チェコ好きの日記

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これが最強の鬱マンガ 山田花子『神の悪フザケ』

私が山田花子というカルト漫画家の存在を知ったきっかけは、学生時代に読んだ『完全自殺マニュアル』という本でした。

幸い私はこれまでの人生で本気で自殺を考えたことはないのですが、当時なぜ私がこの本を手にとったのかというと、一言でいえばサブカルクソ野郎だったからですね。とにかく、何かパンチの効いた本が読みたかったのです。あとは、1990年代の世の中のムードというか、世紀末思想みたいなものに興味があるんですよね。90年代の私は小学生だったので、「失われた10年」といわれるあの時代のことが、よくわからないんです。今回はその話はおいておきますけど。

完全自殺マニュアル』は、首吊りから薬物自殺、焼死、凍死まで、ありとあらゆる自殺の方法や「その方法で死んだ後どうなるのか」みたいなことが書いてある本です。山田花子という漫画家は、たしか飛び降り自殺の項目で例として取り上げられていました。“たしか”というのは、根が小心者の私にとって、『完全自殺マニュアル』はあまりにも胸くそ悪い本だったので、読んですぐに売ってしまったんですよね。負のオーラがハンパないあの本を、部屋に置いておきたくなかったんです……。

それでも、『完全自殺マニュアル』に載っていた山田花子のマンガと、彼女が飛び降り自殺をしたというエピソードが忘れられなかった私は、「いつか山田花子のマンガを読んでみよう」と、ずっと思っていました。しかし、ネットで彼女のことを調べたり、マンガの書評を読む限りだと、やっぱり負のオーラがハンパないマンガを描いているということがわかったので、これまでは迂闊に手が出せなかったのです。自分のメンタルが弱っている時期なんかにうっかり手を出したりすると、引きずられちゃうような気がしたんですね。

そんな感じで、ずっと頭の片隅に置きつつも「いつか」ということで放置していた山田花子なのですが、最近になってふと電車のなかで「あ、今なら読めるかもしれない」と何かが降ってきたので、その場でamazonにて山田花子の『神の悪フザケ』というマンガを購入しました。『神の悪フザケ』、いいタイトルです。

定本神の悪フザケ

定本神の悪フザケ

そこまで面白くなかったです

私はマンガを読むときいつもカバーを外して読むというクセがあって、このマンガも届いて封をあけてすぐ、カバーを外したんですね。『ONE PIECE』とかもそうですけど、カバーを外すとそこにオマケのマンガが載っているような作品ってけっこうありますよね。カバーの下は、作者の遊び心が垣間見える楽しい場所であったりもします。

この『神の悪フザケ』にも、カバーの下にそんなオマケのマンガがついていたんですが、まぁ、これが良くなかった。オマケなのにいきなり本気出してきちゃったというか、始めから陰惨なんですもん。「正常な人達」というタイトルで、全然正常じゃない人達のことが書いてある。しかし、こういうテーマは私は慣れっこです。正常か正常じゃないかなんて、所詮は人間が決めることで、こちらの正常はあちらの異常で、あちらの異常はこちらの正常。そういうのがテーマの映画、小説、マンガ、これまでもたくさん観てきました。こんなところで心が折れてはだめだ。

最初の段階ですでに気が沈んでしまったのですが、それでもとりあえず一読はしようと、私は『神の悪フザケ』をゆっくり読み進めていきました。が、読み終わった後のとりあえずの結論としては、「そこまで面白くなかった」が正直な感想です。何かもっとこう心を抉られるような繊細な描写を期待していたんですが、繊細というよりは「何でそんなとこ注目するの?」っていう視点の暗さばかりが目についてしまって、不快感だけ残った感じです。

ただこのマンガの場合、「面白い」とか「面白くない」とかは完全にどうでもいいというか、この作品について語る上で「面白い」「面白くない」という指標は必要ない、ということは言い添えておこうかと思います。スクリーントーンを貼るか貼らないかみたいな話です。スクリーントーンを貼っていないからって、マンガとして成立してないとか価値が下がるということはないですよね。私は正直「面白くない」って思いましたけど、「面白くない」ことがこのマンガの価値を下げることには全然なってない、ということです。

絵が好きじゃないです

みなさんは、「へたうま」の絵と「本当にただ下手」の絵って、見分けつきますか?

