昔の人々の食卓のようすを眺めるのって楽しいですよね。小中学生のとき、社会科の資料集に載っている「縄文時代の人々の食事」とか「平安時代の貴族の食事」を、食い入るように見つめていた私です。
昔の人々は、今の私たちと同じようなものを食べていることもあれば、今の私たちにはまったく想像がつかないようなものを食べていることもあります(縄文どんぐりクッキーとか)。食事は日常と密接にむすびついているからこそ、大きな歴史の文脈から見るのではない、当時の人々のリアルな生活をかいま見ることができ、私はそれが面白いわけです。
今回取り上げたいのは、そんな昔の人々……といっても、ただの人々ではない、ヨーロッパの歴史に大きな影響を及ぼした“あの一族”の食卓のようすを紹介した本です。
- 作者: 関田淳子
- 出版社/メーカー: 新人物往来社
- 発売日: 2010/06/07
- メディア: 文庫
- クリック: 4回
- この商品を含むブログを見る
食欲の秋なので、何やら景気良さげなハプスブルク家の方々の食卓を、ちょっとのぞいてみようではありませんか。
★★★
中世オーストリアの食卓
ハプスブルク家の食卓を見る前に、ルドルフ1世の時代、中世オーストリアの庶民はどんなものを食べていたんでしょうか?
当時の庶民の食事のようすが、ちょっとイメージできるのがこちらの絵。ブリューゲルの『穀物の収穫』という1565年頃の作品です。
制作された時期は中世と少しずれますが、当時の庶民の食事のようすが右下のほうに(ちょっと見えにくいですが)描かれています。よーく見てみると、彼らが食べているのはお粥。スプーンですくったり、お皿から直接飲んだりしています。
ここに描かれているようなお粥やスープが、当時の庶民にとっては一般的な食事だったようです。お粥やスープのなかには、ライ麦、エンバク、大麦、小麦、豆類、キャベツ、人参、キュウリなどが入っていたそうです。また、彼らは森に自生するプラム、サクランボ、スモモ、西洋ナシ、リンゴ、アンズ、スグリ、イチゴなんかを採ってきて、そのまま食べていたんだとか。食料を確保するのは大変だったのでしょうが、話だけ聞くとヘルシーで、ちょっと美味しそうですね。私果物好きなんです。
ちなみに、ヨーロッパの食卓といえば肉を大量に食べているイメージがあったのですが、意外にも庶民が日常的に肉類を食すようになったのは、近代になってからなんだそうです。それまでは、1年に1回、解体された豚の塩漬けが食べられる程度だったのだとか。きっと1年に1度のお楽しみで、ものすごく贅沢品だったのだろうなと思います。
一方、ルドルフ1世を始めとする貴族階級の食卓はというと、肉類がテーブルに上がることが庶民よりずっと多くなります。牛、豚、山羊、野鳥などの肉を、薫製、塩漬け、ソーセージなどにして食べていたんだとか。
※画像はイメージです。イメージ。
大食いカール5世
時代を下りまして、スペインのフアナとフィリップ美公の息子、カール5世(1500〜1558)の食卓を見てみましょう。この人は、まわりがちょっと引くくらいの大食いだったらしく、その食卓はバラエティに富んでいます。
彼の大好物は、牛霜降り肉、イノシシの焼き肉、大ぶりのキジやウズラのソテー、カエルのもも肉、アンチョビ、アスパラガス、トリュフ、マルメロ(カリン)の甘露煮、千鳥やウナギのパイ詰め、ソーセージやハム。また、寒い冬でもビールをがぶがぶ飲んでいたそうです。
カエルのもも肉以外は、割と美味しそうですね。さすが皇帝、いいもの食べてますねぇ。
※イメージです
「まわりがちょっと引くくらいの大食い」と書きましたが、後の研究で、このカール5世はストレス性過食症だったことがわかっているそうです。胃腸障害を患い、これが直接の死因にもなったのだとか。食欲の秋ですが、食べ過ぎには注意です。
マリア・テレジアの愛した、カロリー高すぎスープ
さらに時代を下りまして、女帝マリア・テレジアの食卓です。
この頃のハプスブルク家の食事が、やはり一番ゴージャスなようです。マリア・テレジアの夫フランツ・シュテファンがフランス人の料理人を連れてハプスブルク家にやって来たため、食卓もフランス色が強くなります。
