先日、TBSの『クレイジージャーニー』で犯罪ジャーナリストの丸山ゴンザレスさんによるメキシコ潜入取材の様子が放映されていましたね。そのへんの道路に拷問を受けた(と思われる)死体がフツーに転がってるという、ちょっとありえない映像でしたが、そういう地域がメキシコの一部にはあるみたいです。
なぜメキシコの一部地域はそんなに治安が悪いのかというと、麻薬の製造や密輸を行なうカルテルが、このあたりを支配しているからです。そして、丸山ゴンザレスさんが潜入取材を行なったまさにその地域を舞台にしたドキュメンタリーが、マシュー・ハイネマンの『カルテル・ランド』。
今回は、『カルテル・ランド』初日・ゴンザレスさんのトークショー付き回を観に行ってきたので、これの感想文を書きます。
メキシコ麻薬戦争とは
お願いだから、「メキシコ マフィア」でGoogle検索をしないでほしい。
— 下津曲 浩 (@shimotsu_) April 17, 2016
「メキシコ マフィア」でGoogle検索をすると、食欲が大幅に減退する画像がたくさん出てくるので、ダイエット中の方以外にはあまりおすすめしません。『カルテル・ランド』の舞台になっているメキシコの一部地域は、前述したように麻薬の製造密売組織であるカルテルが支配していて、政府ですら恐れをなしてなかなか介入できない状態だったといいます。だけど、カルテルのメンバーが銃を持って街中をふらふらしたり、民家に押し入って金品を奪ったりといったことが日常的にあっては住民もたまったもんじゃないので、映画ではミレレスという町医者を中心に、カルテルに立ち向かうための民間組織・自警団を結成します。
しかし、悪の組織・カルテルと、正義の味方・自警団の抗争! という単純な対立構造にはならないところが、このドキュメンタリーの見どころです。自警団は自分たちの町を自分たちの手で守るために立ち上がった勇気ある民間組織ではあるのですが、「銃を持った物騒なやつらが町をふらふらしている」という点では政府にとっても地域住民にとってもカルテルとあまり変わりません。だから政府は自警団を認めていないし、住民も自警団賛成派と自警団反対派がいるんですね。図にするとこういうかんじ。
TVの『クレイジージャーニー』だと、ゴンザレスさんが町で屋台を経営している女性に「この地域のカルテルについてどう思う?」と尋ねる場面があるんですが、女性は苦笑いしながら「どっちのカルテル?」なんて聞き返しています。悪のために結成された組織なのか、正義のために結成された組織なのか、そんな大義名分は住民にとってはどっちでもいいわけです。とりあえず、町で銃撃戦を始められたら困るし、自分たちの生活が脅かされたら困る。自分たちを守ってくれるのであれば、正義だろうと悪だろうとかまわない。政府公認だろうと非公認だろうとかまわない。自警団は正義の組織なのに、TVでも映画でも、住民から冷ややかな目線で見つめられています。
さらに複雑になる構造
自警団を組織した町医者のミレレスは、相当なカリスマ性を持った人物のようで、彼が町で演説を行なうと民衆がわっと沸きます。だけど演説の直後に、妻子持ちで、さらにけっこうなお年でもあるミレレスが若い女の子を思いっきり口説いていたりして、ちょっと「アレ?」といった印象も受けます。まあ女の子を口説くくらいなら、英雄色を好む的な話であまり非難すべきことでもないのかもしれませんが、理想的な正義、理想的な英雄、理想的なリーダーといったものを頭に思い浮かべていると、ここで一気に崩れます。
さらに、冒頭に現れる悪の組織・カルテル。彼らは監督のインタビューに対して、自分たちの行なっていることをとても切実に語ります。「違法なことだし、犠牲者を出していることもわかってる。だけどこの仕事以外で生計を立てていく術が現状ないんだ。俺たちだって、いろんな国を自由に旅行したりしてみたいよ。あんたたちみたいにさ」……うろ覚えですが、なんかこんなかんじのことをいっていました。
初日の上映特典で、渋谷のイメージフォーラムでは、メキシコで信仰されているらしいサンタ・ムエルテというお守りがもらえました。サンタ・ムエルテは死の聖母で、死神の格好をしています。この死の聖母は、カトリックの教えに添うことができない犯罪者や、道徳や倫理に背いてしまった人にもご利益を与えてくれるんだとか。ゴンザレスさんの話によると、カルテルにはけっこう信心深い人もいて、こういったサンタ・ムエルテのお守りを買って大切にしているそうです。サンタ・ムエルテ信仰は、政情が不安定で、暴力や死がすぐ近くにあるメキシコならではのものといえるのかもしれません。そしてここでも、私たちがそうであってほしいと願う、理想的な悪の像はガラガラと音を立てて崩れていきます。
さらに、映画の後半になると、なんと自警団が分立。飛行機事故に遭いリーダーを務めることが難しくなってしまったミレレスは、幹部の1人であったパパ・スマーフに、リーダー代理を依頼します。パパ・スマーフは自警団を政府公認の組織に昇格させ、制服を着ることを許可されたり高性能な武器を新たに貰い受けたりして、一見コトが上手く進んだかのように見えるのですが、自警団としての組織の役割は空洞化。政府公認の制服を着た物騒なやつらが、相変わらず武装して町を歩いているだけ、なんて事態になってしまったりします。
さらに、自警団であるはずのメンバーがカルテルと絡んでいたり、結局政府はどちらの味方なのか、あるいはどちらの味方でもないのか、そこもよくわからない。メキシコ国内だけでなく、隣接する米国のアリゾナ州でも自警団が結成されたりして、どの組織がどの組織と対立しているのか、だれが悪でだれが正義なのか、状況は映画を観るにつれどんどんカオスになっていきます。
まとめ
混沌を極めるメキシコ麻薬戦争。事態は収束していってるなんて話も聞きましたが、何をもって収束としているのかよくわからないし、実際の状況はどうなんでしょう。
トークショーでゴンザレスさんが強調していたのは、これは決して遠い国の対岸の火事ではないということです。
前にもブログで書いたことだけど、「タクシーの運転手がちゃんと働く」とか「スーパーのレジ係とちゃんと話が通じる」とか「夜道に女の子が一人で歩いて大丈夫」っていうのは、比較的格差が少ない社会の恩恵によるもの。誰もお金を払っていないから気づかないが、奇跡のように維持するのが難しい。
— 小倉ヒラク (@o_hiraku) April 2, 2016
日本社会でも格差の拡大が進んでいて、もしかしたらそう遠くない未来に、「安心してタクシーに乗ることができない」とか「近付いてはいけないエリアがある(そのエリアが拡大・増える)」なんてことが起こらないとも限りません。そうやって周囲への不信が募っていったり、無条件で他人を信頼することができなくなってくると、そこから社会は徐々に崩れていきます。実質的な無政府状態、道徳や倫理の欠如した社会に、我々がいつ身を置くことになるかわかりません。
だからといって今すぐ対策できるような具体的なことは何もないんですけど、「今のこの社会とは異なる社会のあり方を想定しておく」「正義(に思えるもの)にも悪(に思えるもの)にもそれぞれ事情があって、そして実質はどちらも同じ人間」ということを、あんまり忘れないほうがいいなと思う今日この頃です。
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