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チェコ好きの日記

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ウートピさんに『ハワイイ紀行』の記事を寄稿しました

管理人やブログについて

少し前になりますが、ウートピさんに「おすすめの本」について書いた記事を寄稿しました。もし未読の方がいたら、ぜひ読んでみてください。私以外の方のおすすめの本について読むのも面白いです。

wotopi.jp

池澤夏樹『ハワイイ紀行』

寄稿先でおすすめしたのは、池澤夏樹の『ハワイイ紀行』という本についてです。ハワイイというのは、もちろんあの南国リゾート・ハワイのこと。だけど、この本にはオアフ島のビーチも、モアナサーフライダーも、アラモアナショッピングセンターも出てきません。ひたすらハワイのマニアックな島、マニアックな場所、たとえばアホウドリだらけのミッドウェー島とかが出てきます。ミッドウェー島、行ってみたいのだけど現在は一般人への公開は限定的らしい。他にも、そう簡単に行けるわけじゃないところばっかり登場するのですが、だからこそかきたてられる旅情というのもあるものです。

ハワイイ紀行 完全版 (新潮文庫)

ハワイイ紀行 完全版 (新潮文庫)

そしてジャレド・ダイアモンド『文明崩壊』

私がこの『ハワイイ紀行』を初めて読んだのってもう何年も前なのですが、当時たぶん同時に読んでいて「あー同じ話だ〜」と思って感動したのが、ジャレド・ダイアモンドの『文明崩壊(上)』だったりしました。

文明崩壊 上: 滅亡と存続の命運を分けるもの (草思社文庫)

文明崩壊 上: 滅亡と存続の命運を分けるもの (草思社文庫)

『文明崩壊(上)』には、太平洋をわたってハワイに移り住んだと考えられているポリネシア人に関する記述がちょっとだけあります。で、Googleマップででもテキトウに見ていただきたいんですが、よく考えるとハワイって「絶海の孤島」なんですよね。太平洋のポリネシアのなかでも、ちょうど三角形の先端あたりのところにポツッと浮かんでいる島です。

古代の人々はタヒチあたりからハワイ諸島へ移り住んだとされているようですが、たいした航海術もない、舟もカヌーくらいのやつで、よくもまあこんな遠いところに行ったよねぇって思いませんか!? 食糧難か嵐に飲まれるかサメに喰われるかわからないけど、絶対に死ぬ。しかもその先に島があるってわかっていない状態で。よく我々は自分やだれかのことを「好奇心が旺盛」などと称しますが、「好奇心が旺盛」なんてレベルじゃない。古代のタヒチってそんなに住みづらいところだったのでしょうか。「海を渡った先に、今の〈ここ〉とはちがう場所があるんじゃないか?」なんて興味はきっと私が古代タヒチ人でも抱いたと思いますが、だからといって、死ぬ覚悟でカヌー漕いであんな遠いところに行くのはなー、ちょっとやらないかもしれないです。でも、いつの時代のどの場所にも辺境マニア・危険マニアみたいな人はいるから、やっぱりそういう人が海に出たのかもしれません。

『ハワイイ紀行』にはポリネシア人のルーツについてなどの話もちょっとだけあるので、『文明崩壊(上)』と合わせて読むときっともっと面白いと思います。

いつか踏破したいコース

以上のことを踏まえて、太平洋の島々をアイランドホッピングする旅をいつかやってみたいなあって夢見ています。もちろん、カヌー漕いで島を渡るには私は体力と根性と精神力がなさすぎるので、フェリーだか飛行機だかでやりたいです。グアムからスタートして、チューク諸島、ポンペイ、コスラエ、マジュロ、そしてハワイ島オアフ島を経て、カウアイ島でゴール。ミッドウェー島まで行けたらとも思うけど、ちょっと難しいかもしれません……。

最近気が付いたのは、旅行は一都市に滞在するだけじゃなく、都市間(島間)を「移動」したほうがいいなってことです。もちろん日程や予算の限界はあるのだけど、イギリスに行くならロンドンを観光するだけじゃなくて、陸路でスコットランドのほうまで行ってみるとか、ウェールズまで見てみるとか。イタリアも、フィレンツェからローマ、ナポリまで縦断したほうが絶対に面白いと思います。「ああ、ここを境に景色が変わるんだ」とか、「ここを境に食べ物が変わるんだ」とか、そういうのを見つけられると私はけっこう楽しいです。

