なんかどうかしてる小説っていうのは、とにかく冒頭とラストの破壊力がとんでもないものだと私は思っています。
大切なことは二つだけ。どんな流儀であれ、きれいな女の子相手の恋愛、そしてニューオ ーリンズの音楽、つまりデュ ーク・エリントンの音楽。
ほかのものは消えていい。なぜなら醜いから。
ボリス・ヴィアン『うたかたの日々』の、有名なまえがきです。
久しぶりに読んだら、やっぱりこれめちゃくちゃいい小説だわ……と思ったので、今回はこれの感想文を書きます(思いっきりネタばれします)。
コランとクロエ
『うたかたの日々』、直訳すると『日々の泡』となるそうですが、前に私が読んだのはこっちでしたね。今回読んだのは光文社文庫の新訳です。
- 作者: ボリスヴィアン,Boris Vian,曽根元吉
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1998/03/02
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- 作者: ヴィアン,野崎歓
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『うたかたの日々』と『日々の泡』、どっちもいいタイトルですよね。刹那的な幸福と、それがすぐ消えてしまう儚さと、脆さゆえの美しさがよく表現されております。日本は本国フランスの次にヴィアンの小説がよく読まれているという話を小耳に挟んだのですが、これはすぐに散ってしまう桜を愛でるような文化的メンタリティを日本人が持っていることと、無関係ではないでしょう。
で、しつこい性格の私はたぶんタイトルについてだけで3000字くらい書ける自信あるんですけど、さすがにそれはあんまりなので次行きましょう。『うたかたの日々』には2組のカップルが登場します。主人公のコランとクロエ、その友人のシックとアリーズ。結論からいうと、2組とも幸せになれません。
まずはコランとクロエの話から始めると、前書きの後に登場するのは入浴を終えたコランの描写です。
櫛を置き、爪切りを手に取って、目つきに神秘的な感じを出すために、くすんだまぶたの端をぱちんと斜めにカットした、これはしょっちゅうやらなければならなかった、というのもまぶたがたちまちまた元に戻ってしまうからだ。
ここでもう読む側の好き嫌いがはっきり分かれてしまうと思うんですけど、『うたかたの日々』はこういう、ある種の幻想的な、シュルレアリスティックな描写が続きます。まぶたがたちまち元に戻ってしまうから、ぱちんと切る。蛇口をひねったら鰻が出てくる。ハツカネズミがしゃべる。教会の十字架にかけられているイエス・キリスト像と会話する。シナモンシュガーの香りがする雲に乗ってデートする……。シナモンシュガーのところも有名だと思うんですけど、「ひええ、甘すぎる」と思ってちょっと笑っちゃいました。シナモンシュガーの香りがする雲に乗ってデートしたことありますか? 私はないです。
トントン拍子に話が進むコランとクロエの恋愛は、小説の1/3くらいまできたところでついにゴールイン、結婚します。だけど幸せは束の間、新婚旅行でクロエは病気になってしまう。肺のなかに睡蓮が咲いてしまうわけです。これを治療するためには、勝手に動き回る怪しげな薬を飲んで、睡蓮を圧倒するくらいの花を部屋に飾って、水は1日にスプーンふた匙しか飲んではいけない。
それまで働かずに生活してきた資産家の息子コランは、クロエの治療費を払うために大嫌いな労働をしなくてはならなくなるのですが、仕事の才能がないのか、どこへ行ってもすぐにクビになってしまいます。最終的に就いたのは、不幸がある人に対して前日にそれを知らせに行くという『イキガミ』みたいな仕事で、その仕事によって自分の家の住所がリストに載っていることを発見します。クロエは明日死ぬ。
コランとクロエの物語は、まさしく冒頭の「ほかのものは消えていい。」をわかりやすくなぞっていて、クロエの肺のなかに睡蓮が咲いてしまったのは、新婚旅行の終わりなんですよね。恋愛が非日常から、日常になってしまうときです*1。儚さゆえの非日常は美しい。「日常のなかにだって美しさや素晴らしさを見出すことはできるぞ」とかいうのは、まあごもっともではあるんですが、それはいってみれば凡人の戯言で(いや、凡人の戯言も大切なんですが)、破壊的な享楽主義者にそんなこといっても通用しないわけです。
コランはクロエの治療のために必死で花で部屋をいっぱいにしようとするけれど、花は枯れてしまうし、結婚前のような恋愛の美しさはもう取り戻せない。そういう種類の「美しさ」があることを知り、理解してしまうことは、凡人である私たちを決して幸福にはしないでしょう。でも、それでいい。なぜならこれこそが『うたかたの日々』であり、ボリス・ヴィアンだからです……!
