今、このブログを読んでくださっているほとんどの方は、おそらく「目が見える」人でしょう。
でももしあなたが、事故や病気で、視力を失うことになってしまったら。
あなたは最後に、何を見ることになると思いますか?
そんな、思わず深く考え込んでしまう問いに答えるべく開かれている展覧会が、6月30日の日曜日まで、品川の原美術館でやっています。フランスの女性現代美術作家ソフィ・カルの『最後のとき/最初のとき』。
※現在は終了しています
「海を見る」(部分) 2011年、カラー写真
©ADAGP 2013, Paris Courtesy Galerie Perrotin, Hong Kong & Paris – Gallery Koyanagi, Tokyo
★★★
原美術館は、個人的にとても好きな美術館です。
とても小さな規模の美術館なのですが、白を基調とした建物が、まわりの緑とよく溶け込んでいます。立地もすばらしく、閑静な住宅街のなかにポツンとある感じです。中庭のカフェも、落ち着いた雰囲気で居心地がよいです。
「最初のとき」
エントランスを入った1階では、インスタレーションの「海を見る」が上映されています。
内陸国であるトルコのイスタンブールで、生まれてから一度も海を見たことがない人たちを招き、彼らが初めて海を見る様子を撮影した映像です。
島国である日本に住んでいる私たちにとって、「海を見たことがない」という感覚は、なかなか想像しがたいものがありますよね。
初めて海を見るトルコの方々は、寄せては返す波と、視界一面に広がる水平線を前にして、どこか戸惑っているように見えます。感動でも、うれしいでも楽しいでも悲しいでもなく、ただ、戸惑っている。
私たち日本人の多くは、遅くても小学校に上がる前までには、ホンモノの海を見て、答えを知ってしまっているでしょう。しかし、トルコのこの方々は、大人になるまで海を見たことがなかった。頭のなかで、いったいどんなふうに「海」を想像していたんだろうな、と考えてしまいます。
今はインターネットが発達しているので、内陸国で育った方が「ホンモノ」の海を見たことがなくても、ネット上の動画で波や水平線を見ることなら、手軽にできるでしょう。でも一昔前までは、本当に「ホンモノ」の海を見ることなしに生きて、亡くなっていった方がいたはずです。そういう方たちのなかで、「海」ってどんな存在で、それをどんなふうに想像していたんだろう。
日本人にとっての「海」は、楽しい夏やビーチリゾートを連想させる、ポジティブの塊のような存在です。
でも、そもそもすべての生命の祖先が生まれた場所であり、ときに津波などで何もかもを飲みこんでしまう存在でもある「海」は、怖くて神秘的なものでもあるんですよね。
「最後のとき」
2階では、病気や事故で視力を失った男女に、彼らが覚えている「最後に見たもの」や、目が見えていた頃の最後の記憶を説明してもらい、それをソフィ・カルが写真にしたという展示があります。
2004年3月14日のことでした。7時頃だったと思います。朝のお祈りを終え、日の出を見るために、病室のバルコニーに出ました。再び日の出を見ることができるだろうか、と考えていました。両親が医師と話しているのを立ち聞きしてしまい、手術がいかに厳しいものであるかを知っていたのです。85%の確率で失敗し、残りの15%は、まひ状態になるか、精神に異常をきたすか、失明するか、完治するかという話でした。そして第2の人生は盲人となりました。私は建物の向こうの海を眺めました。雲間から太陽が昇り、闇が光に変わっていきました。まるでそれが最後であるかのように。
こんなエピソードとともに、写真が展示されています。こちらのエピソードの下にあったのは、文章中にもあるように、病院のバルコニーから見た日の出の写真です。まだまわりが薄暗いなか、太陽が少しずつあたりを照らしていく様子が映っていました。
様々なエピソードを読んでいくと、当たり前ですが、これが「最後に見たもの」になるなんて、だれも想像していなかったということがわかります。上記の方のようにそれが日の出という宗教的な何かを思わせる人もいれば、寝る前に見た天井のランプだった人もいるし、事故に遭う直前に見た真っ赤なバスだったという人もいます。
この展示では、視力を失った人々の「最後に見たもの」が写真として表されていますが、実は私たちにも、遅かれ早かれ、いつか必ず「最後に見たもの」を見る日がやってくるんですよね。
なぜなら、だれしもがいつか必ず死んでしまうから。それを「最後に見たもの」だとは認識しないままこの世を去ってしまう方が、おそらくほとんどなのかもしれませんが。
「最後に見たもの」は、その人が世界からあたえられた最後のイメージです。このイメージを思い出すとき、今は盲人となってしまったこの方々は、どんな気持ちがするんでしょう。
そして、私は、あなたは、あの人は、最後に何を見ることになるんでしょう。ちょっと不謹慎ですが、そんなことを考えました。それが、世界が自分を祝福してくれるようなイメージであればよいのだけれど。
★★★
写真集が欲しかったのですが、ちょっと高かった……
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