チェコ好きの日記

もしかしたら木曜日の22時に更新されるかもしれないブログ

非オタクだったけどアラフォーでまさかの二次創作デビューしたので……

長らくブログを放置していたのですが、久しぶりに本の紹介まとめでも告知でもない、ブログらしいブログを書こうと思いまーす。ちなみに告知などを除くと1年以上放置していたこのブログ、突然更新された本記事はなんとボリューム1万字を超えているので、皆さま心して読んでください。

さて、ライターのチェコ好きとして書くこのブログやnoteを放っぽり出して(AMの連載はずっと続いているけど)最近の私はいったい何をしているのかといえば、pixivに二次創作小説を投稿して遊んでいるのですね!


このことは、書き手としてはいかがなものかと首を傾げる人が大半かもしれません。

世の中の風潮のせいなのか私の体力の衰えのせいなのかあるいはその両方か、最近はとにかく、ブログを書く気にならなかったんですよねー。というか、書くネタが浮かんだら、それは商用原稿のために大切にとっておこうって思ってしまうようになって。ひと昔前は書くネタなんて無尽蔵にあったけど、今それは「大切にとっておくもの」になってしまったのです。

そうやって、私は書くことへの情熱を少しずつ失っていくかに見えた……見えたのだが!

二次創作、めっちゃ楽しい!!!!!

実は、AMのほうではすでに小出しにしているんですが、私は昨年の夏頃、唐突に某作品において空前絶後の推しカプができてしまったのです。いてもたってもいられなくなり、この情熱をどこにぶつければいいんだ!? そうか、pixivか!!! となり、もちろん「ライター:チェコ好き」とはまったく関連のない別名で、pixivにアカウントを作りました。Twitterで、その推しカプが好きな人たちと交流する専用の別垢も作りました。今まではアニメもほとんど見ないしコミケも行ったことないし、なんだかんだオタクとは無縁の人生を歩んできたのですが、30代半ばにして突如、二次創作ガチ勢のオタクになってしまったのです。

最近ライター人格のほうはブログのほうもTwitterのほうもご無沙汰ですが、なんてことはない。pixivには毎月2万字くらいのペースで小説を投稿しています。さらに言うと、ついに同人誌即売会にも馳せ参じて約10万字の書き下ろし小説を頒布してしまいました。書きたいことが、言いたいことが、無尽蔵に浮かんでくる! これはちょうど26〜27歳くらいのときの、私がいちばん熱心にブログを書いていた頃と同じです。


繰り返しますが、pixivで、二次創作です。このことは、書き手としていかがなものかと首を傾げる人が大半かもしれません。でも、私は自分で自分が嬉しかった。私にはまだ、情熱があった。書くことへの執着を失ってはいなかった。場所と題材を変えればまだまだまだまだ文章を書ける人間だった。それが二次創作だって全然かまわない。情熱と執着が自分の中でもう一度燃え上がったことが、本当に嬉しかったのです。

そういうわけで以下は、近況報告を兼ねた「ここがヘンだよ二次創作」を書き連ねます。

動機が「楽しい」しかない世界、最高

さて、私が二次創作で取り戻したものは情熱と執着と、もうひとつあります。それは「自信」。

今までずっと、自分は所詮2015年前後のブロガーブームに上手く乗っかっただけの人間で、それで運良く商業出版までできたけど、根本的なところではそれほど文章力なんてないんじゃないかって疑念が拭えなかったんですよね。だから、pixivでフォロワーゼロの状態から真新しいアカウントを作って、小説を投稿して、それをどこまで受け入れてもらえるのかって、最初は本当に未知数だったんです。

もちろんブクマ(pixivでいう「いいね」みたいなもの)の数がすべてではないことは、ブロガーとして文章を書いていた頃と同じです。しかし結論から言うと、自分でも驚くほど、私の文章は二次創作の世界で受け入れてもらうことができました。つまり、わかりやすくいうと、界隈でバズった!


場所を変えて、ブロガーブームで下駄を履いてしまった(と自分では思っていた)「チェコ好き」の看板も下ろして、文章の形態ももちろん「エッセイ」から「小説」に変えて、それでも私の文章はたくさんの人に読んでもらえるものなんだ! ってわかったことで、けっこう素直に自信を取り戻してしまえたわけです。もちろん二次創作ではあるんだけど、二次創作の中にも「読まれる二次創作」と「読まれない二次創作」はあるので、私はどうやら前者に属せるくらいの小説を書ける文章力はあるらしい。まあ、ブロガーブームで下駄を履かせてもらった部分は決してゼロではないんだろうけど、自分の文章力はそんなに卑下するほど低いものではないらしいと、今は自分で普通に思えています。


そして、ここからが本題なんですが、たとえ二次創作でも「小説」の面白さを受け入れてもらえる喜びって、独特のものがあるんだなと知りました。

私は2015年前後のブロガーブームの生き残りなのでこういうことを言いますが、「小説」を面白いって言ってもらえることって、当たり前だけどその内容の有用性とはまったく関係ありません。

ただの推しカプ小説なので、こんなのを読んでもキャリアアップできないし、転職に成功しないし、アフィリエイト収入で儲けられないし、副業でも成功できません。モテないし、ナンパに成功しないし、彼氏彼女もできないし、結婚もできません。痩せないし、健康にもなれません。これからの時代を生き抜く新しい視点も得られません! 読む側にとって、現実的なメリットはゼロのはずなんです。でも、読んでもらえる。忙しい生活の中で手を止めてもらえる。なぜなら、それが「(メリットなどなくても、純粋に)面白い」から。これがねー、なんかすっごく嬉しかったんですよね。たくさん反応がもらえる理由がシンプルに「小説が面白いから」っていうのが。2015年前後のブロガーブームで魂が汚れきってしまっている人間には新鮮だったのです。

さらにいうと、「二次創作小説を読む」ことで得られる現実的なメリットは当然ゼロなんですが、「二次創作小説を書く」ほうだってこちらも当然、現実的なメリットはゼロです。

2015年前後のブロガーブームを思い出してみると、大なり小なり、みんなどこかで下心があったと思うんです。たとえば、いちばんシンプルなものとして「PVをいっぱい稼いでお金を儲けたい」がありました。次点で、「バズって有名になってライターになりたい」とか「本を出したい」とか「仕事に繋げたい」とか。みんな大なり小なり何かメリットを求めて文章を書いていた気がするし、私自身も例外だったとは言えないでしょう。下心は必ずしも悪いものではないですが、動機がピュアか? と言われるとそんなことはなかった。

でも、二次創作小説を書いて得られるメリットってそれに比べると見事にゼロです。ご存知の人も多いと思いますが、そもそもの話、二次創作は法的にはグレー。あくまで「出版社様・原作者様にお目こぼしをいただいて、公式様の迷惑にならない範囲で、個人の趣味として楽しむ」が鉄則であり、ここを破ったら同人文化全体が危うくなるので、「利益を出したらダメ」なのです。

そもそもダメなので、当たり前だけど二次創作でお金儲けを考える人はほぼいません。同人誌即売会でお金とってるのは、あれは「印刷代」であって、10万円かけて100冊の本を刷り、それを1冊1000円で頒布しているのです。売れ残ったらそのまま赤字*1。pixivに小説をあげる金銭的メリットはゼロだし、同人誌即売会で本を出すのは、金銭的メリットがゼロどころかむしろマイナスになる可能性を抱えています。

ただ、私はここにこそ二次創作の文化の最大の面白さがあると思っているんですけど、つまり、「金儲けはできないが、市場はある」という奇妙な状態がここに形成されているんですよね。いや、市場って言葉は適切じゃないかもしれないけど、他になんて言ったらいいのかわからない。旅行とかワインとかテニスとか、金銭的メリットが得られない趣味は他にもいっぱいあるけど、どれも「市場」はないじゃないですか。でも二次創作の文化は、「金儲けはできないが、市場はある」という状態なんです。市場、うーん、発表の場?

