相変わらず旅行に行けない日々である。いや、旅行に行けないのは百歩譲って我慢するけど、最近の私のいちばんの落ち込みはセルゲイ・ポルーニンの公演チケットとっていたのに中止になったこと。セルゲイくんの生跳躍見たかったな〜。
まだコロナとどう付き合っていけばいいのかわからなかった1年前は、「旅行のエッセイやマンガを読むと行けないことが悲しくなるから」という理由で、旅行関係の本は一切開かず、発酵食品の本とか北欧家具の本とかをちまちま読んでいた。それはそれで楽しかったのだけど、最近は悲しいのをどうにか乗り越え、またエッセイやマンガで旅行成分を摂取できるまで、メンタルが回復してきた。
そしてその回復を手伝ってくれたのが、私の場合は、練馬区在住・旦那さんがインド人のカレー屋であるという流水りんこさんの作品だった。疲れているときってあんまりカロリーを消費するマンガを読めなかったりすると思うんだけど、流水りんこさんの作品はいい意味で体力使わずに読める、つまりマンガ界のおかゆなのである。松坂牛ステーキ的大作もいいけど、体力ないときはおかゆに限るでしょう。というわけで、昨年末から今年初めくらいにかけて、けっこうメンタル疲れていたらしい私は流水りんこさんの作品をほぼ全作読んでしまったのであった。
人におすすめのマンガを聞くとたいてい大作を答えられてしまうというか、答えるほうとしてもついサービス精神で、読み応えのあるものを! っていうセレクトになっちゃうと思うんだよね。でも、体力ないときに大作を勧められても読めないわけ。今年完結した『大奥』とか『進撃の巨人』とか、ああいうのばっかりが読みたいんじゃないわけ(好きだけど)。
そして、「おかゆ」的マンガは世の中にたくさんあるはずなのに、情報としてはほとんどまとまっていない。それがサービス精神ゆえなのか、見栄なのかはわからない。しかし、人は、いついかなるときも松坂牛を求めているわけではないの。求む、おかゆ。求む、おかゆ情報! というわけで以下は、そんな私が厳選した流水りんこさんの推し5作品である。
私が初めて読んだ流水りんこさんのマンガ。なぜ手にとったかというと、そのとき眼精疲労がひどかったので、頭に油垂らせば治るかもしれないと思ったから……つまり、シロダーラというのがやってみたかったんである。
ただいろいろ調べた結果、日本で頭に油垂らしてもあんまり意味がなさそうという結論に達した。でも、いつか観光も兼ねてスリランカかインドに行き、現地のやり方で頭に油を垂らすのは楽しそう。そういうわけで、スリランカかインドでアーユルヴェーダ治療を受けた人の体験記みたいなのを読もうと思ったのだった*1。
このマンガでは流水さんが、旦那さんの実家がある南インド方面の治療病院に行き滞在、そこでどんな治療を受けたかが描かれている。これ1冊でアーユルヴェーダの体系的な知識が得られるとかではもちろんないんだけど、植物園に行きボケ〜と植物見ているときのような面白さがある。まあ、なんといっても「おかゆ」なので!
推し4位『恐怖体験〜霊能者は語る〜』
エッセイマンガを描いている人として認識されることが多いであろう流水りんこさんであるが、もとはホラーマンガ家であり、著作には心霊・オカルト・都市伝説などに関わるものも少なくない。というか、流水さんの作品の魅力は、インド・旅行・オカルト・心霊・育児・家族といった雑多なジャンルが混交し、相乗効果でそれぞれに厚みが出ているところだと思っている。
こちらは流水"凜子"名義の初期の作品集で、タイトルのとおりホラー系の話題を集めたマンガ。ただ、むやみやたらに怖がらせるって感じではなく、日常の隅に潜んでいる影の存在にそっと気づかせてくれるような……というほど柔でもないんだけど、ようは、あまり後味の悪くない怪談である。 収録されているのは「桜の木の下で」「夢を告げる者」「真夜中の訪問者」「恐怖夜話」「母達の恐怖体験」の5つの話。私がいちばん好きなのは流水さん自身の体験が描かれている「夢を告げる者」で、夢のお告げによりインド旅行が妨げられたというエピソードが描かれている。
あとは旅行好きで海外に知人がたくさんいる流水さんなので、チベット人のおばあちゃんに聞いた恐怖体験とかもあるんだけどこれもすごくいい。インドへ亡命したときの難民キャンプで遭遇した亡霊(?)の話なんだけど、「世界難民キャンプ怪談集」とかあったら私はソッコーで買うだろう。
推し3位『オカルト万華鏡』(全5巻)
流水さんが「その道」の専門家にインタビューを繰り返し、「その道」についての考察を繰り返すエッセイ集。「その道」とは、パワーストーン、予知夢、生まれかわり、生霊、チャクラ、インド占星術、オーラ、コックリさん、UMA、タロット、などなどなど多岐にわたりまくる。
流水さんのスタンスとしては、それらをがっつり信じているわけでは毛頭なく、批判的な目線も同時に持っているし、一種の「ギャグ」として楽しんでいるようなところもある。ただもちろん全否定はしない。まあ、雑誌「ムー」が好きな人はこのエッセイも楽しめるはず、という感じ。
第1巻1話目のパワーストーンにまつわる話がなかでも私は好きで、実は流水さんは石マニアなのである。パワーストーンのご利益が好きなのではなくて、純粋に綺麗な石が好きな鉱物マニア。で、石マニアだからこそ出てくるこういう「鉄由来と銅由来の鉱物の効能が一緒なのが納得いかない」みたいなツッコミが私は好き。笑
推し2位『インド夫婦茶碗』(全24巻〜続)
ランキングという形式にしてしまったゆえに紹介が遅れてしまったが、推しも推されぬ流水りんこさんの代表作である。インド人のサッシーさんとの結婚から、長男・長女の出産、そしてその育児体験を綴ったエッセイマンガだ。
世に育児エッセイは星の数ほどあるけれど、『インド夫婦茶碗』がすごいのはまず、その長さだと思う。結婚・出産から子供が小学校に上がる前後くらいまでが描かれたエッセイはたくさんあるが、長男が大学院生・長女がイギリスに留学しているところまで、というかその後もまだ続いている育児(もう「児」じゃないが)エッセイってあまりないのでは?