旅先としてメジャーであるハワイに行く人はきっと普通に多いと思うので、『ハワイイ紀行』(と、私が寄稿した記事も)ぜひ読んでみてください。

〈エジプト的〉から〈ギリシャ的〉へ/村田沙耶香『コンビニ人間』がおもしろかった

読書(文学)

村田沙耶香さんの芥川賞受賞作、『コンビニ人間』を読みました。芥川賞って私は全然興味がなくて毎年スルーしているのですが、『コンビニ人間』はいつもとちがってちょっと面白そうだったのと、読む機会に恵まれたのでありがたく拝読。そして実際に読んでみたら、めちゃくちゃいい小説だったので感想を書きます。なお、物語の結末には触れませんが、細部のネタバレが少しだけあるのでご注意ください。

コンビニ人間

コンビニ人間

「社会がダメなのはデフォルト」──宮台真司の映画評

まずちょっとだけあらすじに触れると、『コンビニ人間』の主人公・古倉恵子は36歳の独身で、大学卒業後も就職せず、ずっとコンビニのアルバイトで生計を立てています。そのアルバイト歴、実に18年。もちろん、店内でもいちばんの古株です。著者の村田さん自身もずっとコンビニのアルバイトをしているそうですが、今回の感想文ではそのことには特に触れません。

この古倉恵子という主人公がちょっと変わった性格の持ち主で、小説の冒頭でその変わりっぷりが明らかにされます。たとえば幼稚園のとき、公園で小鳥が死んでいるのを発見して、他の子たちが「かわいそう。埋めてあげよう」と悲しんでいるところに、恵子は1人だけ「焼き鳥にして食べよう」と提案し周囲をギョッとさせています。

そんな変わり者の恵子が、生まれて初めて「世界の正常な部品になれた」とかんじるのが、コンビニのアルバイト。自分の意思で動くと奇行・奇発言で周囲をギョッとさせてしまう恵子だけど、コンビニの仕事にはマニュアルがあるので、その通りに動けばまわりの人に喜ばれます。そんなコンビニのバイトに大きなやりがいをかんじた恵子はそのまま仕事にのめり込んでいくのですが、とはいえ36歳で独身、アルバイトとなると、周囲からは次第に、再びおかしな目で見られるようになっていきます。「就職して正社員になったら普通」「結婚したら普通」と、世間は次々に新たな「普通」を、妙齢の恵子に対して提出してきます。

とはいえ、〈普通〉を押し付けてくる社会VSそれに抵抗する主人公、っていう構図は、今となってはそこまで珍しいもんじゃないですよね。しかし、『コンビニ人間』はそういう従来の物語とはちがいます。恵子が特殊なのは、真の意味で、〈普通〉を内包してはいないところなのです。

どういうことか説明すると、たとえば「30歳前後で結婚するのが〈普通〉」という価値観があったとして、今までの小説の主人公って、なんだかんだいいつつこの〈普通〉を内包しているんですよ。「世間では30歳前後での結婚を〈普通〉としている、だけど私はその〈普通〉に染まりたくない、私は私の人生を生きたい、だからこのままの私でいいんだ」、というように話が展開します。そして、この考え方は個人的には共感もするし素晴らしいと思うけど、物語として読むにはいささか手垢のついたテーマでもあり、私は正直あんまり面白いと思いません。

だけど『コンビニ人間』の恵子は、そうじゃない。「世間では30歳前後の結婚を〈普通〉としているがそのことがよくわからない、教えてくれれば〈普通〉になる、マニュアルをくれ、そして私を〈世界の正常な部品〉にしてくれ」と、いうんです。従来の物語の主人公は、〈普通〉をわかっていて、自分の意思でそれに抵抗しています。それに対して『コンビニ人間』の恵子は、そもそも〈普通〉がわからないんです。自分の価値観として、内包できていない。物差しを共有できていない。世間から圧倒的にズレています。同じ独身女性でも、前者はきちんとした世間の構成員ですが、恵子はちがう。

自分の意思であえて結婚しない人は、結婚しない理由を「仕事が充実しているから」とか「1人の時間を大切にしたいから」とか説明できるんですが、恵子は説明できない。だから妹に、「親の介護をしているっていいなさい」とか「持病があって就職できないっていいなさい」とかアドバイスをしてもらって、なんとか周囲を納得させる〈それらしい理由〉を作っています。