もちろんそこで承認欲求に駆られて、たとえ金銭的なメリットが得られなくてもより多くの人に注目されたいが故に「大衆ウケ」を狙った作品を作る人はいます。でも「大衆ウケ」は、たぶん書いてる本人が楽しくないからあとが続かないんですよね。そこでお金が儲けられれば、本人が楽しくなくてもお金のためならと「大衆ウケ」を書き続けられてしまうんだろうけど(というかそれができる人は商業に行ける)、二次創作は金儲けができないので、基本的には「書いている本人が好きなもの・楽しいもの」しか市場に出てこないんです。作家がマイナスを引っ被ってもいいから出したいと思ったものだけが出る。つまり、いい意味で読者や世間をガン無視しており、究極の自己満足を追求したものしか即売会の机に並ばないんです。

作家自身の究極の自己満足を追求したものだけが並ぶ市場、これはねー、足を運ぶとちょっと感動しますよ。ここにあるものほとんどすべて、金儲けを無視しているんだって。「好き」「楽しい」「愛」だけを集めた市場。同人誌即売会にいる人の顔があんなにキラキラして見えるのって、きっとこれが理由なんじゃないかな。金儲けにもならない、キャリアアップも望めない、モテないし健康増進にもならない、それどころかむしろ金銭的なマイナスを被る可能性のあるものが、「自分の中の衝動を抑えきれなくて出してしまった」ものだけが集まる同人誌即売会。昔からオタク文化にどっぷり浸かっている人にとっては「何を今さら」と思うかもしれないけど、私はこれまで非オタクだったので、これは現代においてなかなか貴重な場なのではないかと思いました。


(※ 健康増進にならないどころか、〆切ギリギリまで徹夜などをして同人活動で体調を崩す人は多い)

今、二次創作は誰がやっているのか

 
ところで、もしかしたらこんなふうに思った人がいるのではないでしょうか。というか、少なくとももともと非オタクだった私はTwitterに別垢を作るとき思いましたね。「30代半ばの女が二次創作なんかやって大丈夫なのか」と。若い子ばっかりで、もしかしたら自分、最年長とかでドン引きされてしまうんじゃないかと。


結果的にいうと、これは完全に杞憂でした。うちのジャンル*2の年齢層が若干高めってのはあると思うのですが、30代半ばの私、最年長どころかむしろちょっと若手でした! 私が活動しているジャンルは、若い子だと18歳くらいの人もいるけど、上はアラフィフの人だって珍しくはありません。40歳前後はむしろボリュームゾーン*3。私くらいだと、ど真ん中か、ちょっと若いくらいです。「40代で同人誌即売会なんて大丈夫かしら」と怖気づく人はけっこういるみたいですが、結論からいうと、まったく問題ないケースがほとんどだと思います。カレー沢薫先生もそう言っております。

www.pixivision.net

もはや「同人イベントは若者しかいない」という認識こそが中高年丸出しなのではないかという気さえします。

はい、その中高年丸出しの認識だったのが私でございます。

もちろん私もすべての二次創作界隈を見たわけではないのであくまで「うちのジャンル」に限った話にはなりますが、うちのジャンルはとにかく「子育て復帰組」が多い。就職・結婚・妊娠などを機に一度は脱オタした女性が、育児を経て、子供が小学生か中学生くらいになって、ちょっと自分の時間ができて久々にアニメに触れたら特定のキャラにどハマりしてしまい、ウン十年ぶりにオタク界に復帰してしまったというパターン。こういう人がたぶんいちばん多いですね。もちろん大学生とかもいるし、私のような独身もいるし、0歳の子供がいるのにイベントで必ず新刊を出す強者なお母さんもいますが。




逆に理解している人からすれば「年を取ろうが家庭を持とうが活動を続けていいのだ」という励みになると思います。


自分では自覚がないかと思いますが、就職を機に離れた世界に子育てを経て返り咲き、さらに齢40を過ぎて、二次創作やイベント参加という新しいことにも挑戦というのは「子育てを経て大学に入り直して海外留学」に匹敵するぐらい人生これからやで感のある良い話なので、堂々と参加してください。


オタクに復帰というか、むしろ若い頃はROM専だったのに、推しのことが好きすぎて40歳になって初めて絵や漫画や小説を描き/書き始めた……って人もけっこういる印象です。そういう人が、作品数を重ねてメキメキ上達していくのを見るのって、純粋に明るい気持ちになります。自分の手で何かを生み出すのって、創作って、楽しいよねー。特に長く育児に従事してきたお母さんたちは、誰のためでもなく自分のために作品を作るのがアイデンティティの確立と癒しになるのか、むしろ私のような独身よりも同人活動にのめり込みやすいような気さえします。みんな衣装ケースの底とかに薄いブックを隠して頑張っている。

綾城さん、本当にいる

と、ここまでは二次創作文化のポジティブな面について語ってきましたが、ネガティブな面にも触れておかないとフェアではないので、私個人としてはあんまりないけど一応その話もします。数年前に流行った『私のジャンルに「神」がいます』*4というマンガを記憶している人は少なくないかもしれません。こちらのマンガは、とあるジャンルで「神」と崇められるほどの実力を持つ字書き(=二次創作小説を書く人)綾城さんを巡る、女オタクの悲喜交々を描いた作品です。


さて、うちのジャンルにも「綾城さん」がいます。ちょっと他の人とはレベルが違う字書き。圧倒的に文章が美しく、圧倒的に構成が上手い。そして圧倒的に「推し」がかっこいい。うちのジャンルは二次創作界隈にしては珍しく、マンガと同じくらい小説が存在感を持っているんですけど*5、綾城さんの突き抜け方はちょっと他の人の追随を許さないところがあります。ちなみに、パッと思いつく限り、うちのジャンルに綾城さんはいるけどおけけパワー中島はいません。うちのジャンルの綾城さんは、マジの孤高の人なので……。


www.pixiv.net
(※一部は pixivでも読めます)

二次創作の世界では、基本的にお金儲けはできません。でも、金銭的には得られるものが1円もなくても、人間には承認欲求ってのがあるわけで。自分の創作物をより多くの人に見てもらいたい、より多くの人から(ポジティブな)反応が欲しいと思ってしまうのは、まあ普通の感覚ではないでしょうか。そのため、神字書き「綾城さん」に嫉妬してしまうこと、または「綾城さん」となんとかお近づきになりたいと思ってしまうこと、それに関連する人間関係のトラブルなどなどが、うちのジャンルでもゼロとは言いません。とはいえ、ジャンルにいる女性の年齢が高めなせいか、匿名ダイアリーを漁るとあるようなドロドロはそこまでない気がしますが。しかし、毒マロ来ちゃった! みたいな話はたまに聞く。

anond.hatelabo.jp

ちなみに私自身はうちのジャンルの綾城さんをどう思っているかというと、普通に大ファンです! 過去の既刊も手に入るものはすべて揃えたし、ブログも全記事読んでいるし、即売会ではお手紙(※後述)を渡しています。嫉妬とかはあんまりないかなー。綾城さんがブログで勧めていた小説技法の本を自分でも読んでみたりしています。

