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チェコ好きの日記

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富裕層の世界をのぞいてみよう|サザビーズとクリスティーズ

サザビーズと、クリスティーズ。

この2つの単語をきくと、私は何だか居心地が悪く、そわそわそわそわしてきてしまうのですが、それもそのはず。

この2つは、世界でもっとも有名な、オークション会社です。数々の美術品を富裕層と高値でやりとりする、アレです。

なぜ私はこれらの単語をきくと、そわそわそわそわしてきてしまうのか。

それは、美術・芸術という自分の専門分野であるはずなのに、唯一絶対に足を踏み入れられない、踏み入れることができないという、何とも歯がゆい場所に、これらのオークション会社が存在するからです。

芸術が専門領域である私にとっても、(お金持ちでないが故に)謎が多かった、サザビーズとクリスティーズ。


しかし、サザビーズ・ジャパンの社長が、その富裕層の世界を、非常にわかりやすく楽しめる本にしてくれていたので、本日、ちょっと紹介します。

サザビーズ  「豊かさ」を「幸せ」に変えるアートな仕事術

サザビーズ 「豊かさ」を「幸せ」に変えるアートな仕事術

★★★

富裕層の世界

サザビーズという会社は、1744年、イギリスで創業します。それに22年おくれて、1766年、サザビーズの永遠のライバルである、クリスティーズが創業します。

サザビーズで扱っている品物は、現在では75分野にわたり、絵画、彫刻、宝飾、時計、陶磁器など、さまざま。そんなサザビーズの日本支社に、この本の著者である石坂泰章さんは転職、社長に就任します。

この石坂さんという方、ご自身も前職で商社に勤めていたそうですが、お父様も商社、そしておじい様は第一生命や東芝のほか、100あまりの会社の役員を務めていたという、財界の大御所。富裕層を相手にビジネスをする人もまた、富裕層ということですね……(遠い目)

そして、サザビーズで働いているそのほかの人たちも、先祖代々働いたことがなく、自分の代がはじめて働くという(!)貴族出身の方などがいるそうです。貴族ですよ貴族。


そんな方たちが、美術の専門知識はもちろん、作品を見極める眼、コレクターと付き合う社交性、ビジネスをとってくる営業力などを身に付けて、切磋琢磨して働いている会社。

それが、サザビーズなんだそうです。

そして、サザビーズで働くスペシャリストたちが作るカタログ・レゾネ(作品のデータや、代々の持ち主などが載っているカタログ)をもとに、顧客である富裕層はお気に入りの作品に狙いをつけ、ニューヨークでオークションが始まります。

 サザビーズ・ニューヨーク本社ビル7階。
 天井までの高さは10メートル、体育館のように広い。オークション会社の持つ、自前の会場としては、世界で一番大きいはずだ。
 普段はがらんとしているここも、今は700ある客席がびっしりと埋まり、立見は300人ほどいて立錐の余地もなく、何ともいえぬ熱気に満たされている。
 会場の端には、場外からのビッド(入札)をサザビーズのスタッフが受け付ける電話が50台ほど並んでいて、私はそこで受話器をとっている。(中略)
「ではロット番号23番、ピカソ。最初のビッドは900万ドル(約9億円)、900万、900万。はい、右手前の方、900万。次、左の方、950万……」

何だかとんでもない世界ですが、オークションの熱気あふれる描写は、一生関係ないとわかっていても、ちょっと興奮します。

しかし、いいなぁと思ったのは、このオークションで落札された品物が、代々林業を営む日本の資産家の邸宅に運ばれたときの描写です。

家のなかに、オークションで落札した作品を運び終わって、石坂さんと夫人が休憩してお茶を飲んでいる、というところ。

「これが、ピカソの作品が出展されていた、1939年のMOMA美術館のカタログです。もう一冊は、ご主人がお好きなラウシェンバーグのコンバイン・ペインティングを収録してある本です」
 いずれも貴重な古書で、それぞれ15万円する。夫人は2冊のページを少しめくったあと、壁に掛けられたばかりのピカソに見入る。
「このドラ・マール、無理したと思ったけど、本当に落せてよかったわ。いい作品ね。顔の線が好きよ。ドラ・マールの中でも、キュビズムがすごく大胆に表現されているわ」
「ピカソがこれを描いたのは、大作のゲルニカを描き終えた後ですから。新たな気持ちで筆をとっているので、絵全体にはつらつとしたものがみなぎっていますよ」
そこから美術談義に、花を咲かせた。夫人は美術について、実に詳しい。しかも、興味は西洋美術にとどまらない。話は、ピカソが影響を受けたアフリカ彫刻から、日本画や中国陶磁器にまで及んだ。

ゆ、優雅。なんか、うらやましい。

大学院時代の先生に、「美術品コレクターにはなれなくても、10万~50万円くらいで買える、ものすごくお気に入りの一品を、一生に一度と思って手元に持っておくのも悪くないよ」と、いわれたことを、思い出しました。


絵画は本で見ることだってできるし、美術館に行って見ることもできます。


でも、その作品のオーラすべてを、自宅で独り占めできて、作品とともに生き、同じ時間を過ごせるって、どんな心境なんだろうと思いました。

サザビーズのオークションには一生参加できそうにありませんが、確かに、20万円くらいの作品を一生に1つくらい買っても、バチはあたらないかも。

Can you live with it?

始終、「関係ね~、私には関係ね~」っていう感じの描写が続いた本書ですが、読んでいくうちに、著者の石坂さんは、本当に美術を愛しているのだということが伝わってきます。

お金持ちでも、貧乏でも、愛する気持ちは同じなのです。(と、信じたい)

そして、「コレクター」といわれる富裕層の方々も、見せびらかすためにテキトーに話題の作品を買っているわけではなく、やっぱり、自分が本当に愛している作品を、選んで悩んで買っているのだということがわかって、ちょっと安心しました。*1

作品を買う際の判断基準として、
“Can you live with it?”
という自分への問いかけが有効なのだそうですが、

これ、涙が出るくらい、とてもいい言葉ですよね。


その作品とともに、生きられますか?


さすがに数億円の絵画を手にすることはできないでしょうが、その質問に「YES」と答えられる作品と一緒に時を刻めたら、こんなに素敵なことはないでしょう。

すぐれたアートは、限られた、ごく一部の才能によって作られる。しかし、作品は万人に開かれているのだ。私は一人でも多くの人が、作品と深いかかわりを持ち、そこから精神的な富を受け取ることを願ってやまない。

今はあまり美術に興味関心がないみなさんも、20年後とかでいいです。

この作品と、ともに生きたい。

そんなふうに思える作品と、出会ってください。私も、そんな作品に出会えたらな、といつも思っています。


作品を購入することができなくても、やっぱり芸術を愛する醍醐味ってそこだよなぁ、と思わせてくれる本でしたよ。

*1:もちろん、なかには投機目的の人もいるみたいですが。