チェコ好きの日記

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『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を読んでの、とりあえずの感想

村上春樹の最新小説、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を、日曜日をまるまる使って、読み終わりました。

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

読み終わったばかりで、他の方の書評や感想には、まだ一切、目を通していません。

他の方の書評や感想にも、興味はもちろんあるのですが、それらを読むのは、この文章を公開し終わった後にしようと思います。中2病をこじらせた典型的なサブカル野郎みたいで恥ずかしくもありますが、村上春樹はやはり私のなかで特別な作家なので、まずは自分が思ったことだけを、文章に書いてみたかった。


◆世の中は、いろいろな人で成り立っている

ソーシャルうんたらコンサルタントとか、ウェブなんちゃらデザイナーとか、現代の世の中には、横文字のカッコイイ響きの職業の方が、たくさんいらっしゃいます。もちろん私は、彼らの仕事を批判するつもりなんてまったくないし、その資格もありません。

ただ、村上春樹の小説を読んでいつも思ってしまうのは、「ホテルマン」とか、「翻訳家」とか、「陶芸家」とか、「タクシードライバー」とか、何をして生計を立てているのかが具体的に想像できる仕事、というのは趣きがあっていいなあ、ということです。どっしりと根を地におろして生きている、その感じが素敵だなあ、と。

まだ小説を読んでない人でも、先に知ってしまっても支障はないと思うので書いちゃいますが、主人公の多崎つくるは、駅をつくる仕事をしています。幼い頃から駅や電車のある光景が好きだった多崎つくるにとって、ある意味では夢がかなった、理想通りの仕事をしているわけです。大学で駅の設計に必要な専門知識を身に付け、駅舎の設計などをしています。


でも、つくるの父親は、彼とは正反対の仕事をしていました。不動産ビジネスです。

彼の父親が何か悪いことをしていたわけではないのですが、つくるは父親のように、“右から左にたくさんの資金を動かしたり、左から右にたくさんの資金を動かしたり、いつも何か動かしてなくちゃならない”仕事に自分は向いていないと思った、というのです。何か具体的なモノをつくっていたほうが気楽なんだ、と彼は語っています。

うん、村上春樹の小説の主人公ぽい。


当たり前の事実ですが、世の中はいろいろな人で成り立っています。もちろん、人としてのモラルに反するような詐欺行為を働く仕事はなくなるべきだと思いますが、世の中にはソーシャルなんちゃらも、ウェブうんたらも必要だし、ホテルマンや陶芸家も必要だということです。

テクノロジーの発達やグローバル化により、「この仕事は50年後、なくなる!」みたいにいわれている職業もあるけれど、どんなに世の中が進歩しても、こつこつと具体的な何かをつくる人、というのはずっといるし、必要なのだと思います。仮にその中のいくつかが、何十年後かにこの世に存在しない職業になってしまったとしても、ある時代にその仕事があったこと、それに従事していたこと、というのは、何ら恥じることではないと思うのです。その仕事に、少しでも、愛着を感じていたのならば。


一言でいうと、「職業に貴賤なし」というやつです。
ソーシャルウェブなんたらだって、タクシードライバーだって、宇宙から見たら、やってることにたいした差はないです、きっと。


◆不健全な精神は、健全な体に宿すべき

私が村上春樹をはじめて読んだのは、中学生のおわりか、高校生になったばかりの頃でした。(詳細は、ちょっとはっきりしない)

確か文庫本になっていた『パン屋再襲撃』か、『回転木馬のデット・ヒート』が一番最初に読んだ彼の本だと思うのですが、当時私は彼の小説を読むことに、ある種の背徳感を覚えていました。今思うと、背徳感なんて全然覚えなくていいし、バカじゃないのアンタ? と思うのですが、当時の私は「ムラカミを読む」というのは、すごく個人的なことで、誰彼かまわず言っていいことではない、と思っていました。


2009年、村上春樹エルサレム賞を受賞した際に、あの物議をかもした(?)「壁と卵」のスピーチをしていますが、その賛否はここでは置いておいて、彼がとにかく一貫して「大きなもの」や「システム」を疑って、卵を投げつけている姿勢で小説を書いている、というのは真実だと思うのです。そして、まだまだ世の中というものを信じ切っていたコンニャク頭の高校生の私にとって、その「卵を投げつける」小説を読むことは、決してクラスメイトに言ってはならないことのように感じたのです。

そういうわけで、高校生の私にとって、村上春樹は、とても「不健全な作家」でした。


しかし、高校も卒業間近になり、大学に進学する頃、「実は私もムラカミが好きだったんだ」という友人が、私の周りに何人か現れ始めました。また逆に、「ムラカミだけはどうしても好かん」という友人も、現れ始めました。そのとき、なーんだ、みんな隠していたけど、陰でムラカミを読んでいたのね、と安心した一方で、「私はもう村上春樹を読む必要はないな」と直感し、大学進学と同時に、私は村上春樹を一度卒業することになったのです。

★★★

私が再び村上春樹の本を手に取ったのは、修士論文の提出に追われていた、大学院卒業間近の頃。

夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです

夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです

読んだのは、『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』というインタビュー集で、特別なきっかけがあったわけではなく、「久々に読んでみるか」くらいの軽い気持ちで、手に取りました。

そして、6年の時を経て久しぶりに彼の本を読み終わったとき、不思議なことに、高校生の私にとって「不健全な作家」だった村上春樹は、「シャツにアイロンをかけてきちんと折りたたむ、健全な作家」へと、姿を変えていたのです。



村上春樹は、マラソンやトライアスロンに取り組み、ベジタリアンというわけではないけれどたくさん野菜を食べ、早寝早起きをし、シャツにはきちんとアイロンをかけます。実際にシャツにアイロンをかけているところを見たわけではないけれど、少なくとも、そういう印象を与える作家です。