同人誌即売会でいちばん喜ばれる「差し入れ」とは

ところで私は昨年初めて自ジャンル自カプの「オンリーイベント」というやつに足を運んだのですが、即売会で作家さんから新刊を買うとき、必須ではないけど差し入れを持っていくといいよ〜と聞いて……つい、BAKEのプレスバターサンドとか持っていかなきゃいけないのかと思ってビビったんですよね。新刊を買いたい人何十人といるから、1人1人にそんなことしてたら金がかかってしょうがない。大人ってこえ〜! と。


しかし、結論から言うとこれはまったくの勘違いでありました。同人誌即売会は、もちろん差し入れなんか持たずに新刊を買うお金だけを持って行っても何も問題ないですが、確かに差し入れを持っていくと喜ばれるし、何よりそれをきっかけに挨拶したり交流したりがやりやすくなります。ただしその差し入れとは、BAKEのプレスバターサンドなんかである必要はないようです。「同人誌 イベント 差し入れ」などで調べた結果、私はカルディで買った100円の煎餅を配った。そして私も100円〜500円のお茶だのクッキーだの入浴剤だのを大量にもらって帰ってくるので、イベントは行きも帰りも大荷物です。


大の大人が数百円のお菓子を交換するというこのちまちましたやりとり、何か意味あるのか? と最初は思っていたんですが、体験したあとならわかる。意味はありますね。前述したように、何のためにそんなちまちましたことをやるのかというと挨拶や交流のためです。カルディで買った100円の煎餅20枚に1つ1つマスキングテープで自分のTwitterのアカウント名を書いて貼り、「新刊楽しみにしてました!」とか「いつも支部(pixiv)見てます!」とか言いながら渡すわけです。はっきり言って準備はめちゃめちゃめんどくさいが、何も書いてないBAKEのプレスバターサンドより「○○さんの小説が大好きです!」とひとことメッセージが書いてある100円の煎餅のほうがもらったほうは嬉しいと、自分も新刊を出す側の人間になってみてわかりました。もとより金儲けとかの場ではないですしね。


あと、初めて知ったときは斬新に思えてビビったのですが、女性向け同人誌即売会でいちばん喜ばれる作家への贈り物は、BAKEのプレスバターサンドでもなく100円の煎餅でもなく「手書きの手紙」だと言われております。手紙を、便箋に、ペンで書いたことなんてもう20年以上前なんだが!? 初対面の人間に手書きの手紙って重くない?? しかし郷に入っては郷に従えの精神で私は生きているので、先ほど登場したうちのジャンルの綾城さんには、「大ファンです!!!!!」みたいなことを便箋3枚分書き、封筒に入れて、初めてお会いしたときお渡ししました。自分の人生で初対面の人間に震えながら*6手書きの手紙を渡す日が来るとは思わなかったが、生きているとこんなこともあるようです。そして一度「そういうもんだ」と思うとあとはもうそれが普通になるので、私はイベントのたびにいろんな人にお手紙を書き、また自分ももらったりしています。今ではこの感覚に慣れてしまったので、即売会以外の場所でもついうっかり「大好きです!」と書いた手紙をいきなり人に渡してしまいそうで怖い。気を付けます。

たとえ毛蟹に生まれ変わっても不倫はしない──現パロの功罪

さて、ここまでは二次創作界隈をうろついている人間の属性や人間関係、そして即売会の様子などについて書き連ねてきましたが、以下は二次創作の「内容」についてです。もちろん数行で簡単に言い表せるようなものではないのだが、女オタクはpixivでいったい何を書いて/描いているのかという話です。


まず王道として「原作になかった場面を埋める」というのがあります。原作だと戦闘シーンのあとすぐに場面が変わっているが、その場面が切り替わる前の夜の描写を、妄想で埋めるみたいなやつ。私がメインでやっているのはこれです。「どういうの書いてるの?」と二次創作のことを何も知らない人に聞かれるとめちゃめちゃ困るんですが、ストレートに答えると「86話と87話の間に一晩挟まっていると思うので、今はそこの会話を書いている」とか言うことになります。ただ、二次創作のことをちょっとでもわかっている人には「原作軸」と言うとだいたい通じます。


そしてもう一つの王道として、「現パロ(現代パロディ)」がある。これは、たとえば原作の舞台が江戸時代だったりした場合、その舞台を現代日本に変えてしまうやつです。原作では兵隊だったり魔法使いだったりするキャラを、現代に持ってきて高校生とか会社員とかにしてしまうわけです。私が活動しているジャンルではこの「現パロ」がめちゃめちゃ多く、むしろ原作軸よりも王道になりつつあると言っても過言ではない。もっと詳しく知りたい人はカレー沢薫先生のコラムを読んでください。

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現パロというのは割と好みの別れるジャンルである。


二次創作というのはどれも妄想なのだが、中には「原作に近い妄想がしたい」というストイックなタイプもいる。

そういうタイプからすると現パロというのは原作からの飛躍が激しすぎて、ついていけないらしい。

そう、コラムにあるように、私はどちらかというと「原作に近い妄想がしたい」というストイックなタイプ。すべての現パロがつまらないとは思ってないのですが、やっぱり現パロは「原作からの飛躍が激しくてもはや原作キャラと人格が変わっている」「攻めも受けもキャラ崩壊しているのでこの話をこのカプで書く必要性がわからない」という作品が、正直、少なからずあります*7。もちろん、そもそも素人が利益も出さず趣味でやっているんだから各々好きにすればいいし、「必要性とかなくてもこのキャラに制服を着せてこのセリフを言わせたいんだもん!」みたいな欲求もまったくわからないわけではないので「現パロを書くな!」とか言うつもりはないのですが、もうちょっとでいいから原作軸の作品も増えないかな〜っと、願う日がないではないです。そして、この「原作軸」「現パロ」から派生して、「転生パロ」があったり「年齢操作」があったり「逆行」があったり「◯◯if」があったり「オメガバース」があったりと、無限に種類が増えていくイメージ。カプもの二次創作はとにかく「攻め」と「受け」さえいれば舞台はなんでもいいという世界であったりします。

しかし、ごくまれに「もうキャラ崩壊とかはどうでもいい。その方向で突き抜けてほしい!」と思う奇跡のような作品に出会うこともある。あまり詳しく言うと私のいるジャンルを特定されてしまうのでぼかしますが、私が感動したのは「動物転生パロ」であります。

これは何かというと、つまり、「攻め」と「受け」現代日本の人間どころかむしろ毛蟹に転生させてしまうわけです。毛蟹に転生させるとどういうことが可能になるかというと、原作ではどう考えても「受け」を束縛などしない穏やかな性格の「攻め」を、交尾のあとに生殖孔にフタをしてしまうような束縛系ヤンデレに生まれ変わらせることができるわけです。人間の姿のまま束縛系ヤンデレにしてしまうこともできるが、それだと穏やかなはずの「攻め」の性格を変えなければならず、キャラ崩壊になってしまう。そこで、もともとそういう本能を持つ毛蟹に生まれ変わらせたらむしろキャラ崩壊を防げるのではないかという、逆転の発想が生まれるんですね。私個人はストイックな原作軸のほうが好きだけど、現パロを否定したくないのは、こういう自由な発想の二次創作が生まれる土壌を枯らしてしまうのは非常にもったいないと思うからです。

そういうわけで、「攻め」と「受け」さえいればなんでもいいというのは、本当になんでもいいんです。高校生でも会社員でも、蟹でもウニでも、好きに生まれ変わらせたらいいのです。ただちょっと面白いのは、うちのジャンル、毛蟹転生パロはあるのに不倫ものはないんですよね。私が見逃している可能性はあるけど、「そういえば見ないな」と思ってけっこう頑張って探してるんですが1つも見当たらない*8。毛蟹に束縛されるのはOKだけど不倫はNGなのか……と思うと、良くも悪くも女性が多いジャンルなんだなと思います。

素人の作品見てそんなに面白い?

