前回の書評でフライングして始まっているのだけど、11月に、バリ島を中心にインドネシアを旅行してきた。なぜバリ島だったのかというと、友人の結婚式があったからという真人間らしい理由が第一なのだが、正直なところ友人の結婚式など口実にすぎない。スペイン、モロッコ、ヨルダン、イスラエル、ギリシャの旅から帰ってきてもう半年以上経っている。そろそろ、どこかへ出かけないと気が狂ってしまう。そう考えていたところ、ちょうどよいタイミングで、友人からバリ島で結婚式をやるから来て欲しいというお誘いがあったのだ。
式を挙げた新婦とは小学校時代からの長い付き合いなので、「ごめん。気持ちの上では、あなたの結婚式より個人旅行がメイン」と馬鹿正直に伝えてしまった。それを聞いた彼女は、「まあ、なんでもいいよ……」という顔をしていた。
バリ島の11月は雨季だけど、結婚式の日は快晴だった。
旅行の期間は全部で11日間で、まずはLCCの乗り継ぎの都合でシンガポールへ向かう。空港から出ずに一晩明かそうかなと思っていたけど、あまりにも時間が長くて暇だったので、マリーナベイサンズとマーライオンを見に行った。
そして、翌日の朝にバリ島に到着。バリ島はUberが走っていて、ブルーバードなんかよりも安い。バリ島は公共交通機関がほとんど発達していないので、移動の足は主にタクシーかカーチャーターかツアーバスになると思うのだけど、空港からウブドなどへ向かうときはUberがいいと思う。
タクシーを降りてウブドの中心で散々迷い、ようやく田んぼのど真ん中にある宿を発見した私は、荷物を置いてお昼ご飯を食べる間もなくすぐに出発した。サティア・サイババのもとで学んだ女性に会わせてくれるという、ガイドさんのもとへ向かうためだ。
サイババの弟子に未来を占ってもらってきた。
サティア・サイババとは、ご存知インドのスピリチュアル・リーダーである。私がお会いした女性は、そのサイババのもとで学んだという40代くらいの人だった。なぜそんな人に会いに行ったのかというと、私は、バリ島が何であるかを知りたかったのだ。
バリ島とはまず第一にビーチリゾートであり、海が美しく、エステとショッピングが楽しめる観光地である。だけど同時に、インドから伝わったヒンドゥー教が独自の進化を遂げたバリ・ヒンドゥーの島、多神教の神を崇拝する島でもある。バリ島でいちばん高いアグン山という山は聖なる場所とされ、今でも信仰の対象だ。観光地としての俗なるバリと、神々が棲むという聖なるバリ。どうせ行くなら、そのどちらも見てみないと面白くない。美しい海だけじゃ満足できない。私は「もっとヤバいバリ」が見たかったのである。
ちなみに、バリ島の世界観をもっともわかりやすく小説にしているのは、よしもとばななさんかなと思う。『マリカのソファー/バリ島夢日記』という作品では、解離性同一性障害を抱えた主人公が、神様がヤモリのようにうじゃうじゃといるバリ島の世界にすっとなじんでいく。山には聖なる神がいて、海には邪悪な神がいる。その他にも、よくわからない神様がたくさんいて、一部ではまだ黒魔術が信じられている。バリ島の伝統的呪術師は「バリアン」と呼ばれ、今でも島民の精神的な悩み、体の不調などの相談にのってくれるという。サティア・サイババのもとで学んだというその女性も、そんな「バリアン」の1人だ。
- 作者:吉本 ばなな
- 発売日: 1997/04/01
- メディア: 文庫
しかしもちろん、バリ島に何のコネクションもない自分が、そんな人にいきなり「会いたいです」といっても会ってもらえるはずがない。なので、ここは正攻法を使い、約8000円をお支払いして「客」として出向くことにした。8000円を払うと、バリアンが私の未来について占ってくれるという。正直占いにはあまり興味がないのだが、バリアンに会えるのなら背に腹は変えられない。
ウブドの中心で待ち合わせていたガイドさんは、ワヤンさんという男性だった。この後同じくワヤンさんという名前の男性に4人くらい会ったので、インドネシアではよくある名前なのだろう。とりあえず、約8000円をインドネシアルピアにてその場でお支払いし、私はワヤンさんの車に乗って山の奥深くへ入っていった。前日が空港泊で、しかも朝から何も食べていなかったため、憔悴していた私は車の中で爆睡してしまった。なので、結局どこへ連れて行かれていたのかよくわからない(起きていればGoogleマップを常に見ていたのだが)。たぶん、ウブドから2時間くらい走ったと思う。
バリアンのもとに到着すると、そこはちょっと広めの一般のお宅のように見えた。占いをしてもらう前に、通訳さんと一緒にマントラを唱えながら、ガネーシャ像の前をぐるぐると歩かされた。