「エッセイ」は、諸刃の剣だ。誰かのあけっぴろげな話を聞くことは面白いし、いつの時代でも一定の需要がある。だけどエッセイは、書き手と、またエッセイの中で描かれる、家族や恋人や友人を傷つけかねない凶器となることもある。『インド夫婦茶碗』で私がいちばん感動したのは、長男長女が中学生になったくらいで、流水りんこさんが「もうあなたたちのことを描くのはやめるよ」と宣言するところ(18巻)。まあなんだかんだその後も子供たちは登場はするんだけど、19巻以降は「夫婦」と「自分の老い」がメインテーマになっていく。私は長男長女が小さかった頃のドタバタも楽しんで読んだんだけど、やっぱりこの「子育てのその後編」が描かれている19巻以降、そして休筆期間を経て復活した『インド夫婦茶碗 おかわり!』が好き。『おかわり!』は、流水りんこさんがイギリスのロックスターに会いに行く旅について描かれており、もはやインドも夫婦も子育ても関係ない。でもそれがいい!
で、『インド夫婦茶碗』がいかに名作かということについてあと1万字かけて語れますけど……って感じなんだけど、私、独身34歳なんだよね。他の夫婦・育児エッセイだと、フツーに疎外感を覚えてしまうので、こんなに楽しくは読めないわけ。それを読ませてしまうのは、ひとつは流水さんの人柄にあるんだろう。流水さんはおそらく、妻となって母となったあとも、マンガ家でありバックパッカーであり石マニアである自分を、すごく大切にしている。だから独身の私も、疎外感なく読ませられてしまう。ギャグマンガだし、ドタバタエッセイの体をとっているけれど、私はこの作品を「人間はいかに年齢を重ねるべきか」という問いに対する、真摯な考察だと思うのだ(てなことを、あと1万字は書ける)。
推し1位『インドな日々』(全4巻)
そして、『インド夫婦茶碗』を凌ぐ個人的トップが『インドな日々』である。
冒頭で触れたように、流水りんこさんの作品は本当に、いつもいつも読み口が軽い。疲れているときでも、元気がないときでも、あんまり頭使いたくないときでも読める。でも、1話1話はそうでも、重なると実はとてもハードな問いに挑んでいる。そしてこの『インドな日々』はその極地というか、「軽い読み口」と「ハードな問い」が並存している、すごく不思議なエッセイマンガだ。
語られるのは、主にインドでバックパッカーをしていた頃の流水さんの体験である。あくまで軽いギャグマンガのテイストなので、熱が37〜38度あって何もしたくないけど寝れないので脳が暇! みたいな人にも躊躇なく勧められる。読んでるうちにふわ〜としてきて寝れるかも。でも、翌朝起きて元気になったときに、ふと「あ、昨日読んだのすごいマンガだったんだ」と初めて気付く、みたいな。
好きなエピソードはありすぎて選べない。インドの自然、文化、政治、ヒンドゥー教、動物……まるで本当に旅をしているときのように、それらにそっと触れることができる。ひとり旅の楽しさも、自由も、孤独も、不安も、その麻薬的な魅力も描かれている。決して清潔とはいえないインドの安宿になぜわざわざ大変な思いをしてまで泊まりに行くのか!?ーー自由が欲しいからだ、という。
でも、こんな深淵なテーマに迫っているのに、体裁は軽いギャグマンガなんだから本当に不思議だ。笑っているのに、いつの間にか泣いてもいる。これを読んで私も、いつかインドに行きたいと強く思った。しかし、今は行けないので、仕方なくスパイスを集めてカレーを作っている!
まとめ ランキング外
というわけで1〜5位について語ってきたが、ここからは「すごく好きだけど『インド夫婦茶碗』とキャラ被るからやめよう」みたいな感じで入れなかったやつ。
ひとつは、『働く!! インド人』。流水りんこさんの夫・サッシーさんが自分のカレー屋を持つまでのエピソードが綴られている。面白いのは、インド人の就職事情(?)。サッシーさんのキャリアのスタートは、サウジアラビアでの縫製の仕事である。サウジアラビアで縫製の仕事をしていたのが、日本でカレー屋をやることになるんだから、キャリアって不思議だよな……。
流水さんは動物好きで、庭いじり好きである。『インド夫婦茶碗』に出てくるカメの兄弟たちのエピソードも好きなんだけど、これはコキボウシインコのスノークくんについて描かれたエッセイ。スノークくんは今は亡くなってしまったそうですが、鳥と仲良くしている感じを読むのが好き。
もしこの先の人生で入院とかすることがあったら、ずっと流水さんのマンガを読んでいようと思います。以上、おわり。