そして、彼の小説に登場する主人公たちも、彼と同じように、きちんと水泳や筋トレをして体をつくりこみ、朝食を丁寧に食べて、品の良い音楽を聴いています。……それは、なぜか。


高校生の私には皆目わからなかったことですが、人は不健全な精神を宿すと、それは体をも蝕んでいくのです。なぜ高校生の私にそれがわからなかったかというと、単純に、物理的に若かったから。脂っこい食事をして胃が荒れることも、腰痛に苦しむことも、肩こりと疲れ目と頭痛が同時に来たりすることもなく、毎日元気に高校に通っていました。どんなに不健全な精神を宿しても、体はへっちゃらだったのです。だから、心が体を蝕んでいくことがあるなんて、想像もしなかった。


でも、年を重ねていくにつれて、「人は心を病むと、体をも病むんだな」ということが、だんだんわかってきたのです。あるいは、その逆も然り。自分や友人の経験からも、本をたくさん読むなかでも、そういうことを学び取りました。


そこで、多くの人は、「不健全な精神」を持つことを、やめてしまいます。そんなものをずっと持っていたら疲れるし、健康にも良くないからです。


しかし、村上春樹が「壁」と呼ぶ、大きなものやシステムに「卵」をぶつけるためには、「不健全な精神」が必要です。世の中を、みんなが信じ切っているルールを疑って、抵抗するのだから、それはとっても不健全な行為のはずです。


ではどうするかというと、体を鍛えるしかないのです。丁寧に食事をとって、運動をして、シャツにアイロンをかける。不健全な精神を宿しても、体がそれに耐えられるように。体まで、一緒に崩壊してしまわないように。


村上春樹の他の小説でもそうですが、この『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』も、食事がすごくおいしそうに描かれています。

丁寧に焙煎された豆から淹れたコーヒーに、(たぶんホテルの朝食みたいな、ふわふわの)オムレツとか。
新鮮な鱒を、フライパンで香草と一緒に焼く、とか。

おそらく、食事を丁寧に楽しむことは、健全な体を保つために必要な、根源的な行為なんでしょう。だから、村上春樹の小説に出てくるごはんはおいしそうなんだな、と思ったんです。

たったこれだけの結論をいうのに、えらい長くてすみません。


◆ある作家と、同時代を生きるということ

私の大学の教授は、「村上春樹の小説は文学のファースト・フードみたいなもので、彼の死後100年もしたら、誰も彼の小説なんて読まなくなる」と、よくいっていました。村上春樹は、川端康成夏目漱石なんかには、遠く及ばないのだと。

実際には、今生きている人間で「村上春樹の死後100年」を目に出来る人はなかなかいないと思うので、私の教授がいっていたことが本当かどうかは、誰にもわかりません。まあ、100年後の文学界がどうなっていようと知ったこっちゃないので、私としてはどっちでもいいのですが。


しかし、彼の小説が文学史にその名を刻むかどうかは別として、「ある作家と同じ時代を生きる」というのは、ちょっとすごいことだなあと、私は思うのです。


手紙でやりとりをし、黒電話でリンリン電話をかけていた(?)村上春樹の小説の主人公が、文明の利器・携帯電話を持って話している! とわかって衝撃を受けたのは『アフターダーク』という作品ですが、

アフターダーク (講談社文庫)

アフターダーク (講談社文庫)


今回の『多崎つくる』には、スマホやグーグルやフェイスブックtwitterが登場します。もちろん、主人公のつくるが「銀座駅なう」とかツイートするわけではないのですが、単語が出てくるだけで、村上春樹は私たちと同じ時代を確実に生きているんだな、と感じます。

あと、「レクサス」が登場したり、自己啓発セミナーみたいなのが登場したりもします。でも、ネタバレにつながるので、これはあまり言っちゃいけませんね。


そういった「同時代の産物」は、ちょっと使い方を間違えると、村上春樹の作品の世界観を壊してしまうことになりかねません。『アフターダーク』で携帯電話が出てきたとき、正直私は、ちょっとショックでした。村上作品の硬派な主人公たちは、携帯電話なんて持たないし、グーグルなんて使わない! 本音をいうと、村上作品の登場人物たちには、いつまでも手紙でやりとりをし、黒電話をリンリンならしていてほしいです。


しかし一方で、今回、村上春樹がこうした「同時代の産物」を積極的に取り入れている理由が、何となくわかった気がしたのです。


作品の世界観を壊しかねない、そして100年後の人間に読まれることを放棄しているかのような「同時代の産物」を村上春樹が作品に取り入れるのは、逆に考えれば、「同時代の、日本人に、読んでほしいから」だと思うのです。


彼は昔、何かのインタビューで、「自分は生活の拠点を海外にもっているけれど、これからも日本語で小説を書き続けるし、日本の読者を想定して書いてるんだ」みたいなことを、いっていた気がします。


現代の日本人に読んでもらいたい、現代の日本を描きたいと思うなら、たとえそれが危険な産物であったとしても、グーグルや、フェイスブックや、スマートフォンという単語を、登場させないわけにはいかないでしょう。それらは私たちの生活にとって、空気のように貼りついた、あまりにも身近なものだから。




彼の小説が、100年後に残っているかどうかは、わかりません。


それでも私は、彼はとても真摯に小説を書く人だなあと思って、今回、その姿勢に改めて胸を打たれました。


★★★


『多崎つくる』の話が気が付いたらあんまりなかった……

「私と村上春樹」みたいな感じになっちゃって、しかも長くてすみません。

ここまで読んでくれた方、ありがとう。

ちなみに、『巡礼の年』とは、フランツ・リストの曲集のタイトルでした。

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色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

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