チェコ好きの日記

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ミスター・ポップアート!『アンディ・ウォ—ホル展 永遠の15分』

ミスター・ポップアート。我々はときに、20世紀を代表するアーティストであるアンディ・ウォ—ホルのことを、そうよびます。

先日、六本木の森美術館にて、そのアンディ・ウォ—ホルの回顧展を観てきました。実は私、ウォ—ホルの作品をマトモに観たのってこれが初めてだったんですよね。で、これが非常に面白い展示だったのです。首都圏にお住まいの方は、この機会にぜひ足を運んでみて下さいね。

以下は、私なりの展覧会の感想です。

これが20世紀だ!

美の20世紀〈16〉ウォーホル (美の20世紀 16)

美の20世紀〈16〉ウォーホル (美の20世紀 16)

まず、アンディ・ウォ—ホルの経歴をかんたんに振り返ってみましょう。キャンベル・スープ缶やマリリン・モンローなどの作品で知られる彼は、1928年、アメリカのピッツバーグで生まれます。幼い頃にすでに絵の才能を開花させ、高校を経てカーネギー工科大学(現カーネギー・メロン大学)に進学。卒業後は、アーティストとしてニューヨークで活躍します。

冒頭に書いたように、20世紀を代表するアーティストといわれるウォ—ホル。私も今回の展示を観て、まずは「これが20世紀だ!」と頭をガツンとやられた気分でした。キャンベル・スープ缶のように均質なものが繰り返し繰り返しならんでいる光景は、大量生産・大量消費の時代の幕開けとなった20世紀の、グロテスクな暗喩に見えます。また、マリリン・モンローエルヴィス・プレスリーらの写真を用いた作品は、20世紀に最も力をもっていた国家であるアメリカを想起させます。

ちょっと変わりダネなところに行くと、彼が出演しているTDKビデオテープのCMなんかも20世紀的です。「イマ人を刺激する」というキャッチコピーで、ウォ—ホルが「アカ、ミドォリィ、アオゥ、グンジョウイロゥ…」とたどたどしい日本語でビデオテープの色彩のキレイさをアピールしているのですが、ビデオテープですからねビデオテープ。ビデオテープっすよ。なかなか感慨深いものがありますよね。

現代では、東京でも、日本の地方都市でも、ニューヨークでも、フィレンツェでも……世界中どこに行っても、マクドナルドがあります。スターバックスがあります。日本のどこにいても、世界のどこにいても、均質な品質のものが手に入る。それが理想的なあるべき姿なのだと、人々がまだ無邪気に信じていた時代があったのです。その均質さが、いつかわれわれを苦しめることになるなんて疑いもせずに、純粋に信じていた時代があったのです。

以下は展示作品の近くにあったウォ—ホルの言葉ですが、彼がこれをどんなつもりで口にしたのか、私にはわかりません。ただ思うのは、これがぞっとするようなグロテスクな言葉だということです。本心からいったのか、皮肉でいったのか……いずれにせよ、こんなことを思いつくウォ—ホルのセンスに脱帽です。

東京でいちばん美しいものはマクドナルド。ストックホルムでいちばん美しいものはマクドナルド。フィレンツェでいちばん美しいものはマクドナルド。北京とモスクワはまだ美しいものがない ―Andy Warhol

将来は誰でも15分間だけ有名人になれるだろう

ウォ—ホルの作品に、〈ツナ缶の惨事〉というものがあります。今回の展覧会にはなかった?と思うのですが、これはキャンベル・スープ缶と裏表一体になっている、ウォ—ホルのなかでも重要な作品だと私は考えています。

キャンベル・スープ缶が、グロテスクとはいえど便利で快適な明るい20世紀を思わせる作品であるのに対して、〈ツナ缶の惨事〉は、その裏に隠れている不安や恐怖を呼び起こす作品です。この作品は、ツナ缶のなかに入っていたボツリヌス菌が原因で、デトロイト市郊外に住んでいた夫婦2人が死亡した事件を扱っています。

今回の展覧会には、「永遠の15分」という副題がついています。これはもちろん、ウォ—ホルが遺した「将来は誰でも15分間だけ有名人になれるだろう」という言葉からとったものでしょう。有名人になれるのは、マリリン・モンローエルヴィス・プレスリーだけではないのです。あなたも私も、誰でも、悲劇的な事故死や犯罪によってメディアに取り上げられれば、モンローやエルヴィスと同じくらいの“有名人”になれます……ただし、たった15分だけ。ウォ—ホルは、そのたった15分を永遠に遺そうと、スターではない一般人の事故現場写真や自殺現場写真を、作品として取り上げたのです。

本心とも皮肉ともつかない数々のウォ—ホルの発言は、しばしば鑑賞者であるわれわれを混乱させます。彼は20世紀という時代を、あまりに信じすぎ、吸収しすぎ、飲み込みすぎ、一体化しすぎ……そのポップな軽さが、かえって私たちを苦しめます。

ビジネスで成功するっていうのは、何よりも魅力的な芸術だと思うね。

「あなたの一番好きなものって何?」って訊かれたことがある。その時からだよ。お金を描くようになったのは。

誰かが僕の作品のニセモノを作っても、僕にはニセモノだってわからないだろうな。

ロサンゼルスが好きだ。ハリウッドが好きだ。美しいよね。みんなプラスチックみたいで。僕はプラスチックが好きなんだ。僕もプラスチックみたいになりたい。

私はウォーホルの作品を観て、Radioheadの『OKコンピューター』に入っている、『FITTER,HAPPIER』という曲を思い出してしまいました。

よりよい適応、よりよい幸福、より高い生産性
もっと快適に
酒はほどほどに
ジムで定期的に運動を(週に3回)
同僚とは仲良く、時代に遅れず
肩の力を抜いて
(中略)
良質な映画には今も涙し
熱烈に口づけ
虚無も怒りも卒業し
まるで猫のように
シフトレバーにしがみつき
凍えるだけの冬に向かって
突き進む(弱者をあざ笑う能力にたけ)
穏やかに
よりよい適応、よりよい健康、より高い生産性
ブタ
檻の中のブタ
抗生物質漬けのブタ

ウォ—ホルの作品を観たときに感じた苦しさと、『FITTER,HAPPIER』を聴いたときの苦しさって、同種のもののような気がするんですよね。便利で快適で幸福。なのに、今にも吐きそうなくらい気持ち悪いのです。


★★★

ポップで、明るく、軽い。それはもしかしたら、グロテスクで、俗悪で、不安……、そんな要素と裏表一体なのかもしれません。今回の展覧会は、作品の見応えはもちろんですが、ウォ—ホルの言葉がすごいです。重いです。いや、軽すぎるのかも。

ちょっと思い出してみて下さい。20世紀って、どんな時代だったのか。

そこから見えてくる(そこからしか見えてこない)21世紀が、私にはあるような気がします。


〈今回の参考文献〉

とらわれない言葉 アンディ・ウォーホル

とらわれない言葉 アンディ・ウォーホル

ウォーホルの芸術 20世紀を映した鏡 (光文社新書)

ウォーホルの芸術 20世紀を映した鏡 (光文社新書)