私が「神様」と称し、このブログでもしつこいくらい取り上げている、チェコの映画監督ヤン・シュヴァンクマイエル。
ヤン・シュヴァンクマイエル 忙しいビジネスマンに、究極のシュルレアリスムを! - (チェコ好き)の日記
1934年、第二次世界大戦前に生まれたシュヴァンクマイエルは、今年で御年79歳。なかなかのご高齢で、奥様のエヴァさんには数年前に先立たれてしまいましたが、その後も精力的に、現役で映画製作を続けています。再来年頃にはおそらく、またまたぶったまげるような新作にお目にかかることができるでしょう。映画製作にかけるそのパワー、情熱、本当にすごいです。人間、「やるべきこと」や「伝えるべきこと」をもっていれば、いつまでも元気に動き回っていられるんじゃないかと、彼を見ていると思います。
そんなシュヴァンクマイエル、現在は主に長編映画を製作していますが、そもそものデビューは1964年の短編作品、『シュヴァルツェヴァルト氏とエドガル氏の最後のトリック』でした。その後、1987年に長編作品『アリス』を発表するまでは、ひたすら短編を作り続けていた人なのです。そして、そのなかにはもちろん、短編だからこそともいえる、粒ぞろいの名作が隠れています。
今回は、そんな20作品以上もあるシュヴァンクマイエルの短編作品のなかから、私のお気に入りの5作品を紹介します。
アメイジングなチェコ映画の世界を、一緒に味わってみましょう!
1 『庭園』 1968年
Ян Шванкмайер. Сад (Zahrada), 1968. - YouTube
まずは、長編・短編を合わせた全作品のなかで、私が最も好きなシュヴァンクマイエル作品である『庭園』を紹介しましょう。
主人公が、友人に招かれて彼の家を訪ねます。ところが、友人の家に着いてみると、ちょっと様子がおかしい。人々が手をつないで、家のまわりをぐるりと取り囲んでいるのです。文字通り、「生け垣」のように……。問題のそのシーンだけを見てみたい! という方は、4分頃から動画を進めていただいても特に問題ありません。私はこのシーンを見ると、いつも背筋がすっと寒くなるんですよね。これぞ、シュルレアリスムです。
何かを暗示しているようで、でもそれが何なのか、わかりそうでわからない。この作品が製作されたのは1968年、ソ連の軍事介入があったチェコ事件の年ですから、そのあたりと関連しているといえば、そうなのかもしれません。ただ、私にはもっと、何か普遍的な物事を暗示しているように思えます。ただし、それが何なのかは、わからない。不思議な作品です。
2 『ジャバウォッキー』 1971年
1971-JABBERWOCKY by Jan Svankmajer.avi ...
『鏡の国のアリス』に登場するナンセンス詩「ジャバウォッキー」の朗読から始まったかと思うと、木々の間を通って、タンスがものすごいスピードでこちらに走ってきます。タンスが開くと、なかからセーラー服を着た少年が……いや、セーラー服だけが出てきて、ダンスをしたりお人形や猫と遊び始めます。
と、文章にすると「はぁぁ?」という感じですが、その思わず力が抜けてしまうような前後の文脈のなさ、意味不明さが、見ているうちに何だか楽しくなってきてしまう。特に、人形型ナイフが尺取り虫のようにぐにぐにと机の上を歩いているあたり(9分20秒頃)は、爆笑必至。
とってもかわいいのに、ブラックすぎて子供には見せられない、素敵な映画です。
3 『部屋』 1968年
Jan Svankmajer (1968) - The Flat - YouTube
こちらの『部屋』も、『庭園』と同じ1968年の作品ですね。
何の因果か、主人公の男がとある部屋に転がりこんできます。ところがこの部屋は、まるで主人公に嫌がらせをするかのように、突然穴が空いたり、パンチが飛んできたり、ベッドがおがくずの山に変身したりします。次々に起こる理不尽な出来事に、主人公は何とかこの部屋を脱出しようと試みますが、斧でドアを破壊したその先にあったものは……続きは動画で。
