チェコ好きの日記

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アラブ・エクスプレス展 フラットな目線で見る。

現在、六本木ヒルズ森美術館で『アラブ・エクスプレス展』が開催されています。
期間は10月28日まで。
今回は、この展覧会についての感想を書こうと思います。

以下は、展覧会概要です。森美術館のサイトより。

今、世界中で熱い注目を集めるアラブの現代美術

急速に変化を遂げるアラブ世界は、生活習慣からアイデンティティに至るまで決して一括りには語れない文化の多様性を持っています。アーティストたちは、その中に息づく伝統、信仰、慣習、気候風土に由来する独特の美意識や、人々の日常生活と社会の現実を、さまざまな美術表現を通して鮮やかに映し出しています。
また、ここ数年、欧米の美術館ではアラブ現代美術を紹介する展覧会が頻繁に開催され、アラブ世界においても、ドーハ(カタール)にマトハフ・アラブ近代美術館が開館(2010年)、アブダビアラブ首長国連邦)にはルーブル美術館グッゲンハイム美術館が建設中であるなど、アート産業が成熟しつつあります。日本で初めてアラブの現代美術に焦点を当てる本展では、アラビア半島を中心としたアラブ諸国のアーティスト34組を紹介、その一端をいち早くリポートします。


まず、展示はこの作品からスタートします。


ハリーム・アル・カリーム
無題1(「キングズ・ハーレム」シリーズより)

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 3.0 非移植 ライセンスの下に提供されています。

アラブの民族衣装に身を包んでいるかのように見える女性。しかし、この衣装はアラブ的なものとして想像される架空のもので、実在はしません。そもそも、よく考えてみればこの人物は女性なのか? このしょっぱなの作品から、我々がアラブを「イメージ」でとらえており、その現実を正面からとらえることができていないのだと痛感させられます。人物の輪郭がぼやけているのも、「イメージ」というものがいかに曖昧で頼りないものなのかを暗示しているようです。

そして、今回の展覧会を深く理解するためには、多かれ少なかれオリエンタリズム、という学知が必要だと感じました。


オリエンタリズム

オリエンタリズムとは、パレスチナ出身で米国在住であった批評家エドワード・W・サイード(1935−2003)が提唱した概念。私は学生時代、本を読もうと思いましたが挫折しました…。

オリエンタリズム〈上〉 (平凡社ライブラリー)

オリエンタリズム〈上〉 (平凡社ライブラリー)

サイードによれば、ヨーロッパ(西洋)は歴史的にオリエント(東洋)を他者としてとらえ、そのオリエントに後進性、停滞性、非合理性といった負の表象をあたえてきたそうです。そして、植民地主義や人種差別主義が正当化してきたのだと説いています。

われわれの国・日本は、西洋なんかでは全然なくてバリバリのオリエント(東洋)ですが、アメリカという国を通して同じオリエントの国を西洋的な目線からとらえてしまいがちです。アラブと言えば、紛争の地・テロの地であり、女性はヴェールをかぶって社会的に抑圧されている。それは確かにアラブ社会の一側面ではありますが、あくまで“一側面”に過ぎないのだということに気付け! というメッセージから、本展は始まっているように見えました。

シャリーフ・ワーキドの作品からも同じようなことが読み取れます。アラビア文字をもとにデザインされた緑の旗を背景に、銃を前にした男がこちらに向かって何か話しかけている。本当は『千夜一夜物語』を朗読しているだけなのに、我々は「テロだ!犯行声明だ!」と思ってしまいます。

政治的隠喩

“一側面に過ぎない”とはいえ、やはり今回の展示では政治的な皮肉やメッセージが隠されている作品が多いと感じました。

しかし、今年のアート・ドバイの展示作品はヴェールや抑圧されたジェンダー、不透明な政治などを主題にした作品数が減り、より美的な側面を強調した作品が多かったのだとか。アラブ美術はまさに今・この瞬間も進化を遂げているわけで、数年後にはまた状況も変化していることでしょう。

ハサン・ミール「結婚の思い出」

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 3.0 非移植 ライセンスの下に提供されています。

家族によって結婚を決められた男女が、結婚するときに初めて相手の顔を見る。顔を覆ったヴェールは、顔を見た後に結婚を拒否できるという習慣の名残らしいです。ここにはやはり、抑圧的なアラブ社会を感じずにはいられません。でも、なぜかノスタルジックな雰囲気がただよっています。


マハ・ムスタファ
「ブラック・ファウンテン」

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 3.0 非移植 ライセンスの下に提供されています。

噴水にあるまじき色である、「黒」い液体が噴出するインスタレーション。私が真っ先に連想したのは「石油」でした。1991年、湾岸戦争ににおいてクウェートの油田地帯が爆破され、燃え上がった炎と煙が「黒い雨」となって大地や水源を汚染したそうです。ムスタファはこの「黒い雨」を実際に浴びたことから、本作を制作したそうです。

吹き出る黒い液体は国に富みをもたらすと同時に紛争の原因となる石油、そしてそれによる環境汚染を連想させます。

フラットな目線で見る。

アメリカの目線を通して、西洋的な立場からアラブを見てしまいがちな我々ですが、同時に同じオリエントの国であり、アラブ諸国と直接的な敵対関係にはないわれわれは、よりフラットな目線からアラブをとらえることができるかもしれない。と、展覧会カタログにありました。

今回の展示は、写真撮影OKであったり(なのでブログに載せてます!)、実際に触れるパズルがあったり、展示されているポストカードを持って帰れたりなど、鑑賞者が“参加”できる作品が多かったように思います。「作品」と「見る者」の境界線が曖昧になっている作品はやはりすごく刺激的です。

オライブ・トゥーカーン
(より) 新しい中東

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 3.0 非移植 ライセンスの下に提供されています。

アラブ地域をかたどったパズルで、実際に鑑賞者が触ることができ、ぺたぺたと組み替えられます。しかし、実はパレスチナの領土だけが固定されており、鑑賞者は何も知らずに遊びながら「パレスチナを中心に地図を再構成する」という政治的画策に加担してしまいます。私も加担してしまいました。


ジョアナ・ハッジトマス&ハリール・ジョレイジュ
戦争の絵葉書(「ワンダー・ベイルート」シリーズより)

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 3.0 非移植 ライセンスの下に提供されています。

アブドゥッラー・ファラハという写真家を主題にした作品。ファラハは60年代後半、ベイルートの名所を撮影して観光用お土産用の絵葉書にしますが、レバノン内戦中、建築物が爆破されるたびにネガの該当部分を燃やしたらしいです。作家二人はこのネガを発見し、作品として現像。絵葉書は何種類もあるので、お気に入りの一枚を「お土産として」持って帰れます。


こういった政治的画策に加担(?)したり、アイロニーを感じつつも絵葉書を持って帰ることによって、アラブ世界についてわれわれはフラットな目線から何かを感じることができます。私はやはりそこに、現代アートがもっている普遍的な「面白さ」や「刺激」を感じることができました。

アラブ・エクスプレス展 アラブ美術の今を知る

アラブ・エクスプレス展 アラブ美術の今を知る

参考文献。