私は映画とか美術とかの勉強をしてきた人間で、一時期はマンガもけっこう熱心に研究していたことがあるのですけど、そんな身でありながら恥ずかしいことに、上の2つってほとんど見分けがつかないんですよね……。「ゆるいけどなんかいい感じ」が「へたうま」で、「ゆるい上に不快」だと「本当に下手」になるのかな。

山田花子の『神の悪フザケ』は、何か絵が汚いなぁという印象を抱いたのですが、それは山田花子が意図してやったことなのか、それともただ単に絵が上手くなかっただけのか、その見分けがつきづらかったです。登場人物を醜く描いているのは「あえて」のことだってわかるんですけど、途中明らかにデッサンが狂ってるところとかがあって、それは山田花子が意図してやったことなのか意図せずにやったことなのかが、すごく気になりました。そのデッサンの狂いのせいで、画面全体がギギギーってガラスを引っ掻くみたいな不協和音を生み出すんですよね。それがめちゃくちゃ不快でした。虫眼鏡とかをずっと覗きこんでいると、酔って気持ち悪くなってくることあるじゃないですか。あの感覚に近い。

とはいえ、山田花子は中3にして商業誌デビューを果たした実力派なので、やっぱりこのデッサンの狂いは意図してやったものだと考えるほうが自然かもしれません。実際、実は山田花子はめちゃくちゃ絵が上手いという評価もあるらしいです。そしてその“意図”のなかに、統合失調症を患っていた彼女の目に見える世界を、できるだけ忠実に描こうとした……みたいなことがあったのかもしれないと思いました。山田花子の目に見える世界は、このマンガの画面のように、ギギギーってガラスを引っ掻くみたいな音がしていたのかもしれない。だとしたら、それはとても辛かっただろうし気落ち悪かっただろうなぁと思いました。あくまで想像ですけれどね。

人に好かれたいという思い

『神の悪フザケ』の巻末には漫画誌『ガロ』の編集者であった手塚能理子による解説がついているんですが、その解説によると、山田花子は「人に好かれたい」という思いが人一倍強かったんだそうです。

私はこのマンガを読んでいて、「何でそんなとこ注目するの?」って本当に何回も思ったんですが、山田花子という人はおそらく自意識が肥大化してしまった人だったのだろうな、という印象を受けました。普通の人ならスルーしてしまえるところを、この人はスルーできなかったんですね。「人に好かれたい」という思いはだれでも持っているものだし、決して悪い感情ではないですが、あまりにもそれが強いと苦しくなってしまいます。自分の言動や行動を何度も振り返って、他人の言動や行動を隅々まで観察して。それを何回もループしているので、“普通の人”である私は「それはわかったから、先に進もうよ!」って思ってしまうんですけど、きっと、それができなかった人だったんですね。

あと、もう一つ山田花子の世界を理解する上で重要なのは、「弱肉強食」というキーワードでしょうか。

『神の悪フザケ』では、明るくて目立つ生徒がそうでない生徒を、そうでない生徒が自分よりさらに弱い生徒を、先生が生徒を、支配して制圧するという構図のエピソードが頻出します。強い者は弱い者を支配する。だれにその強さや権力があたえられるかはまったくの偶然であって、この世界は「神の悪フザケ」でできている。やっぱりこのマンガはタイトルが秀逸ですね。

で、個人的な考えになりますけど、私はこの「弱肉強食*1」って世界観が大嫌いなんですね。何が嫌いかというと、「力によってだれかを支配しようとする」という、その発想がすごく気持ち悪いんですよ。そんなこと本当にできると思ってるのか?って。

山田花子自身も学校でいじめられた経験があるようですが、このマンガでも「いじめ」のエピソードがたくさん出てきます。おろらく、彼女自身が実際に体験したことも多く含まれているんじゃないかな。世の中のニュースで「いじめ」が話題になると、「いじめるほうが悪い」とか「いじめられるほうも悪い」とか「いじめをなくすには」みたいなことが議論されますけど、私はそういうことにはあまり興味がなくて、とにかく「いじめる=力で支配しようとする」の、気持ち悪い!って思います。だれかを力で制圧しても自分の価値を上げることになんてならないのに(むしろ下げるのに)、その発想はどこから来てるの?という不快感ですね。

このマンガには、力によって弱者を支配する強者がたくさん登場するのですけど、山田花子は彼らに鉄槌を食らわせるわけでも不快感をしめすわけでもなく、「それが世の理なのだ」というスタンスで物語を進行するんですよね。それが不甲斐なかったというか、私とは相容れなかったというか。

もちろん、「不甲斐ない」のも「相容れない」のも、このマンガの価値の上下には何の影響も及ばさない、ということは言い添えておきます。

まとめ

「今なら読めるかもしれない」と思って手にとったわけですが、実際わりとちゃんと読めた気がしますが、これを読んだ夜にこのマンガが夢に出てきてうなされました。勘弁してほしい。

気付いたらレビューなのに内容にほとんど触れられませんでしたが、いじめとか女友達同士のいざこざとか、恋愛とか、そういう人間関係をものすごく気持ち悪く描いたマンガだと思ってもらえればそんなに間違っていないと思います。

おすすめ作品なんかでは決してないので、読みたいと思った方は自己責任でお願いします。ただやっぱり、自分のメンタルがある程度安定しているときに読まないとダメですね、これは。

*1:純粋な競争の結果による弱肉強食はそんなに嫌いではないです。