ところで、たまにこんな質問をされます。「決して完成度が高いとは言えない素人の小説や漫画を読んで、本当にそんなに面白いのか」と。答えは、私の場合「本当にマジで面白い」です。

「面白い」には二通りの意味があって、一つは、ストレートに面白い場合。これは、そもそも二次創作=素人がやっている、という認識がちょっと間違ってるというのもあります。二次創作は基本的に利益が出ない趣味活動ではあるが、いわゆる「神絵師」は、イラストレーターだったり漫画家だったりアニメーターだったり、本業ではプロであることもけっこう多い。pixivで「なんかこの絵見たことあるんだよな〜」と思った数日後、その人の商業漫画をTwitterで発見するみたいなことはたまにあります。私も、プロと呼べるかは疑問だが底辺ライターではあるので、まっさらの素人かと言うとちょっと違う気がします。そんな感じで、二次創作は素人がやっているからクオリティが低いとは必ずしも言えず、二次創作だけどプロがやっていて公式かと思うほど絵も話も上手い、みたいなケースは別に全然珍しくありません。


もう一つは、通常とはちょっと違う面白さを見出している場合。私の場合はpixiv探索が最近ちょっとフィールドワークじみてきているので、先ほどのように「毛蟹転生はあるけど不倫はないんだな〜」とかを発見するのが、まあ面白いです。推しカプの創作とはつまり現代女性の欲望の塊なので、「この表現はOKだけどこの表現はNGなんだ」みたいなのを数百〜数千単位の小説を読みながら分析していくのが楽しい。2014年までは無理やり系がけっこうあるけど2020年以降は全然見ないな! とか、もちろんジャンルによって差はあるんだろうけど、やっぱり何かしらの傾向はあるものです。MeTooは二次創作界隈にも大きな影響を及ぼしている。


さらに、これも通常とはちょっと違う面白さになるのかもしれないけど、「楽しんでいる人を見るのが楽しい」みたいなのもすごくあります。たとえば、お世辞にも絵が上手いとは言えない人がいたとしても、その人が自分の中の「好き」を表現し続けて、数ヶ月、半年と時間をかけて確実に上達していく過程を見るのが楽しい──楽しいというか、人間の前向きなパワーを吸って養分にできるんですよね。お金儲けもできないしキャリアアップにもならないけど、私も絵を描いてみたい、小説を書いてみたいっていう人から、「陽」のエネルギーを吸えるんですよ。中高年の同世代から「陽」のエネルギーを吸うとマジで元気になります。特に、その「陽」のエネルギーを持つ生身の人間が集結する同人誌即売会は、私は本が欲しいというより「場のパワー」を吸いたいから行っている気がします。本が欲しいだけなら通販でも買えるのでね……。だから、上手い人の作品もいいけど、技術的にはそんなに上手くなくても、心を込めて作られたのがわかる創作物なら私は余裕で大好きです。なんというか、「物」よりも、その創作物に宿る「気」を買っている感じ。


さて、冒頭でも書きましたがそろそろ1万字を優に超えているので話をまとめます。


二次創作は楽しいです。コストもそれほどかからないし、30代だろうが40代だろうが50代だろうが誰も気にしないし、前向きになれるので、ぜひ始めてみてください──本当はこのブログを読んでいる全員にそう言えたらいいのですが、そうは言えないのが非常に惜しいな、と思っています。


なぜなら二次創作とは、やってみよう! と思い立って「始める」のではなく、ある日唐突に推しに出会ってしまい、止むに止まれず「始めてしまう」ものだからです。「やってみたいから推しカプとやらを見つけてみようかな」ではたぶん全然ハマらない。「やるつもりなんかなかったのに推しが好きすぎて手を出してしまった」みたいな感じじゃないとたぶんそんなに楽しくないと思います。意図せず推しカプに出会ってしまった私は、おそらくめちゃくちゃラッキーだったのでしょう。

なので、このブログをここまで読んでくれた人に私から言えそうなことは、「ボーッと生きてるだけの中高年でも突然ものすごいパッションが燃え上がることがあるので、そんなに落ち込むな」みたいなことですかね? いや、私も今はものすごいパッションが燃え上がっているが、来年は、再来年はどうかわかりません。もう燃え尽きて灰になっているかも。でもたぶん、「燃え上がった」事実自体がこの先も私を励ましてくれる気がするので、たとえ冷めちゃう日が来ても、「あの30代半ばの日々は青春だったな……」と、今を懐かしく思い出せる気がします。そのためにわざわざ紙の本を印刷して頒布したのだし、ブログにこの記事を書いているのです。


まあそんなごちゃごちゃ言わずとも、「オタクって(いろんな意味で)すごいな」という話として読んでもらえればオッケーです! 二次創作、めちゃくちゃ楽しいよー! みんなやってみて! とは言えないのが本当に惜しい。

でも、ライター:チェコ好きの活動もまだ全然執着はあるので、このブログももうちょい更新したいですね!

*1:コミックマーケットとは何か?」によると、参加しているサークルのうちだいたい7割は赤字だそうです。15%はトントン。

*2:作品のことをなぜか二次創作界隈ではこう言う。『鬼滅の刃』『呪術廻戦』『Fate/Grand Order』などのジャンルがある、ということです。

*3:ところで、私が活動しているのはいわゆる「女性向け」と言われているジャンルですが、実はよく目を凝らしてみると男性の書き手もいます。割合でいうとたぶん3%くらい。ちょっと男性にとっては居づらい場所かな〜と感じたりもするので、もしかしたら性別を偽っている人もいるかも。でも男女間のトラブルなどは私の知る限りだと0件で、男性も女性もみんな黙々と自分の推しを書いて/描いております。

*4:ところで、こちらの作品に対して「女オタクから各ジャンルの原作へのリスペクトが感じられない」という批判を見たんですけど、私はそんなに気になりませんでした。というか、女オタクの間では原作へのリスペクトは自明のことすぎるので、わざわざ言及する必要がなかったのでは。原画展に行く話とかもあるし、あの作品に出てくる女性たちはみんな原作リスペクトは普通にあるんじゃないかなー? と私は思いました。

*5:これも本当にジャンルによりますが、「字書きに人権なし」と言われるくらい小説の人気がないジャンルもあるらしいです。

*6:本当に大ファンなので好きすぎて緊張のあまり手が震えてしまった。こんなに大好きな人にはもう生涯出会えないかもしれない

*7:原作軸でもそういう作品はあるし、私が書いているものがそうではないという確証もないが……

*8:と、書いたあとに1つだけ発見しました。でもまあ1つ。

週休3日で働く/文化系トークラジオLifeに出演しました

だいぶ事後報告ですが、6月の「文化系トークラジオLife」に出演していました。以下のリンクから聴くことができます。テーマは「3日目の休日、何をしようか?」。

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ちょくちょく申し上げているように、私は2016年からずっと週休3日制の働き方をしております。会社で週4働き、1日を文筆業の仕事のために使っているので、実質週5で働いているってことでは? って気もするのですが、6年続けているだけあって、この働き方は私自身にとても合っているようです。


