前編に引き続き、チェコ共和国が生んだ鬼才、ヤン・シュヴァンクマイエルの長編映画の解説をしたいと思います。
後編では、シュヴァンクマイエルの後期の長編映画3つを取り上げます。
後期の長編映画は、どんなところが面白いのでしょうか?
★★★
2000年 『オテサーネク』
シュヴァンクマイエルの4作目の長編である『オテサーネク』は、チェコの民話がベースになっています。そして、全6作品の長編映画のうち、私がもっとも好きな映画だったりもします!
ホラーク夫妻には、なかなか子供ができません。子供ができないことに悩み、ノイローゼ気味だった妻を励まそうと、ホラークは木の切り株から、赤ん坊に似立てた人形を作ってあげます。ところが妻は、この木の切り株を本気で自分の子だと思い込み、息子を「オティーク」と名付けます。すると、切り株にも実際に命がやどり、彼は本物の赤ん坊のように、泣いたり喚いたり、食べ物を求めたりするようになります。
始めのうちはよかったものの、オティークの食欲は、どんどん加速していきます。ミルクだけだったのが、次は肉を求めるようになり、妻は近所の目を気にしながら、肉屋で「トラでも飼ってるの!?」ってくらい、大量の肉を買い込みます。そしてとうとうオティークは、飼っている猫や、ホラーク家にやってきた郵便配達夫や市の職員も、食べてしまうようになるのです。
ホラークは、暴走しだした息子をチェーンソーで切り殺そうとするのですが(切り株ですからね)、妻は泣きながら大反対。仕方なく、彼らは息子をアパートの地下室に閉じ込めることにします。最後、息子のオティークは、アパートの管理人のおばさんに殺されてしまうのですが……。
この作品で目を引くのは、シュヴァンクマイエルが描く「食べ物」、および「食欲」です。切り株息子のオティークの暴走する食欲はもちろん、アパートの住人たちが食事をするシーンなど、この作品では、登場人物たちがやたらと何かを食べています。
しかし、その食べ物のまずそうなこと。脂身しかない肉に、色味のない豆スープ。そしてオティークも、住人達も、「食べることを楽しむ」なんてことは夢にも思わず、ただ機械的に、己の食欲を満たすためだけに、工業製品か廃棄物のようにさえ見えるそれを食べるのです。
シュヴァンクマイエルは、幼少時、とても食が細かったといいます。食べることが苦痛だったと。しかも、シュヴァンクマイエルの幼少時といえば、チェコは社会主義国家として邁進している真っ最中です。食卓にならぶ食事が、豊かで美味しいものだったということは、あまり考えられません。「食べる」表現はシュヴァンクマイエルの他の作品にも随所に登場しますが、私はこれを、彼の幼少時のトラウマから来ているものなのではと考えています。
それにしても、日本の「かぐや姫」や「桃太郎」のように、木や植物、果物から子供が生まれる、という民話って世界的にあるんですよね……何ででしょう? ちょっと専門外ですが、これについて調べてみるのも面白そうです。
2005年 『ルナシー』
Jan Svankmajer's LUNACY - trailer - YouTube
5作目の長編映画は、日本語にすると「狂気」というタイトルの、『ルナシー』です。エドガー・アラン・ポーの短編小説や、マルキ・ド・サドの思想から題材をとった“哲学的ホラー”だと、シュヴァンクマイエルは語っています。
舞台は、現代のフランス。ちょっと気弱そうに見えるジャン・ベルロは、母の葬儀の帰りに宿に泊まっていると、夜中に突然、大柄の2人の男たちに拘束衣を着せられそうになります。ふと気が付くとそれは夢だったのですが、どうにもすっきりしないまま、ジャンは同じ宿に宿泊していた侯爵と出会います。
この侯爵が非常に変わった人物で、ジャンは彼の館で行なわれる冒涜的な儀式や、侯爵自身が行なっている「生き埋めにされる恐怖を克服するセラピー」などに、付き合わされます。侯爵の館に泊まったその日、再び大柄の男たちに拘束衣を着せられる夢を見てしまったジャンは、侯爵の勧めで、精神病院で治療を受けることになります。
ところがこの精神病院、少し様子がおかしい……と思っているうちに、現実と狂気の世界は曖昧になっていき、こちらの気が狂っているのか、あちらの気が狂っているのか、だんだんわからなくなってしまいます。エキストラで登場する精神病院の患者たちは、本物の精神病患者だというから、これも驚きです(そして批判もありそう)。
そしてその狂気と恐怖の世界は、当然、観ている私たちにも影響を及ぼします。観終わった後は、私たちが暮らしているこの世界は、本当に「正常」なのだろうかと、妙な疑惑に少なくとも1日は悩まされることになります。
