実は8月上旬に読み終わっていたのですが、旅行等々でバタバタしていたらすっかり感想を書くのを忘れていました。というわけで本日は『奥田民生になりたいボーイ 出会う男すべて狂わせるガール』の感想文を書きますが、きっとネタバレするので未読の方はご注意ください。
- 作者: 渋谷直角
- 出版社/メーカー: 扶桑社
- 発売日: 2015/07/23
- メディア: 単行本
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ライフスタイル系雑誌がバカにされてしまう理由
こちらのマンガの主人公は、家電系の雑誌から、ライフスタイル系の雑誌「マレ」の編集部へ異動してきた、編集者のコーロキくん。最初は編集部のおしゃれピープルの音楽や雑貨やワインなどの慣れない話題に四苦八苦するのですが、次第にそんな環境にも溶け込んでいきます。コーロキくんが敬愛してやまないのは今も昔も変わらず奥田民生ですが、他のジャンルのちがう音楽にも勉強といいつつ手を出してみたりとか。
そんなコーロキくんの心を乱すのが、仕事先で出会ったレディスブランドのプレスの女性、あかりです。しかしこのあかりが曲者で、いわゆる「サークルクラッシャー」のごとく、「マレ」編集部の男性を次々に狂わせていくのです。そして「マレ」編集部はついに……! とこの先を語りたいところですが、ここから先はまじでネタバレになるので慎んでおきます。
この魔性の女・あかりについて考えてみるのもけっこう面白いと思うのですが、私がとりあげたいのは、やっぱり「ライフスタイル」「丁寧な暮らし」「サードウェーブ」などなどを取り囲む現状です。春頃に一度話題にのぼったあと、今は論争も下火になったような気もしますが、私も中立を装いつつ「どーなの?」とつい口を出してしまったエントリを書いています。
主人公のコーロキくんも最初、ライフスタイル系の雑誌である「マレ」と、その編集部にいるおしゃれピープルたちを、ちょっと見下したような目線で異動してくるんですよね。だけど、コーロキくんの不手際が招いたネット炎上のトラブルを編集部の人たちが受け止めてくれたあたりからそれもなくなり、以降は編集部の一員として、雑誌「マレ」の仕事をすっごく頑張ります。書店で、ライフスタイル系の雑誌をバカにしている読者、つまり私みたいなやつを実際に目の当たりにし、悔しい思いをしながらも、なんとかいい雑誌を作ろうと邁進していくのです。
コーロキくんが書店で見かけた読者のように、ライフスタイル系の雑誌がバカにされてしまう理由として、よく「本質的ではないから」みたいなことがいわれることがあります。私も春頃は「そうそう、本質的じゃないんだよねー」という論調のことをつい書いてしまっていたのですが、この作品を読んでいたら、ライフスタイル系の雑誌がバカにされてしまう原因は別のところにあったんじゃないかという気がしてきました。本質たって、何が本質なのかとか考えていくとよくわかんない話になりますしね。「本質的じゃない」って、いってる本人も意味わかってなかったりします。
「マレ」の編集部の人たちや異動してきたコーロキくんが、ものすごい信念をもって雑誌を作っていることが、この作品を読むとよくわかります。実際のライフスタイル系雑誌やウェブマガジンだって、きっと同じです。たとえ出来上がった雑誌が「上っ面」に見えたとしても、その裏に作り手のものすごい努力があったりだとか、真剣さがあったりだとか、編集者の強い思いが込められていたりだとかっていうことは、普通に考えられることです。
だから、「丁寧な暮らし」界隈に対してナナメに構えているような人間であっても、実際にそのモノ作りの現場を目にしたら気が変わることだってあるし、心を動かされることだってあると思うんですよね。私もナナメに構えてるほうの人間ですけど、実際にそういう雑誌の編集部の人たちと知り合いにでもなったら、悪くいわない、というかいえなくなると思います。それは利害関係云々の話ではなくて、たぶん、というか絶対、作り手には作り手のプライドがあるはずだし、テキトーに作ってるわけじゃないってわかるから。
だけど、どんなに真剣に作っても、裏にどんな思いをこめても、出来上がったものが「上っ面」に見えたらそれは「上っ面」になってしまうんです。作り手はどんなに真剣でも、消費者は基本的にテキトーに受け流すものです。それは絶対に覆せないものなので、「こんなに強い思いをこめてるのに!」っていってもそれは甘えというか、無駄なんですよね。これはブログを書いている私自身も自分のこととして痛感していることで、すっごいいろんなことを調べて真剣に書いても、読者に「上っ面」に見られてしまったらそれは所詮「上っ面」なんだな、って思います。裏にどんな思いがあっても。
もちろん、雑誌を実際に購入してくれている多くの読者は雑誌の世界観を受け止めてくれているわけだし、バカにしてくるのなんて所詮一部の人たちだけなので、そんな一部の人たちの声なんて無視すればいいっていう考え方も全然アリだとは思うんです。マンガのなかの「マレ」編集部の人たちは、実際この戦略をとっているように思いました。だけど、もし「バカにされないライフスタイル系雑誌」を作るとしたら、その戦略としてどんなものがあるかというのを、私は少し考えてしまったのでした。