学生時代、私は「働きたくなかったから」を動機に文系大学院に進学(入院)するという世の中をナメきったアホだったわけですが、なぜ働きたくなかったのかというと、当時の私は「働く=週5で会社に行く」ことだと思っていたからだな、と今ならわかります。


まさか世界がコロナウィルスによって一変するなんて思わなかったし、「週5で会社に行く」以外の選択肢を与えてくれる企業と出会えるとも思っていなかった。でも、もしも週4や週3でいいなら、あるいは電車に乗って会社に出勤しなくてもいいなら、私はむしろ「企業(組織)に所属して一定の収入を確保しつつ働く」のが性に合ってる人間なのだと、35歳になった現在ではわかるようになりました。なぜならコミュ障だからです。フリーランスとして、自分で人脈を開拓しつつ、毎月新しい人と顔を合わせるような生活は私には無理。さらに言えば、毎月収入に大きな変動があるとか、いつ収入が断たれるともわからない状況で働くのも無理。でもコラムやブログの文章を書く仕事は好きだし、会社以外の場での(広義の)仕事仲間もちょっとは欲しい。ということで、わりとわがまま放題を言っているなと思うのですが、地頭が悪い上にたいした才覚はなくとも、地道に探っていればこんな世界線にたどり着けるという一例だと考えてもらえればいいなと思ったりしています。


というか、週4〜3でいいなら、私はむしろどこかの組織に所属していたい(=適度に距離が保たれた人間関係を継続的に持っていたい)人間なので、今の働き方をあと20年くらい続けて、50代後半くらいからは週2で会社勤務とかにして、書き物の仕事も細々とずっと続けて、そのまま75歳くらいまでずっと働きたい、とか思っています。もちろん何が起きるかわからないのが人生なので今はあくまでそう「思っている」だけですが、こうして考えると私はけっこう「会社組織で働く」のが好きなようです。学生時代の自分が聞いたらびっくりするだろうな。でも付き合い方の濃度を変えるだけで「絶対やだ、大嫌い」と思っていたものが「むしろけっこう好き」になるのだから、本当に、選択肢は多様であるべきだと思います。すべての人にとって。


「働く=週5で会社に行く」だと思っていて、それを苦痛に感じている人も、「働く=週4決まった時間に自宅PCの前に座る」だったりとか、「働く=週32時間好きなように時間を使って作業する」になったら、それほど苦痛ではなくなったりするかもしれない。むしろ、働くことが楽しくなったり、人生が充実し始めるかもしれない。私はたいしたことはしゃべっていませんが、このラジオを聴いてくださった方が、そんなことを考えてくれたらいいなと思います。


AMの連載でとり上げた本のまとめ(No.51〜60)おすすめ優先度付き

AMの連載で公開したものが溜まってきたので、まとめです。時期としては2020年7月〜11月に書いたやつでした。

以下は過去のぶん。
aniram-czech.hatenablog.com

第51回 「なんとしてでもお金を手に入れて欲しい」と100年前にヴァージニア・ウルフは熱っぽく語った

おすすめ優先度 ★★★★☆

生々しい話になるけれど、実は私が結婚願望を完全に手放せたのは、「とりあえず何があっても自分のスキルと人脈で一生食うには困らない(はず)」と自分の経済力をほぼほぼ確信できた2018年頃だった。まあ経済力といってもたいしたことはない、私はたまの海外旅行以外はほとんどお金を使わない人間なので……。「私はお金のために夫と結婚した」なんて堂々と言う人はなかなかいないだろうし、それがいちばんの理由なんかではないことが大半だろうけど、では今の世で「もし離婚したとしても経済的にはまったく困らない」と言える女性がどれくらいいるだろうか? とはたまに考える。結婚とお金、火を吹きそうなテーマなのであまり言及したくないけど、もう少し突っ込んでみたいところではある。

第52回 外に出られないので「食」と「住」に凝る!さらに歴史も楽しめるおすすめ本5冊

おすすめ優先度 ★★★☆☆

他、
『流れがわかる! デンマーク家具のデザイン史(多田羅景太・誠文堂新光社)』
『世界史を大きく動かした植物(稲垣栄洋・PHP研究所)』
『くさいはうまい(小泉武夫角川ソフィア文庫)』
『ひと皿の記憶(四方田犬彦ちくま文庫)』

これはメインで紹介した澁澤龍彦の本以外に、北欧家具の本、植物の本、発酵の本、食べ物の本をまとめて取り上げた回。まだまだ続くコロナ禍のなかで「衣」の重要度は私の中で落ちる一方だけど、相変わらず「食」と「住」は関心を持ち続けている。でも「食」は、料理が好きじゃないので、自分の手をどうこう動かすよりは「いい醤油を使う」「いい味噌を使う」「いい味醂を使う」などの発酵テクノロジーに完全に依存している。

第53回 他者の目なんて気にする必要ないけれど、他者の目を通すとちょっとだけ新鮮。ミランダ・ジュライ『あなたを選んでくれるもの』

おすすめ優先度 ★★★☆☆

AMのほうには書かなかったけど、『あなたを選んでくれるもの』で一個だけどうしても受け入れられなかった記述があって、このミランダ・ジュライという人は子供を持つことにこだわりを持ちすぎているんだよな……もちろん他人にそれを押し付けるのではなく個人でこだわるぶんには第三者は文句を言えないんだけど、ミランダ・ジュライは映画監督であり作家なのだから、ラストでどうにかそれを昇華して欲しかったなあと、個人的には思いました。そこがいいっていう人もいるんだろうけどね。

第54回 常に体調が悪い、やる気はない、他人に邪魔をされて頭はぼんやり…クリエイティブな女性著名人たちもみんな同じだった

おすすめ優先度 ★★★★★

これはAMですごくたくさん読んでもらえたらしい回。体調が良くてやる気が漲っている日のほうが珍しいのはまあみんなそうだと思うので、なんとかしたいですよね。村上春樹の文章は気に入らなくても、村上春樹の執筆スタイル(早起き+ジョギング+ボウルいっぱいのサラダを食べる+たっぷり執筆+夜更かしせずに早く寝るetc)は「すげえ」と認めざるを得ないって人はけっこういるのではないか。ちなみに私は湿度が高いとすべてのやる気を失う人間なので、今年、除湿機を買って本当に良かったな〜と思っている。

第55回 「こんなこと思ったらダメなんじゃ」と本音をごまかす。フェルナンド・ペソアの詩を読もう

おすすめ優先度 ★★★★☆

ポルトガルの詩人フェルナンド・ペソアは、今だったらTwitterで裏垢を作りまくって「なりきりポエム」を書きまくっていたんじゃないか……なんて話があるけど、「なりきりポエム」ってなかなか大変なんだよね。自分以外の誰かの生活や心情を想像するってけっこう難しいのですごい。一昔前に流行っていた「キラキラアカウント」の中の人も、イケてるレストランやらナイトプールやらを調べたり、またはお値段が高そうに見えるよう工夫して写真を撮ったり、真面目にやったらあれは大変ですよ。でも、そういう「自分ではない誰か」だからこそ言える本音もあるんだろうな。ちなみに今の私には同人オタク用の裏垢があり正直「チェコ好き」よりアクティブにツイートしているけど、これは「なりきり」じゃないからね〜。