シックとアリーズ
ではずっと恋愛関係のまま、結婚しなければその美しさは保たれるのでしょうか? もちろん話はそう単純にはいかなくて、結婚せずに悲劇を迎えたシックとアリーズの物語もまた、「失われゆくものの美しさ」を表しているように思います。
シックにお金がないので、こちらのカップルは結婚できません。お金がないのは、シックの生まれのせいもあるけれど、彼がコランと同じ労働嫌いであることと、また彼が有り金をすべてジャン=ソール・パルトルという思想家の著作をコレクションすることに使ってしまうからです。
自分と一緒の時間を過ごすより、パルトルの著作を読むこと、講演に行くこと、また新しく出た著作をコレクションすることにご執心なシックに、アリーズは次第に失望していきます。
「彼、わたしのことが大好きだったのよ。パルトルの本と両立できると思っていたんだわ。でもそうはいかなかった。」
が、そこでパルトルが、『百科全書』を出版することが決定します。こんな巻数の多いバカ高い本を売られたら、お金のないシックはきっと本を盗んでしまうかもしれない。本屋の店員を殺してしまうかもしれない。
だからアリーズは、パルトルに『百科全書』の出版を中止、もしくは10年くらい延期してくれないかと頼みに行くんですが、パルトル側としてはそんな頼みを受け入れられるわけもないので、当然これを断ります。
それならと、アリーズは「心臓抜き」という謎の器具を用いて、シックが敬愛してやまないこの思想家のパルトルを殺してしまうんですね……! そして、パルトルの著作が売られている本屋に火を付ける。一軒だけではなく、彼の本がある本屋はどこでも、何軒でも。私はここの場面が小説のなかで2番目に好きですね、1番はラストシーンですが。
しかも、このアリーズの放火のあと、肝心のシックも税金を取り立てにきた役人に殺されてしまいます。いいことないですね。本物の美しさを追い求めようと思ったら、本物であるがゆえにそれは移ろいやすく、手にしようとしてもそれを長く留めることはできません。でも、それでいい。なぜならこれこそが『うたかたの日々』であり、ボリス・ヴィアンだからです……!(繰り返し)
ハツカネズミの自殺
で、私が最も好きなのがラストシーンなんですけど、コランとクロエの恋を見守ってきたかわいいハツカネズミちゃんが、クロエ亡き後のコランがもう見ちゃいられないというので、自殺してしまうんです。猫にお願いして、自分の頭を顎で噛み砕いてもらうのです。
というわけで、ハツカネズミと猫の会話でこの珍妙な恋愛小説は幕を閉じるのですが、その会話がまたなんかいいんですよね。
「つまり、その人は不幸なんだろう?……」
「不幸なんかじゃないわ」ハツカネズミは答えた。「心が痛いのよ。それがあたしには耐えられないの。それにいつか水に落ちちゃうわ、あんまりかがみこんでいるから」
クロエ亡き後のコランは、不幸なわけではないらしいです。ただ、心が痛いらしい。不幸であることと、心が痛いことは別なんですね。心を痛める何かがあるということは、それがないことよりも、幸福なのかもしれません。まあでも、そんなこといわれても心が痛いのは嫌ですが……。
★★★
世の中には本当にスゴイ人というのがいて、そういう人は作家になったり芸術家になったりしながら、たくさんの人々を翻弄しつつ情熱的に、享楽的に、短い生涯を送ります。『うたかたの日々』を書いたヴィアン自身は、一度失敗しているとはいえまあまあマトモな結婚生活を送っていたようなので、この例にはちょっと当てはまらないと思いますが(短命だけど)、コランとクロエ、シックとアリーズは現実にいたらけっこうヤバイ人たちですよね。この人たちは労働が大嫌いなので、ぜっったいに働きません。いや、コランはクロエの治療費を払うために後半は働くけど、もうイヤイヤやっているのが丸わかりです。この小説の、労働に対する嫌悪感はものすごい。大切なのは二つだけ、恋愛と音楽。ほかのものは消えていい。なぜなら醜いから……。
ごく常識的に考えて、普通の人はこんな考え方をすべきではありません。二つ以外にも大切なもの、美しいものはたくさんあります。だけど、そう考えたくなる気持ちは、わからんでもない。だからきっと、『うたかたの日々』みたいな小説があるんだろうなと思いました。
すぐに消えてしまう美しさを、文学という世界に、冷凍保存しておくために。
※映画と漫画もあるよ
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※あとこれが面白かったです
野崎歓 × 菊地成孔 /東京大学のボリス・ヴィアン―「うたかたの日々」を読む - YouTube
*1:訳者の野崎さんによると、睡蓮は妊娠のメタファーだという解釈がされることが多いようです。