このマンガの良い点は、ライフスタイル系雑誌編集部というおしゃれピープルの間で、1人の女をめぐるドロドロの愛憎劇が繰り広げられているという、そのギャップにあります。大げさな話にすれば、人間には必ず光の部分と闇の部分があるわけです。おしゃれピープルだって、いつもいつもおしゃれで丁寧な暮らしを送っているわけじゃなくて、ネットトラブルに巻き込まれたり男女関係で揉めたり、しょーもないことで日々頭を抱えているわけです。それはおしゃれピープルであっても、おしゃれじゃないピープルであっても、だれであっても同じなんですよね。
インターネットはある意味で、その「闇」の部分を見えやすくしたのかもしれません。上辺をどんなに装っても、裏に別の何かがあることはみんな周知のこととしてわかっています。だから、ライフスタイル系雑誌が一時期叩かれてしまったのは、そんな「光」の部分だけで構成された世界観に、みんながもうついていけない、というかついていく気がなくなってしまった、という背景があったんじゃないかなあと思いました。
なので、もし「バカにされないライフスタイル系雑誌」を作るとしたら、その制作過程を読者と共有するとか、その真剣な思い、バカにされて腹立つ悔しさ、そういう裏の部分も含めて全部見せていくしかないんじゃないかな、と思いました。逆にいうと、そこをオープンにしていけば、それまでナナメに構えていた読者だって取り込める可能性がある。編集部内の男女関係を大っぴらに公開しろ、とまではいいませんが、読者との共犯感覚というか、そういうものが作れたら「バカにされないライフスタイル系雑誌」というのが作れるのかも、というか、私がいうまでもなくそっちに舵を切ってる媒体がすでにあるような気もします。
「丁寧な暮らし」って、何も変なことをいっているわけじゃなくて、至極真っ当なことをいっているとナナメ派の私ですら思います。味噌汁は丁寧にダシをとってちゃんと作ったほうが美味しいし、そんなふうに作ったら心まであったかくなったような気分になります。だけどそれが叩かれるような目にあってしまったのは、繰り返しになりますが「裏」を見せなかったから、ドロドロした部分を従来のメディアと同じようにカットしてしまったからなのかな、と思いました。
ただ問題というか腕の見せ所は、その裏の制作過程をどのようにして公開していくかということで、そこらへんをクローズドな空間でやったりすることに今後はなっていくのかもしれません。世に出回る雑誌はやっぱりみんなが憧れるような素敵な世界で、裏のドロドロした、というかしょーもない部分はそれこそ袋とじにするとか、有料オンラインサロンのなかに閉じこめちゃうとか。
1つ確定的なこととして、おそらく「キレイな部分だけ見せるメディア」っていうのは、今後ますます成り立ちにくくなっていくんじゃないかなあと思いました。
渋谷直角さんはTwitterの描き方が上手い
さて、渋谷直角さんといえば、『カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生』を連想する方も多いのではないかと思います。私はこちらのマンガの感想も、以前書いています。
この『カフェでボサノヴァ』のときも思ったのですが、渋谷直角さんという人は、インターネットというか、特にTwitterの描き方がめっちゃ上手いと思うんですよね……。今回も、インターネットの露悪的な部分がよく描かれていて、普段よくこんなくだらないもん見てるなー、と肝が冷えました。くだらないといいつつこれからも見るんですけどね、今日も、明日も。
コーロキくんが外部のフリーライターとトラブルを起こし、そのライターがTwitterで愚痴をいっている様子とか、担当していた作家が原稿が遅れている状況にも関わらずTwitter上でクソリプと戦っていたりとか、togetterでまとめられている様子とか、ものすごい既視感がありました。
現実の世界でもたまに「いった」「いわない」で争いになることってあると思うんですが、Twitterみたいな世界だとその歪み方がヒドイというか、「いったもん勝ち」みたいな部分てありますよね。長期的に考えると「いったもん勝ち」ではなく実は「いわなかったもん勝ち」であったりもするのですが、その場ではとりあえず「いったもん勝ち」だなあ、と思いました。ただまあ、普通の人はTwitter上で愚痴というか、過剰な毒というのは出さないに越したことはないと思います。このマンガに出てくるフリーライターみたいな愚痴の吐き方をすると、失うもののほうが多いんじゃないかな……。
というわけで、渋谷直角さんの作品は今回も面白かったです。季節感はまるでないマンガなので「夏の終わりにぜひ」みたいなことがいえなくて残念なのですが、夏の終わりにぜひ。
- 作者: 渋谷直角
- 出版社/メーカー: 扶桑社
- 発売日: 2015/07/23
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