第56回 3人の子供を立派に育てたマダムの本当の姿が暴かれる。「守るべき人」を持つ人に贈るホラー小説

おすすめ優先度 ★★★★★

これもAMでたくさん読んでもらえたらしい回。けっこう意地悪な話だけど、この小説は私も大好きだ。

嬉しかったのは、子育てがほぼほぼ終了したアラフィフくらいの方から「わかる!」とか「読んでみたい!」などの感想をいただいたこと。自分自身の属性ゆえ私が書く内容はどうしてもアラサーからアラフォーの独身女性向けの内容になってしまいがちだけど、この年になってくると独身の女性もなかなかいないので、読んでくれる層をもっと広げられたらいいな〜と常に思っているのだ。特定の属性の人に刺さるものではなくて、性別も年齢も属性も超えて届く、普遍性のあるものを今まで以上に書けるようになりたいな。

第57回 2020年、パッとしなかった…閉塞感に苛まれたときに読みたい『蜘蛛女のキス』

おすすめ優先度 ★★★★☆

『蜘蛛女のキス』はほぼ全編がセリフで書かれている(地の文がない)変わった小説。セリフだけな上、舞台が監獄の中からほとんど移らないし、登場人物2人の会話だけで進んでいく。だけど物語はとてもダイナミックで、これだけ制約だらけなのによくこんな物語が紡げるなと思う。こじつけかもしれないけど、今の生活から広がりを感じられない人、窮屈な思いをしている人が読んだら救われるのではないか(私は救われた)。

第58回 元カノのSNSをチェックして嫉妬する自分が嫌…でも巨匠・ゴダールの妻も同じだった

おすすめ優先度 ★★★★☆

アンナ・カリーナアンヌ・ヴィアゼムスキー、アンヌ=マリー・ミエヴィル、ゴダールの奥さんはいつだって誰だってなんか鮮烈である。『女は女である』のアンナ・カリーナは眩しすぎるけど、その後妻となったアンヌ・ヴィアゼムスキーははたしてどんな日々をゴダールと過ごしたのか、それが彼女のこの手記でわかる。由緒正しい貴族のお嬢様が世紀の映画監督と恋愛したらどんなロマンチックな物語になるのかと思いきや、この手記に書かれているのは陳腐でありふれた物語だったから、余計にぐっときてしまった。個人的には『中国女』のヴィアゼムスキーがすごく好き。

第59回 「めちゃくちゃに犯されたい」淫らな欲望を“ポリコレ違反”で切り捨てていいのか

おすすめ優先度 ★★★☆☆

この本は、女子学生向けに「みなさんわかりましたか? 男はこうやって誘うんですよ」って感じで書かれているので、ひと昔前ならユーモアとして受け止められただろうけど、今の世だと「何が『みなさんわかりましたか?』だコラ」と各所から怒られそうである。私もそういう書きっぷりはあまり好きじゃないが、とはいえ内容は面白い。別に無理やり実生活に生かさなくても、「世の中にはいろいろな変態がいていろいろな性癖を持っていていろいろな文学が生まれているんだな〜」となるだけでいいので、読んでみてほしい。

第60回 なぜ「婚姻届」を提出するのか?「なんかそういうことになっている」を考えさせた出来事

おすすめ優先度 ★★★★☆

多和田葉子さんのこの本、去年金沢21世紀博物館に行って、例のプールを見るために行列に並びながら読んだな……捉えどころがなく、ふわふわしている小説。しかし、ふわふわしているのに重量がある。私たちは「これ」が普通だと思っているけど、普通と異常は簡単にひっくり返るし、実は境界線は曖昧だということを教えてくれる。

最後にわたしの本も宣伝

出版してから実はもう2年が経ってしまいました。コロナ的な意味で世の中の状況はこの本を出した頃と比べると様変わりしてしまったし、私自身もいろいろと考えていることや実践していることがあるので、そろそろ「本のまとめ」以外のブログを書きたいですね。

2021年上半期に読んで面白かった本ベスト10

すごく遅くなりましたが恒例のやつです。今年の上半期に私が読んだ本の中で、面白かった本10冊のまとめ。まじで、だいぶ遅くなってしまった……「今年の上半期に出た本」ではなく、あくまで「私が読んだ本」の中で順位を決めています。

ちなみに2020年末のやつはこちら
aniram-czech.hatenablog.com

10位『八月の光ウィリアム・フォークナー

フォークナー、今の時代にすごく必要なメッセージが書かれているような気がするのでちょくちょく読んでいるんだけど、読みやすい小説ではないのでそんなにハマりきれていない自分がいる。今まで手にとった中でいちばん読みやすかったのはフォークナー本人が「金のために書いた」と言っている『サンクチュアリ』かな。笑 

八月の光』の主人公は、白人と黒人の混血児であるジョー・クリスマスである。自分は白人なのか、黒人なのか、どちらにも属せないでいる主人公の苦悩と悲劇。個人的には、ラストがリーナ・グローブの旅で終わるところが好きだ。

9位『最後の瞬間のすごく大きな変化』グレイス・ペイリー

グレイス・ペイリーの小説は初めて読んだ。翻訳は村上春樹。これまた読みやすくはない小説で、「これは皮肉のつもりで言ってるの? どういう意味なの?」みたいなセリフがけっこうあるので考えながら、ページを進める必要がある。

短編集『最後の瞬間のすごく大きな変化』で私がいちばん好きな話は、連載しているAMでも書いたけど『ノースイースト・プレイグラウンド』。11人のシングルマザーが登場する話だ。シングルマザー同士の対立や、「あなたたちの支援がしたい」と言いながらトンチンカンな提案をしてくる部外者など、本当に皮肉の塊のような意地悪な小説で、読後にほっこりしてしまう。

8位『マイトレイ/軽蔑』ミルチャ・エリアーデ,アルべルト・モラヴィア

個人的に、好きだったのはモラヴィアの『軽蔑』のほう。だいぶ前にゴダールがこれを映画化したやつを観ているはずなんだけど、全然内容を覚えていない!

私はたぶん「正しい選択なんてわからない、第三者が後付けであれこれ言うことはいくらでもできるが、そのとき自分が持っている情報のなかでより最適そうな回答を導き出すこと以外にできることはない」みたいな話がすごく好きなんだと思う。ラストシーンのおぞましいほどの美しさは、今回の10冊のなかでトップだと思っている。

7位『打ちのめされるようなすごい本』米原万里

これを読むと読みたい本リストが延々と増えていく感じの読書本なのかな〜と思い軽い気持ちで読み始めてみたら、確かに読書本の側面はあれど、晩年の米原万里がいかに癌と闘ったかという闘病記だった。そのため、文学やノンフィクション以外に、いかがわしいものも含めた癌関係の本がけっこう紹介されている。

米原万里といえど、自分の命が危うくなれば疑似科学に救いを求めてしまう。その様子にはとてもリアリティがある。しかし最後の最後で、自分の体を差し出してまで救いを求めた先の疑似科学に目が覚め、「間違っている」と告げるのは、やはり米原万里という人の強さなんだろうなと。高いお金を払って時間も自分の命も投資した疑似科学を最後の最後まで信じてしまう人はたくさんいるだろうし、私自身も病に侵されたら、そうならないとは限らない。

6位『雪を待つ』ラシャムジャ

チベットが舞台の小説。詳しい感想はnoteに書いた。個人的には「古き良き共同体を懐古する」みたいな感覚をほとんど持たない人間なんだけど、それはそれとして、主人公が山頂から自分たちの住んでいた村を眺める少年時代のラストシーンは素晴らしい。

マイ・ロスト・シティー』でスコット・フィッツジェラルドエンパイアステートビルにのぼってニューヨークの街を見下ろすシーンが好きなんだけど、「自分の住んでいた世界は、こんなちっぽけなものだったんだ」ってなる展開がたぶんツボなんだろうな。

