コレクションの始まりは、私たちと同じ「些細な興味」だったと語る、HN氏。
だれかに見せるためでも、周囲に自慢するためでもなく、ただ孤独に蒐集をしてきたというその禁断のコレクションを、7/10まで、銀座のヴァニラ画廊にて公開してくれています。今回は、このヴァニラ画廊で開催されている「シリアルキラー展」の感想です。
シリアルキラーたち
「シリアルキラー」とは、連続殺人などを行なった犯罪者に対して使う言葉です。シリアルキラー展では、このシリアルキラーたちが、獄中とかで描いた作品を一挙に公開しています。
チラシになっているピエロの絵を描いたのは、1994年に死刑になったジョン・ウェイン・ゲイシー。33人もの少年に性的虐待を加え、惨殺した殺人鬼です。他にも、ロマン・ポランスキー監督の夫人を殺害しカルト宗教の教祖となったチャールズ・ミルズ・マンソン、『羊たちの沈黙』のハンニバル・レクター博士のモデルになったといわれている、1000人以上の殺害を自供したヘンリー・リー・ルーカスらの絵がありました。1000人を殺害って、日本だとちょっと考えられない規模ですね。
にわかには信じがたい犯罪を犯したシリアルキラーたちは、いったいどんな絵を描くのか。それは、社会のルールに則って生きている(ということにしてある)私たちが描く絵とちがうのか、ちがうとしたらどのようにちがうのか、あるいは同じなのか。謎のコレクター(?)HN氏が「些細な興味」から作品の蒐集を始めたように、私を含めたお客さんたちも、「些細な興味」からこの展示を観に行くのだと思います。
この展示のメインになっているジョン・ゲイシーのピエロの絵は、確かに不気味です。でもそれは、ゲイシーの画力や心の歪みがそうさせているというよりは、ただ単にピエロそのものが不気味だからなー、という身も蓋もないことを私は正直思いました。他のシリアルキラーたちの絵も、凄惨で残酷です。人間の骨を釜でぐつぐつ煮ているようなやつとか、鎖に繋がれ監禁されている女性の絵だとか、十字架の絵だとか。だけど、観る人によるのかもしれませんが、私はそれらに「殺人鬼ゆえの異常性」みたいなものはあんまりかんじなかったんですよね。「1ヶ月あげるからこの展示に飾るダミーの絵を描いてくれ」と依頼されたら、私たぶん描けますもん。原色ギラギラで、ちょっと首をちょん切ったやつ描いたらだいたいこんなかんじになりそうですもん。
展示は盛況のようで、混雑していて人がいっぱいいたから余計そうかんじたのかもしれません。だけど、「殺人鬼は異常」「私たちとはここがちがう」みたいなポイントは、やっぱりあまりなかった。少なくとも、私には見つけられなかった。……と、いわざるを得ません。
犯罪者もただの人間
シリアルキラーの絵は、HN氏のようなコレクターもいたりして、一部の好事家には人気があるみたいです。好事家の気持ちはわりと理解できて、私ももし資産が唸るほどあったら、資料蒐集のような感覚でこれらの絵をコレクションしたくなってしまう気がします。
だけどシリアルキラーの絵って、究極の属人性絵画で、アートと作者を切り離したら途端に価値がなくなってしまうものが99%だと思うんですよね。一方、同じアウトサイダーアートに属するヘンリー・ダーガーの絵画などだと、アートと作者を切り離しても作品の価値はそのままです。私は、ダーガーが美大卒の一流のアーティストだったとしても、もちろん一介の掃除夫であったとしても、この人の絵は変わらずすごいなあと思います。
なので、これはそういう性質をあらかじめ理解して行くべきだと思うのですが、「シリアルキラー展」にアートとしての価値を期待していくとおそらく物足りなくかんじると思います。この展示を味わうためには、これを「犯罪者が描いた資料」として観に行くべきでしょう。(私がいうまでもなく、多くの人はそうしていると思いますが)
作家たちの経歴を見てみると、その多くが幼少時代に、親や近しい関係の者から虐待を受けていたことがわかります。ピエロの絵を描いたジョン・ゲイシーは生前、ずっと父親に認めてもらえなかったことを嘆いていたし、1000人以上を殺害したというルーカスの生涯は、私はちょっと同情してしまいました。もちろん、それによってこの1000人殺害という罪が減じるわけでは全然ないと思うのですが、こんな大罪を犯す前に、なんらかの社会制度が彼を救ってあげるべきだったのにと思います。
ヘンリー・リー・ルーカス - Wikipedia
※ヘンリー・リー・ルーカスは2001年に刑務所内で病死しています
シリアルキラー展を観に行って思ったのは、その展示に反して、「みんなただの人間だなー」ということでした。「史上最悪の殺人鬼!」などというと、まるで話が通じないモンスターかのように考えてしまいますが、よくよく見てみると、彼らには殺人鬼になってしまってもしょうがなかった理由があるように私には思えました。
高そうだから絶対買えないけど、私はジョン・ゲイシーの描いたピエロの絵を、部屋に飾っておいてもおそらく全然怖くありません。だって、それは普通の、私と同じただの人間の絵だからです。
もし殺人鬼に幻想のようなものを抱いている人がいたら、この展示は、いい意味でそれをぶち壊してくれるのではないかな、と思いました。