チェコ好きの日記

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さよなら、若松孝二

映画監督の経歴をよく見てみると、出身がピンク映画だったりすることが、意外に多いです。

ピンク映画とはもちろん、エロい映画のことです。最近はその役割のほとんどをアダルトビデオが負っているため、「映画館でピンク映画を見る」という機会を、一般の人がもつことは、ほとんどないでしょう。

しかし、エロ映画だからといってあなどってはいけません。映画に少しでも詳しい人間のあいだでは常識ですが、日本映画の歴史において、「ピンク映画」は非常に重要であり、無視することのできない存在なのです。

ピンク映画が多く制作されたのは1960年代後半から、1980年代前半にかけて。テレビが普及し、お客さんが映画館から茶の間へ流れていくときに、何とか彼らをつなぎとめようと考え出されたのが、エロい映画だったのです。

ピンク映画はエロければお客が入るので、一定時間の性描写があれば、あとは何でもOKでした。低予算、早撮りで、一定の性描写さえ入っていればいいので、若い映画監督たちはそこで、実験的で芸術的な映画を思う存分作ります。

そして、そんな流れのなかで才能を開花させた監督が、のちに国際映画祭で受賞をしたりする名映画監督に育っていったのです。

★★★

何でこんな話をしているのかというと、映画監督の若松孝二が亡くなったからです。
http://www.47news.jp/CN/201210/CN2012101701002248.html

若松孝二は、ピンク映画出身の監督として、真っ先に名前があがる人です。寺島しのぶ主演の『キャタピラー』の監督だよ、というとわかる人も多いかもしれません。

キャタピラー』は江戸川乱歩の『芋虫』という作品が原作でして、戦争で両手両足視力聴覚をうばわれ「芋虫」状態になった軍人と、その妻を描いたかなり衝撃的な作品です。これはこれでいろいろ語りたいのですが、長くなるので、今回はちょっと割愛します。


若松孝二に、私は会ったことがあります。いや、「会った」というとちょっと話を盛ることになっちゃうかもしれないので、「見た」くらいにしておきましょうか……汗
私が通っていた大学に、特別ゲストとして講義に来てくれたことがあるのです。

そのへんの美大芸大出身の映画監督とちがい、若松孝二は「ホンモノ」でした。別にそのへんの美大芸大出身の映画監督が「ニセモノ」だというつもりはないのですが、若松孝二は高校中退後、ヤクザの下働きをしていたこともあり、逮捕経験もあります。

「映画のなかでなら、いくらでも警官を殺せる。俺は警官を殺したいから、映画監督になった」といっていました。「ホンモノ」でしょう?笑 

今も平凡な会社員ですが、当時も平凡な学生だった私にとって、「す、すごい人がいる……!」とびびったもんです。

そんな若松監督は、1963年に『甘い罠』という、いかにもなタイトルのピンク映画で監督デビュー。その後も、『処女ゲバゲバ』とか『ゆけゆけ二度目の処女』とか『性賊 セックスジャック』とか、すんごいタイトルの映画を撮り続けます。

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しかし、「ピンク映画の若松孝二」のキャリアの転機となるのは、1971年。『赤軍-PFLP・世界戦争宣言』という映画で、パレスチナの難民キャンプを訪れ、ドキュメンタリーを製作するのです。

★★★

大学を卒業していないどころか、高校は中退。その後もずっとピンク映画を撮り続けてきた若松孝二を理解するたった1つのキーワードは、「反体制」です。「社会の底辺」というと語弊があるかもしれませんが、決して高くはない位置から、映画を撮り続けてきた監督。

それが若松孝二です。
もちろん、数々の国際映画祭で賞をとり、著名な映画監督となったあとも、その姿勢は変わりません。

なぜ彼がピンク映画から突然、パレスチナの難民キャンプのドキュメンタリーを撮ったのか。現在、PFLP(パレスチナ解放民族戦線)はアメリカ合衆国やEU、イスラエル等の各国政府にテロ組織として指定されているそうです。権力の側から見ない世界、下から見る世界、体制に反する世界の見方に、若松監督は共感したのでしょう。そして、それに賛同するかどうかは別として、われわれも、「権力の側から見ない視点」というのは、絶対に必要です。


私が、そんな若松孝二の作品で最も高く評価したいのは、やはり2008年の、『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』です。

連合赤軍のメンバー、「革命戦士」を自称する若者たちが、なぜ仲間同士でのリンチ殺人という凄惨な事件を起こしたのか。彼らはこの国の何を変えたかったのか。なぜそれが、「自己批判します」という台詞のもと、リンチ殺人へと及んでいったのか……。

彼らが自分たちで自分たちを追いつめ、追いつめられすぎて、「こっち側」にもどってこられなくなる様子が、怖ろしいほど理解できてしまう作品です。日本人なら、一度見ておいて損はない作品だと思います。

同じくあさま山荘事件を描いた作品として、『突入せよ! あさま山荘事件』という映画もありますが、
『実録・連合赤軍』が『突入せよ!』と大きく異なるのは、「誰の視点から描いているか」ということです。

『突入せよ! あさま山荘事件』は、「連合赤軍と闘う警察」が主人公です。『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』は、赤軍メンバーが主人公です。

生前、若松監督は、「権力の側から描いたらダメなんだ」という発言を、しきりにしていたように思います。

反体制からの視点。反権力からの視点。われわれが失ってしまった若松孝二という映画監督は、その視点を描ける、稀有な才能の持ち主でした。

ご冥福をお祈りします。

★★★

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時効なし。

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