5位『信号手』チャールズ・ディケンズ

こちらは青空文庫で読んだ短編。これが面白かったので、「世界怪談名作集」にあるものを以来、ちまちまと読んでいる。

「お〜い、下にいる人!」と列車の信号手に声をかけるところから始まって、あれ、なんかおかしいな……? と気づくホラー短編なんだけど、「ギャー!」って感じのホラーではなくて、じわじわ薄気味悪くて最高。加えて、ディケンズの命日に関するエピソードを合わせて読むと薄気味悪さ5割増しでなおいい感じです。

4位『パチンコ』ミン・ジン・リー

AMでも感想を書いたやつ。勢いのある娯楽小説(と私は思う)で、ほとんど寝ずに読んだのですぐに読み終わってしまった。在日韓国人の問題、女性差別の問題、障害者差別の問題など様々な視点から考えることができるけど、私が好きだったのは上巻p64にあった、以下のセリフ。弱さや邪悪さというのは、強者になったときに現れてくるものだ。

「本物の悪人がどういうやつか知りたいか。平凡な男をつかまえて、本人も夢見たことがないほどの成功を与えてやるだけでいい。どんなことでもできる立場になったとき、その人間の本性が現れる」

3位『ダークツーリズム入門 日本と世界の「負の遺産」を巡礼する旅』

全然旅行に行ける気配がないので、こういう本を読んで気を紛らわせている。もう少し落ち着いたら国内旅行には行ってみようかなあ。ベタに軍艦島は行ってみたいと思っている。いつか行きたいのは、ブルガリア共産党ホール!

知っているところから知らないところも、「早くここに行きたい」が無限に溜まっていく旅行ガイド。

2位『完全版 池澤夏樹の世界文学リミックス』

池澤夏樹の世界文学全集を毎年1〜2冊くらいのペースで読み進めていて、まあ毎年1〜2冊なのでいつになったら完全制覇できるんだ!? という感じではあるのだけど、いつかは完全制覇するつもりで読んでいる。これは一足先に、その文学全集の全体像をつかもうと読んでみたやつ。知っている小説もほとんど知らなかった小説もあり、読みたい本リストに本が溜まっていくし、あと私は池澤夏樹の書評がやっぱり好きなんだなと気付かされる。

実際にこの中から手にとって読んでみたのはジョン・アップダイクの『走れウサギ (上) (白水Uブックス (64))』とか。女性的な観点で考えるとひどい小説なんだけど、私はアメリカ文学における「逃亡」ってどうしても魅力的に思ってしまうんだよな。

1位『失われた宗教を生きる人々』ジェラード・ラッセ

ずっと読みたい本リストの中に入れっぱなしだったのを、やっと今期になって読んだ本。失われゆく中東の宗教について取材した一冊なんですが、本当に失われつつある宗教っぽいので、10年後に信者の方が生きているのか不明です。

今もアフガニスタンが不穏な中等だけど、まずは、「中東=イスラム教」という認識を覆してくれる。レタスを食べるのをなぜか禁じているヤズィード教徒とか、イスラム教の宗派のひとつ? なのに輪廻転生を信じているドゥルーズ派とか、ゾロアスター教とか。それらはイスラム教よりキリスト教よりずっと歴史が古くて、特に「握手」の習慣はこれらの失われゆく宗教がキリスト教に与えた影響ではないか、みたいな仮説は面白かった。

そして、政情的に不安定な地域に住んでいるこれらの宗教の信者の方はしばしば他国に亡命するわけだけど、他国では自国での宗教を信じ続けることが難しかったり。特に結婚相手に制約がある宗教だと、亡命した途端に未婚のまま詰んでしまったり。やっぱり「宗教」と「土地」ってすごく密接な関係にあるんじゃないかと思わせてくれる本で、2021年上半期に読んでいちばん興味深かった一冊として、私はこれを推したい。

流水りんこさんのマンガを(ほぼ)全作読んだので推しの5作品を決める

相変わらず旅行に行けない日々である。いや、旅行に行けないのは百歩譲って我慢するけど、最近の私のいちばんの落ち込みはセルゲイ・ポルーニンの公演チケットとっていたのに中止になったこと。セルゲイくんの生跳躍見たかったな〜。

まだコロナとどう付き合っていけばいいのかわからなかった1年前は、「旅行のエッセイやマンガを読むと行けないことが悲しくなるから」という理由で、旅行関係の本は一切開かず、発酵食品の本とか北欧家具の本とかをちまちま読んでいた。それはそれで楽しかったのだけど、最近は悲しいのをどうにか乗り越え、またエッセイやマンガで旅行成分を摂取できるまで、メンタルが回復してきた。


そしてその回復を手伝ってくれたのが、私の場合は、練馬区在住・旦那さんがインド人のカレー屋であるという流水りんこさんの作品だった。疲れているときってあんまりカロリーを消費するマンガを読めなかったりすると思うんだけど、流水りんこさんの作品はいい意味で体力使わずに読める、つまりマンガ界のおかゆなのである。松坂牛ステーキ的大作もいいけど、体力ないときはおかゆに限るでしょう。というわけで、昨年末から今年初めくらいにかけて、けっこうメンタル疲れていたらしい私は流水りんこさんの作品をほぼ全作読んでしまったのであった。

人におすすめのマンガを聞くとたいてい大作を答えられてしまうというか、答えるほうとしてもついサービス精神で、読み応えのあるものを! っていうセレクトになっちゃうと思うんだよね。でも、体力ないときに大作を勧められても読めないわけ。今年完結した『大奥』とか『進撃の巨人』とか、ああいうのばっかりが読みたいんじゃないわけ(好きだけど)。


そして、「おかゆ」的マンガは世の中にたくさんあるはずなのに、情報としてはほとんどまとまっていない。それがサービス精神ゆえなのか、見栄なのかはわからない。しかし、人は、いついかなるときも松坂牛を求めているわけではないの。求む、おかゆ。求む、おかゆ情報! というわけで以下は、そんな私が厳選した流水りんこさんの推し5作品である。

推し5位『流水りんこアーユルヴェーダはすごいぞ〜!』

私が初めて読んだ流水りんこさんのマンガ。なぜ手にとったかというと、そのとき眼精疲労がひどかったので、頭に油垂らせば治るかもしれないと思ったから……つまり、シロダーラというのがやってみたかったんである。

ただいろいろ調べた結果、日本で頭に油垂らしてもあんまり意味がなさそうという結論に達した。でも、いつか観光も兼ねてスリランカかインドに行き、現地のやり方で頭に油を垂らすのは楽しそう。そういうわけで、スリランカかインドでアーユルヴェーダ治療を受けた人の体験記みたいなのを読もうと思ったのだった*1

このマンガでは流水さんが、旦那さんの実家がある南インド方面の治療病院に行き滞在、そこでどんな治療を受けたかが描かれている。これ1冊でアーユルヴェーダの体系的な知識が得られるとかではもちろんないんだけど、植物園に行きボケ〜と植物見ているときのような面白さがある。まあ、なんといっても「おかゆ」なので!