『ルナシー』には、「夢」や「不思議」、「狂気」といった、シュヴァンクマイエル初の長編作品『アリス』と同じ主題が、再び物語のなかに表れています。もちろん、それでもまだ可愛らしかった『アリス』とちがい、『ルナシー』はぐっと残酷で、ブラックで、気持ち悪いのですが……。
私はとても好きな作品なのですけれど、シュヴァンクマイエル初心者の方には、ちょっとおすすめできない作品です。『アリス』とかを先に観ましょう。観たい方は、自己判断でお願いします……。
ちなみに、この映画を本格的に読み解きたいと思ったら、ミシェル・フーコーは必読だと思われます。
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2010年 『サヴァイヴィング・ライフ』
映画『サヴァイヴィング ライフ -夢は第二の人生-』予告編 - YouTube
さて最後を飾るのは、日本では一昨年に公開された、最新作です。前作の『ルナシー』が“哲学的ホラー”なら、こちらは“精神分析コメディ”であると、シュヴァンクマイエルは語っています。
主人公のエフジェンは、ごく普通のサラリーマン。仕事が終わって家に帰れば、妻のミラダに愚痴を聞かされる毎日です。
そんなある日、エフジェンは夢のなかで、エリシュカというとても美しい女性に出会います。彼女と一緒にダンスを踊ったり、ソファで抱き合ったりしていると、彼女の息子であるという4歳のペトルにその現場を見つかってしまい、気まずい思いをしたところで、エフジェンは目が覚めます。
夢のなかに登場する女性に恋をしてしまったエフジェンは、古本屋でオカルト系の書籍を買いあさり、自分の意志で夢のなかに入っていく方法を見つけます。その儀式を誰にも邪魔されずに行なうために、エフジェンは写真家だった老人の古いスタジオをわざわざ借り、毎日会社に行くフリをして、夢のなかに出かけていきます。
やがて、夫の不審な行動に妻のミラダが気付きます。夫が浮気をしていると勘違いしたミラダは、エフジェンの尾行を始めるのですが、夫はスタジオで寝ているだけ。しかしこれがどうにも怪しいので、夫の隙をみて、ミラダもエフジェンの「夢」のなかへはいっていきます……。
この『サヴァイヴィング・ライフ』でも、『アリス』や『ルナシー』でくり返されてきた「夢」や「不思議」が、作品の主題になっています。シュヴァンクマイエル映画に見慣れている者にとっては、おなじみの主題といったところです。
『サヴァイヴィング・ライフ』で注目したいのは、その主題よりも、切り絵アニメやコラージュなどの、表現方法かもしれません。流れるようにスムーズな、高画質な映像に見慣れてしまっている私たちにとって、ギクシャク・カクカク動く切り絵アニメが、逆に新鮮だったりもします。
私がいちばん好きなシーンは、街のお店のドアから、人よりも大きいリンゴがごろごろ飛び出してくるところ。シュルレアリスム全開、背筋がすっと寒くなる、マックス・エルンストの絵画のような場面です。
★★★
以上が、ヤン・シュヴァンクマイエルの長編全6作品です。
どれも見ごたえたっぷり、面白さは(チェコ好き)の日記が保証します。
ところで、このシュヴァンクマイエルさん、噂によると、現在『昆虫』というタイトルの新作映画を準備中なのだとか!? 公開は、2015年を予定しているそうです。
地球規模での人口増で食糧難が予想される未来、昆虫食に期待が高まっている……なんて話を聞きますが、シュヴァンクマイエルが描く昆虫は、きっとこの上ないほどグロテスクで、気持ち悪いにちがいありません!
しかし、ふと振り返ってみると……シュヴァンクマイエルって1934年生まれなので、もう80歳近い、けっこうなご高齢なんですよね。それなのに、バリバリ現役で、若者からお年寄りまでがひっくり返るような、すんごい映画を作り続けていらっしゃる。よく考えてみると、ものすごくパワフルなお方なんですよね。「お若いですね~」なんてレベルじゃない。
アーティストであるシュヴァンクマイエルに、もちろん定年なんて概念は存在しないわけですが、もしかしたら彼の働き方は、超高齢化社会をむかえる日本人の私たちにとって、何か見習うべきところがあるかもしれません。
自分が表現したいものや、情熱が傾けられるものに集中し、パワーを投資することが、実はいちばんのアンチ・エイジングだったりして。
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