フランツ・カフカの小説を思わせるような展開が、すばらしい作品です。1つ1つの出来事はチープでくだらないのに、度重なるそれは、主人公の生命力を確実に奪っていきます。絶望ってこうやって訪れるのか……と、またしても背筋が寒くなる、いい映画ですね。
4 『闇・光・闇』 1989年
ヤン・シュヴァンクマイエル「闇・光・闇」 - YouTube
これは、シュヴァンクマイエル初心者におすすめかもしれません。大人のクレイアニメ!? です。
ドアがノックされる音がした後に、部屋に「手」が入ってきます。「手」の次は、またまたドアをノックする音が聞こえ、今度は「目」が。すると次は、窓をパタパタたたく音が聞こえ、蝶のようにはばたきながら「耳」が入ってきます。そして次は……と、人間の体のパーツが次々に部屋に入ってきて、最後にはとうとう「人間」が完成します。
『ジャバウォッキー』や『部屋』もそうですが、シュヴァンクマイエルはある限定的な空間で何かが起こる、という作品を多く製作しています。1つの部屋で何かが起こり、1つの部屋で物語が完結する、というスタイルです。長編映画はさすがにそうはいきませんが、逃げ道のない限定的な空間というのは、もしかしたら社会主義時代のチェコの記憶から来るものなのかもしれません。
5 『オトラントの城』 1979年
Otrantský zámek (Castle Of Otranto), Jan Švankmajer ...
最後は『オトラントの城』。チェコ事件の後、シュヴァンクマイエルが当局に映画製作を禁じられていた時代に、こっそり製作が進められた作品ですね。
壮大な音楽とともに始まった動画は、何やらドキュメンタリーのようです。字幕がついていないのでちょっとわかりづらいですが、どうやらある学者が、作家のホレス・ウォルポールの小説に描かれていた「オトラント」は南イタリアのオトラントではなく、実は東ボヘミアのナーホト近郊にあるオトルハヌィ城のことで、そこで起きた出来事は実話である! ということをついに証明した、といっています。
そのホレス・ウォルポールの小説というのは、イザベラ姫の婚約相手だった青年が、なぜか巨大な兜の下敷きなって死んでしまったため、青年の代わりにその父親がイザベラ姫に結婚を申し込んだ……というところから始まります。しかし、青年ではなくオッサンと結婚するなんて信じられない! と、イザベラ姫は城を逃げ出します。イザベラ姫の逃亡を手伝ったのは、青年セオドア。が、姫が逃げた後、お城では巨大な手や足がたびたび目撃されるようになります。イザベラの婚約相手を奪ったのは、まさかこの「巨人」!?
映画内では、この物語は絵本のようなアニメーションによって語られます。
次々に「巨人」がいた証拠をレポーターに披露していく学者ですが、その証拠というのが、当たり前ですがどうも胡散臭い。学者が発掘作業中に撮ったという、彼のニッコリ笑った写真も、面白いけど胡散臭い。最後に、レポーターがそのことを指摘すると、なぜか城の上のほうからガラガラと大きな音が……。
私は学生時代、渋谷の某チェコ料理店の食後の上映会で、この作品を初めて見ました。お客さんがみんなゲラゲラ笑っていて、楽しかったですね。
★★★
他にも『地下室の怪』や『対話の可能性』など、傑作短編作品はまだまだあるのですが、私のお気に入りということであげるなら、この5つです。シュヴァンクマイエルやチェコ映画には、アメリカやフランスの映画にはない「じめっ」とした感じがあって、私はそこがたまらなく好きなんですねー。日本の映画にも、じめじめした作品がけっこうありますけどね。
美大や芸術系学科出身の人間以外にはいまいち認知度が低いシュヴァンクマイエルですが、彼はまちがいなく巨匠です。文句なしに面白い映画ばかりなので、気になる作品があったら、一部だけでもいいので再生してみて下さいね。
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