推し4位『恐怖体験〜霊能者は語る〜』

エッセイマンガを描いている人として認識されることが多いであろう流水りんこさんであるが、もとはホラーマンガ家であり、著作には心霊・オカルト・都市伝説などに関わるものも少なくない。というか、流水さんの作品の魅力は、インド・旅行・オカルト・心霊・育児・家族といった雑多なジャンルが混交し、相乗効果でそれぞれに厚みが出ているところだと思っている。

こちらは流水"凜子"名義の初期の作品集で、タイトルのとおりホラー系の話題を集めたマンガ。ただ、むやみやたらに怖がらせるって感じではなく、日常の隅に潜んでいる影の存在にそっと気づかせてくれるような……というほど柔でもないんだけど、ようは、あまり後味の悪くない怪談である。 収録されているのは「桜の木の下で」「夢を告げる者」「真夜中の訪問者」「恐怖夜話」「母達の恐怖体験」の5つの話。私がいちばん好きなのは流水さん自身の体験が描かれている「夢を告げる者」で、夢のお告げによりインド旅行が妨げられたというエピソードが描かれている。

あとは旅行好きで海外に知人がたくさんいる流水さんなので、チベット人のおばあちゃんに聞いた恐怖体験とかもあるんだけどこれもすごくいい。インドへ亡命したときの難民キャンプで遭遇した亡霊(?)の話なんだけど、「世界難民キャンプ怪談集」とかあったら私はソッコーで買うだろう。

推し3位『オカルト万華鏡』(全5巻)

流水さんが「その道」の専門家にインタビューを繰り返し、「その道」についての考察を繰り返すエッセイ集。「その道」とは、パワーストーン、予知夢、生まれかわり、生霊、チャクラ、インド占星術、オーラ、コックリさん、UMA、タロット、などなどなど多岐にわたりまくる。

流水さんのスタンスとしては、それらをがっつり信じているわけでは毛頭なく、批判的な目線も同時に持っているし、一種の「ギャグ」として楽しんでいるようなところもある。ただもちろん全否定はしない。まあ、雑誌「ムー」が好きな人はこのエッセイも楽しめるはず、という感じ。

第1巻1話目のパワーストーンにまつわる話がなかでも私は好きで、実は流水さんは石マニアなのである。パワーストーンのご利益が好きなのではなくて、純粋に綺麗な石が好きな鉱物マニア。で、石マニアだからこそ出てくるこういう「鉄由来と銅由来の鉱物の効能が一緒なのが納得いかない」みたいなツッコミが私は好き。笑 


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推し2位『インド夫婦茶碗』(全24巻〜続)

ランキングという形式にしてしまったゆえに紹介が遅れてしまったが、推しも推されぬ流水りんこさんの代表作である。インド人のサッシーさんとの結婚から、長男・長女の出産、そしてその育児体験を綴ったエッセイマンガだ。

世に育児エッセイは星の数ほどあるけれど、『インド夫婦茶碗』がすごいのはまず、その長さだと思う。結婚・出産から子供が小学校に上がる前後くらいまでが描かれたエッセイはたくさんあるが、長男が大学院生・長女がイギリスに留学しているところまで、というかその後もまだ続いている育児(もう「児」じゃないが)エッセイってあまりないのでは? 

「エッセイ」は、諸刃の剣だ。誰かのあけっぴろげな話を聞くことは面白いし、いつの時代でも一定の需要がある。だけどエッセイは、書き手と、またエッセイの中で描かれる、家族や恋人や友人を傷つけかねない凶器となることもある。『インド夫婦茶碗』で私がいちばん感動したのは、長男長女が中学生になったくらいで、流水りんこさんが「もうあなたたちのことを描くのはやめるよ」と宣言するところ(18巻)。まあなんだかんだその後も子供たちは登場はするんだけど、19巻以降は「夫婦」と「自分の老い」がメインテーマになっていく。私は長男長女が小さかった頃のドタバタも楽しんで読んだんだけど、やっぱりこの「子育てのその後編」が描かれている19巻以降、そして休筆期間を経て復活した『インド夫婦茶碗 おかわり!』が好き。『おかわり!』は、流水りんこさんがイギリスのロックスターに会いに行く旅について描かれており、もはやインドも夫婦も子育ても関係ない。でもそれがいい! 

で、『インド夫婦茶碗』がいかに名作かということについてあと1万字かけて語れますけど……って感じなんだけど、私、独身34歳なんだよね。他の夫婦・育児エッセイだと、フツーに疎外感を覚えてしまうので、こんなに楽しくは読めないわけ。それを読ませてしまうのは、ひとつは流水さんの人柄にあるんだろう。流水さんはおそらく、妻となって母となったあとも、マンガ家でありバックパッカーであり石マニアである自分を、すごく大切にしている。だから独身の私も、疎外感なく読ませられてしまう。ギャグマンガだし、ドタバタエッセイの体をとっているけれど、私はこの作品を「人間はいかに年齢を重ねるべきか」という問いに対する、真摯な考察だと思うのだ(てなことを、あと1万字は書ける)。

推し1位『インドな日々』(全4巻)

そして、『インド夫婦茶碗』を凌ぐ個人的トップが『インドな日々』である。

冒頭で触れたように、流水りんこさんの作品は本当に、いつもいつも読み口が軽い。疲れているときでも、元気がないときでも、あんまり頭使いたくないときでも読める。でも、1話1話はそうでも、重なると実はとてもハードな問いに挑んでいる。そしてこの『インドな日々』はその極地というか、「軽い読み口」と「ハードな問い」が並存している、すごく不思議なエッセイマンガだ。

語られるのは、主にインドでバックパッカーをしていた頃の流水さんの体験である。あくまで軽いギャグマンガのテイストなので、熱が37〜38度あって何もしたくないけど寝れないので脳が暇! みたいな人にも躊躇なく勧められる。読んでるうちにふわ〜としてきて寝れるかも。でも、翌朝起きて元気になったときに、ふと「あ、昨日読んだのすごいマンガだったんだ」と初めて気付く、みたいな。

好きなエピソードはありすぎて選べない。インドの自然、文化、政治、ヒンドゥー教、動物……まるで本当に旅をしているときのように、それらにそっと触れることができる。ひとり旅の楽しさも、自由も、孤独も、不安も、その麻薬的な魅力も描かれている。決して清潔とはいえないインドの安宿になぜわざわざ大変な思いをしてまで泊まりに行くのか!?ーー自由が欲しいからだ、という。

でも、こんな深淵なテーマに迫っているのに、体裁は軽いギャグマンガなんだから本当に不思議だ。笑っているのに、いつの間にか泣いてもいる。これを読んで私も、いつかインドに行きたいと強く思った。しかし、今は行けないので、仕方なくスパイスを集めてカレーを作っている! 

まとめ ランキング外

というわけで1〜5位について語ってきたが、ここからは「すごく好きだけど『インド夫婦茶碗』とキャラ被るからやめよう」みたいな感じで入れなかったやつ。

ひとつは、『働く!! インド人』。流水りんこさんの夫・サッシーさんが自分のカレー屋を持つまでのエピソードが綴られている。面白いのは、インド人の就職事情(?)。サッシーさんのキャリアのスタートは、サウジアラビアでの縫製の仕事である。サウジアラビアで縫製の仕事をしていたのが、日本でカレー屋をやることになるんだから、キャリアって不思議だよな……。

流水さんは動物好きで、庭いじり好きである。『インド夫婦茶碗』に出てくるカメの兄弟たちのエピソードも好きなんだけど、これはコキボウシインコのスノークくんについて描かれたエッセイ。スノークくんは今は亡くなってしまったそうですが、鳥と仲良くしている感じを読むのが好き。

もしこの先の人生で入院とかすることがあったら、ずっと流水さんのマンガを読んでいようと思います。以上、おわり。

*1:医療機関で行わない「治療」を私はあまり信用していないんだけど、インドではアーユルヴェーダ医師の資格は国家資格らしいので、いわゆる民間療法などとは違うと考えている。というか、インドでは西洋医学アーユルヴェーダがどう併存? しているのかが気になる