望)である主人公の好きな作家がウィリアム・フォークナーであるという設定は、『納屋を焼く』よりもむしろ『バーニング』で生きている気がした。アメリカ南部を舞台に、黒人差別や暴力について描いてきたフォークナーを、主人公のジョンスが好んで読んでいるのはものすごくしっくりくる。


韓国映画が描く階級社会ってなんだろう。そんな疑問を残しつつ、個人的には超好みの作品だったので、気になる人は公開が終わる前にぜひ!

螢・納屋を焼く・その他の短編 (新潮文庫)

螢・納屋を焼く・その他の短編 (新潮文庫)

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(音楽もとてもよかった)


(そして、私の「ベスト・オブ・放火」が更新されたのであった。火災・放火、あと焼身自殺も好き)