マリア・テレジアといえば、安産型というか、でーんとした体型が立派な方ですが、食事も相当高カロリーだったよう。女帝の食事は通常、「第1コース」と「第2コース」に分かれて出され、どちらもメインは肉料理。牛のブロック肉や、5種類の焼き肉料理、肉と魚の煮汁をゼラチンで固めたアスピックなどが供されます。
またこの食事以外に、オリオ・スープというハプスブルク家の食卓を代表するスープがお好みだったらしく、おやつ代わりに1日に7〜8回飲んでいたそうです。
おやつ代わりというくらいですから、どんな可愛いスープかと思いきや、レシピを見ると絶句します。オリオ・スープとはいわば「ごった煮スープ」。子牛の肉をバターで焼いたものと人参、セロリ、パセリ、タマネギなどの野菜を大鍋で煮込み、これにさらに栗の実、ウサギの肉、カブ、山ウズラ、野鴨、レンズ豆、キノコなどを加え、何度もあくを取ってスープ用の布でこし、味を整えて出す、らしいです。
お腹にずっしりとこたえる重いスープだったようですが、やはりマリア・テレジアくらいになると、これぐらい食べて英気を養わないとやっていけなかったのかもしれませんね。ちなみに、見た目はそれほど奇抜ではなく、ふつうのコンソメ・スープのような感じです。
これ以外にも、マリア・テレジアの時代には夫シュテファンが連れてきたフランス人の料理人によってココアが持ち込まれ、ハプスブルク家の一族に愛飲されたそうです。バラやジャスミンで香り付けしたカカオを使うこともあったとか。おしゃれですね。
出た、キワモノ! 皇妃エリザベート愛飲の不気味なジュース
最後に、またぐっと時代を下りまして、皇妃エリザベート(1837〜1898)が好んだ食事を見てみましょう。
彼女は姑ゾフィーとの関係が上手くいかず、オーストリアの皇室をしょっちゅう抜け出しては、あちこちを旅します。とても美しい方だったようで、国民からは「シシー」の名で親しまれていました。
このエリザベートは身長が172センチもあったそうなのですが、血のにじむような努力をして、体重は50キロ以下、ウェストは50センチ以下に保つことに、固執していたそうです。172センチで50キロ以下ってけっこうやばいと思うのですが……もしエリザベートが現代に生まれていたら、何百万、何千万とかけて全身整形をするようなタイプの女性になっていたかもしれません。甘いものが大好きで、ザッハー・トルテやアイスクリームを山ほど食べたかと思えば、ダイエットのためといってミルクとオレンジのみで1日を過ごした日もあったとか。
それ、典型的な「ダメ食生活」ではないですか……。
そんなエリザベートが実践していた奇妙なダイエット方法の1つが、「肉ジュースダイエット」。
子牛のもも肉をプレスして搾り出した血を飲むというダイエットで、専用のプレス機械をフランスから取り寄せて愛用していたというのですが、肉をプレスして血を飲むと体にいいという発想がどこから来たのか、さっぱりわかりません。また、子牛の生肉を顔にぺたぺた貼付けて「生肉パック」をするという、奇妙な美容法も取り入れていたらしいのです。衛生的に問題はなかったのでしょうか……。いつの時代にも、美しさを求めるあまりおかしなことを考える女性はいるようです。
しかしもちろんエリザベートは、現代の私たちも憧れてしまうような素敵な食べ物も口にしています。それが、「スミレのアイスクリーム」と「スミレのシャーベット」、そして「スミレの砂糖漬け」。スミレってどんな味がするのかよくわかりませんが、何となく可憐でさわやかな印象があります。肉ジュースだけじゃなくてよかったです。
※イメージですよ
★★★
この本には、他にもハプスブルク家の人々が好んだワインやコーヒー、スイーツなどはもちろん、彼らがどんな食器を使って食事をしていたのか、またどれくらいのスタッフで厨房をまわしていたのかなど、食卓に関する興味深い話がたくさん詰まっています。豪勢な食卓を好んだ皇帝もいれば、質素な食卓を好んだ皇帝もおり、さらに宮廷の経済事情も絡んで、ハプスブルク家の食卓は目まぐるしく変化していたようです。
どうでしょう。
食欲の秋、食べるのもいいですが、食べ物の本を読むというのも、悪くないですよ。