奥の離れのような建物の中に通され、そこで「バリアンに聞きたいこと」を3つ通訳さんに伝えた。1つは仕事のこと、2つはお金のこと、そして3つは旅行のこと(相性のいい国とか)。アラサーで未婚の女性であれば定番の質問であろう恋愛のことをすっとばしたあたりから、私がいかに占い自体には興味がないかをおわかりいただけるかと思う。通訳さんは、ありがたいことに日本語ができる人だった。聞きたいことを伝え終えると、通訳さんはおもむろに部屋の奥のほうにあった壺から柄杓で水を掬い、正座で座る私の頭上にそれをじょぼじょぼと垂らした。これはスピリチュアルウォーター、聖水であると彼はいった。
それから数分その場で待たされた後、ようやくバリアンの占いの準備が整ったというので、私は部屋のさらに奥に通された。もちろん写真は撮れなかったが、その部屋は、私がこの30年近い人生で見た中で、最も常軌を逸した空間であったように思う。ガネーシャや得体の知れない動物の像が並ぶ部屋の内部は、赤や黄色や金やその他原色で派手に彩られ、部屋の奥、左端にバリアンが鎮座している。私はそのバリアンに向かい合うようにして座り、またも「スピリチュアルウォーター」といわれて頭上からじょぼじょぼと水をかけられた。
占いの結果
ただならぬ雰囲気に怯えていたが、占いそのものはわりとあっけなく終了した。まず仕事についてだが、「今後1年半は大きな動きはない」という。そしてお金についてだが、「食うに困ることはないが大きく成功することもない」と、ありがたいんだかがっかりなんだかよくわからないことをいわれた。ちなみに、今後金運が上がるとしたら、それは2年後だという。もしかしたら、1年半後に何か大きな仕事に成功して、2年後あたりにその収入が入ってくるのだろうか。そう考えるとなかなか悪くないような気がしなくもない。
そして旅行運だが、「アメリカと中東は相性が悪い」といわれたのがわりとショックであった。アメリカは私の大好きなフィッツジェラルドの故郷だし、中東は今後もばんばん訪れたい場所である。相性がいい場所はと聞くと、「タイとバリ島」。別にアジアが嫌いなわけではないが、すごく普通のことをいわれたので、こちらも少し拍子抜けしてしまった。私はもっと、マダガスカルに行けとか、エチオピアの遺跡に行けとか、アルゼンチンの最南端に行けとか、チベットの奥地に行ってシャングリ・ラを見つけてこいとか、突拍子もないことをいってもらえたらいいなと期待していたのだ。
そして最後に、私のオーラを見てくれるという。まず、私の中で最も強い色を発しているオーラは緑。緑は、調和や安定などを表す色だという。次に見えるオーラは白で、これは聡明さや賢さを表す色らしい。ちょっと嬉しい。そして3つめに見えるのは紫色で、これはアイディアなどが豊富な様子を表しているらしい。
占いに多く時間が割かれることはなく、要件をさっさと伝え終えたバリアンは、私にパワーを注入してくれるということでひたすらマントラを唱えていた。私は正座してバリアンの唱えるマントラにじっと耳を傾けていたが、途中で何度も「私は何をやってるんだ……」という思いに駆られた。マントラを唱え終わると、バリアンは木の棒のようなものを取り出し、それで私の額をとんとんとつついた。これも、パワーを注入する儀式だという。そのときは気が付かなかったが、後で宿に帰ると、棒にはインクのようなものがついていたようで、私のおでこから赤い液体が垂れていた。
感想
占いの結果については、正直よくわからない。「この人、なんで私のことを知ってるの……!?」ということもなかったし、身に覚えのあることをいわれたような気もするが、所詮バーナム効果の域を出なかったと思う。実は占いの最中、必死にいわれたことをメモっていたのだが、旅行から帰ってきた後にそのメモを紛失するというていたらくだ。直接ではないにしろ、これがあのサティア・サイババの力なのかと思うと、やはり拍子抜けしてしまった。
だけど、もしかしたら、私が信じていなかったのがダメだったのかな、などとも思う。「バリアンのパワーとやらを見てみようじゃん」という野次馬根性ではなく、もっと必死に悩んで人生の回答を求めていたら、ちがう結果が帰ってきていたかもしれない。なんとなくわかるのだが、こういう類のものは、好奇心で覗き込む程度の連中にそうやすやすと真の姿を見せてはくれないのだ。しかし、私も人生の悩みがまったくないわけではないが、それは言葉の通じない初対面の人間にいえるような単純な話ではないし、また占いで解決できるようなものだとも思っていないので、こればっかりはしょうがない。
バリアンと通訳さんにお礼をいい、ワヤンさんの車でウブドに戻る途中、地元の人で賑わっている屋台によってもらった。スイカとバナナとサテを買う。おなかいっぱい食べても200円くらいだった。バナナはなぜか、焼き芋のような味がした。
旅行記、次回へ続く。