ウンベルト・エーコの著作に、『醜の歴史』という本があります。西洋社会において何が「醜い」とされてきたのか、絵画や文学、ポスターなどからその概念の歴史を探るという、とても気持ち悪くて面白い本です。
- 作者: ウンベルトエーコ,Umberto Eco,川野美也子
- 出版社/メーカー: 東洋書林
- 発売日: 2009/10
- メディア: 単行本
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とても面白い本ではあるのですが、上記のエントリでも書いているように、こちらにはあくまで“西洋”の醜の歴史、気持ち悪いものしか載っていません。そこで私は、もし日本の美術作品からこの『醜の歴史』に載せるものをピックアップするとしたら、どんなものがあるだろう? ということを勝手に想像してみました。
地獄草紙、餓鬼草紙
地獄草紙 膿血所 12世紀 奈良国立博物館
12世紀に描かれたとされる「地獄草紙」には、糞の穴に堕ち蛆に食われる屎糞所、焼けた鉄を升で量らされる函量所、鉄の臼ですり潰される鉄がい所、膿の池で巨大な蜂に刺される膿血所など、おどろおどろしい場面がたくさん描かれています。そんな凝った設定よく思いつきますね……といったかんじです。
「餓鬼草紙」第三段 伺便餓鬼 12世紀 東京国立博物館
一方「餓鬼草紙」には、飢饉の際の人間のように腹が膨れ上がった餓鬼の姿が、おぞましく描かれています。
罪業の深さを教え、地獄の苦痛を知らせる目的のために描かれたという「六道絵」の1つである地獄草紙と餓鬼草紙ですが、描くほうも観るほうも、途中から絶対に不健全な方向に目的変わってるよなと思います。現代人がホラー映画やスプラッター映画を楽しむように、中世の人々も「げげげ〜」と思いながら実はちょっと楽しんでたでしょ? という。膿の池で蜂に刺されるとかって……想像力が豊かすぎますもんね。
九相図
「九相図巻」第九段「散相」 九州国立博物館
九相図とは、人間の死後、その死体が腐乱し白骨となって朽ちていく様子を9つの段階に分けて描いたものです。上記の「散相」はもう白骨化している段階のものですが、第一段の「生前相」から、お腹が膨れ上がって腐っていく「壊相」、その腐乱した肉を犬や鳥が食いあさる「噉相」など、人間の肉体のもろさや儚さが思わせられます。
出家者が、肉体に対する執着を断ち切るイメージトレーニングのために用いたというこの九相図ですが、出家者じゃなくとも、今あるこの肉体というのは絶対的なものではないんだな、という当たり前の事実に気付かされ、自ずと「死」を思わせられます。
百鬼夜行絵巻
百鬼夜行絵巻 16世紀 真珠庵
寺の什物が妖怪となり、夜な夜な遊び狂うさまが描かれた百鬼夜行絵巻に登場する妖怪たちは、怖いというよりもユーモラス。西洋社会にも何だか憎めない妙な怪物はたくさんいますが、日本の妖怪のキュートさというか、シュールさは世界随一だと私は思っています。
曾我蕭白、歌川国芳などなど
醜く狂った仙人たちをこれでもかと描きまくったのが、曾我蕭白。その発想の奇抜さには、毎回毎回驚かされるものがあります。
歌川国芳 人をばかにした人だ
最後は歌川国芳にします。人をばかにしてんのはどっちだ、といいたくなるタイトルの絵ですが、人が集まって人の顔を形作っているという、気持ち悪いんだか面白いんだかよくわからない作品です。
この他にも、岩佐又兵衛や月岡芳年、現代の作家だと会田誠や松井冬子なんかも、『醜の歴史』の1ページを彩ることができそうです。
まとめ
ここでニッポンの『醜の歴史』をまとめあげるなんて大仕事は私にはとてもできませんが、今回自分でもわりと気に入っている日本の気持ち悪い絵画を集めてみてふと思ったことは、やはり西洋と日本では「醜」との向き合い方に似て非なるものがあるな、ということです。西洋社会では、とにかく醜いものを自分たちの外部へ、外部へと押しやろうとする態度があった気がしたんですけど、日本の作品にはあまりそういうものが感じられませんでした。でも、おぞましいものや醜いものが一周してかわいくなっちゃったり面白くなっちゃったりっていうのは、やはり世界共通なんでしょう。
このジャンルへの興味はまだまだ尽きないので、中国とかアジアとか南米とか、いろいろな文化圏の「醜」にこれからも注目していきたいと思います。乞うご期待!?