もうとっくに過ぎてしまったクリスマスの話を今更しますが、ところでスペインの地名ってなんであんなに幻惑的なんでしょうね。グラナダ、コルドバ、アンダルシア、そしてサラゴサ。あまりにも響きが美しいので、口にするだけでゾクゾクしてしまいます。
『サラゴサの写本』という、1965年のポーランド映画があります。監督はヴォイチェフ・イエジー・ハス、原作はヤン・ポトツキ。特異な回想形式で綴られる物語は、ルイス・ブニュエル、マーティン・スコセッシ、デビッド・リンチにも影響をあたえたといわれ、カルト映画として名高い作品です。これがつい先日、クリスマス・イブの夜に渋谷のイメージフォーラムでやってたんですね。これを逃したら二度とチャンスはないかもしれないと思い、イブの夜に意気揚々と出かけてきたわけです。結果、私にとっては最高のクリスマス・プレゼントとなりました。生きているといいことありますね。
というわけで今回は、伝説のカルト映画『サラゴサの写本』の感想文です。
スペインのあの”黒さ”は何なのか
まずこの『サラゴサの写本』、前述したように、原作は考古学者・民俗学者として活躍したポーランドの貴族ヤン・ポトツキ。なぜポーランドの人がスペインの物語を作ったのかよくわからないのですが、これ1804年から1805年にかけて、サンクトペテルブルグで秘密出版されたそうなんですね。秘密出版、いい響きですね。そして戦後、ロジェ・カイヨワによって発見されたこの物語は、『オトラント城奇譚』と並んで、幻想文学の古典となります。ちなみに『オトラント城奇譚』は、チェコの鬼才ヤン・シュヴァンクマイエルが、とってもくだらない脱力系ムービーとして短編映画にしています。
『サラゴサの写本』の「サラゴサ」というのはもちろんスペインの地名ですが、私はこの映画のせいで、サラゴサってところはとんでもなくおそろしい場所なのだと妄想を駆り立てられております。サラゴサ超行きたい。
ところでスペインっていうと、ごはんが美味しくてラテン系で、どことなくイタリアに近いイメージを私は抱いています。が、それと同時に、黒くてべったりした血がこびりついているような、拭っても拭えない暗さみたいなものを抱えている印象もあって、このあたりのイメージはおそらくゴヤとか、スペイン・ハプスブルク家を断絶させた男・カルロス2世とかから来ているのでしょう。
フランシスコ・デ・ゴヤ 『我が子を食らうサトゥルヌス』
カレーニョ・デ・ミランダ 『カルロス2世』
近親婚をくりかえしたハプスブルク家のカルロス2世は、精神がおかしかったらしくて、異端審問の裁判を見て喜んだり、亡くなった前妻の墓をあばいたり、ぞっとするエピソードに事欠かない人物なので、興味のある方は『名画で読み解く ハプスブルク家12の物語 (光文社新書 366)』を読んでみてください。
現れては消える”作中作”
さて、話をもどして『サラゴサの写本』ですが、物語は複雑怪奇です。とにかく、”作中作”が多すぎるんですね。物語Aの進行中に、主人公が別の登場人物から物語Bを聞かされます。そのために、私たちは今度は物語Bを追うことになるのですが、物語Bの進行中に、今度はその主人公が別の登場人物に物語Cを聞かされる。なので今度はその物語Cに話が移行して……みたいなことが頻繁に起こり、私たちはA、B、C、D、たぶん4つくらいの階層の物語をぐるぐるぐるぐる追わされるはめになります。
すべての物語を説明することはあきらめて、ここではメインの物語であるAのみについて語りましょう。主人公はスペイン国のワロン護衛隊、アルフォンス。彼は山を越えようとするのですが道に迷い、ひと気のない宿屋で一晩を明かそうとします。そこへ半裸の不思議な女性が現れ、彼女に誘われるまま地下へ降りていくと、そこには豪華な食事と2人の美女が。この美女たちと夜を楽しんだ後、翌朝目を覚ますと、そこは彼女たちと過ごしたベッドではなく、死体がぶら下がった絞首台の真下。このシーンの音楽とか、不気味さとかがもうたまんないのです。
アルフォンスはこの後も何とか山を越えようとするのですが、狂人に出会ったり、異端審問官に捕まったり、道中で出会った謎の人物の城をたずねることになったりします。そしてそういった人々に、行く先々で”作中作”をブッこまれるわけですね。映画は3時間の大作ですが、これでも原作に比べるとだいぶ細部を省略しているそうです。
私の故郷の話
クールでポップな現代アートを見たり、村上春樹の本を読みながら「やれやれ」とかつぶやいているとたまに忘れてしまうのですが、私はもともとはこの、黒くて重い世界観が大好きなんです。「澁澤龍彦が好き」というとだいたいわかってもらえると思うのですが。
『サラゴサの写本』はこの、黒くて重くて血のようにべっとりとした私の「ホーム」ともいえる世界の物語だったので、久々に心踊りました。こういうのホントに好きなんですよねー。
ついでにいうと、イメージフォーラムでは2015年2月から、私の神様ヤン・シュヴァンクマイエルの特集上映をやります。これもうすごい楽しみ。
シュヴァンクマイエル映画祭、イメージフォーラムで2015年2月から。 pic.twitter.com/bVH1cojZxm
— チェコ好き (@aniram_czech) December 26, 2014
あとは1月、ついにゴダールの3D映画『さらば、愛の言葉よ』が公開です。この人はきっと、映画をおもちゃかなんかだと思ってるんでしょうね……。こちらも、腰が抜けるくらい楽しみです。ユリイカ読みながら待ってます。
- 作者: ジャン=リュック・ゴダール,蓮實重彦,阿部和重
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というわけで、来年の話をたくさんしてしまいましたが、当ブログは今年もあともうちょっと続きます。