ここでちょっと参考にしたいのが、宮台真司氏が『FAKE』や『カルテル・ランド』などの映画について語っている文章です。
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今までの物語、つまり「私は〈普通〉に染まらなくても、私らしく、このままでいいんだ」となる主人公は、自分の内面を変化させることで、社会に適応し、そこに希望を見出します。このタイプの物語は、社会のダメさを特に指摘しません。ダメなのは社会ではなく、「未婚の自分にセクハラ発言をしてくる上司」とか、「子供は早く産んだほうがいいよ〜」と助言してくる友達とか、あくまで「個人」です。だから、そのダメな「個人」を排除すれば、世界は平和になります。排除というとやや物騒に聞こえますが、ようは、セクハラ上司のいない職場へ転職するとか、余計なお節介をやいてくる友達と和解するとか、そういうのが物語上では〈悪の排除〉となります。宮台真司の映画評の言葉を借りれば、〈エジプト的〉な思考です。世界はもともとは素晴らしくて完全なものなのだけど、何らかの悪の影響によってその均衡が崩れている、という世界観です。

一方で、『コンビニ人間』はそうではありません。この小説を読んでいると、世界がそもそも狂っている、社会のシステムがそもそもおかしい、という印象を受けます。だから恵子や、あるいは恵子のバイト仲間である白羽のような人間が、〈エラー〉として出てしまう。私の世界やあなたの世界が上手くまわらないのは、それを邪魔する悪が存在しているのではなくて、そもそも社会がデフォルトで狂っているから。〈悪の排除〉を行なったところでどうにもならない。つまり、『コンビニ人間』は、宮台真司の映画評の言葉を借りればギリシャ的〉な思考によって成り立っています。社会はもともと狂っているのに、私たちは何らかの目くらましによって、それを完全であると勘違いしてきただけ──という世界観です。そしてここに登場する「コンビニ」とは、そんなふうにして完全であると勘違いしてきた、〈社会〉の寓話的な象徴です。

宮台真司の映画評では、近年になって〈エジプト的〉思考から〈ギリシャ的〉思考へ物語は移行しつつある、とされています。私自身のことを語れば、自分は完全に〈ギリシャ的〉思考をする人間です。だからこそ、『コンビニ人間』がめちゃくちゃに面白かったのかもしれません。

人は世界に対して合理的であろうとしているだけ

この小説でもう1つ語っておきたい点がありまして、それが恵子のコンビニバイト仲間である、白羽という男についてです。白羽は35歳独身で、アルバイトとして新しく店に入ってきます。しかしマニュアルさえあれば正確な仕事をこなせる恵子とちがい、白羽はぶつぶつ文句をいっては周囲に煙たがられ、遅刻やサボりも多く、結果的にコンビニのバイトをクビになります。

で、この白羽という男、言葉を選ばずにいえば気持ち悪い奴です。仕事中に急に縄文時代の男と女の話を始めたり、コンビニの女性客にストーカーまがいの行為をはたらいたりします。だけど恵子は、そもそも人を嫌うとか人に対して怒るとかいう感情がないのか、コンビニを辞めた白羽とファミレスでお茶したりしています。そして白羽はそこで、独自に考えた「縄文時代からこの社会は機能不全に陥ってる理論」を披露するのですが、それを聞いて(読んで)みると、なるほど確かに彼のいうことには筋が通っているのです。個人で考えた理論としては、「なるほどなあ」と考えさせるものがあります。そしてもし彼の理論が「真」であるならば、彼の行動論理も理解できてしまうのです。

私たちは通常、〈エラー〉は〈エラー〉として処理し、排除あるいは無害化・修正しようとします。白羽のような気持ち悪い男とか、あとはコンビニに来て大声をあげて他の客にちょっかいを出す男とか、理解できないし何考えてんだろうって思いますよね。だけど、現実にはそんな機会はないけれど、じっくり話を聞いてみると、彼らの行為には彼らなりの正当性があるのかもしれません。彼らが設定している「世界観」があって、彼らはそれに沿うように行動しているだけ。私も私が設定している「世界観」があって、それに沿うように行動しています。あなたもあなたが設定している「世界観」があって、それに沿うように行動しているでしょう。〈エラー〉が〈エラー〉として現出するのは、その「世界観」の初期設定自体に〈エラー〉があるからであって、彼らの行動論理が破綻しているわけではないのです。少なくとも、この小説を読む限りだと、そう思わされます。ネタバレになってしまうので詳しくはいいませんが、『コンビニ人間』を最後まで読むと、駅のホームやコンビニで奇声をあげたり奇行をはたらいたりしている人たちの頭のなかが、ちょっとわかってしまうんです。なぜなら、あくまで〈エラー〉は彼らの「世界観」の初期設定であって、彼らの行動自体はとても論理的で筋が通っているからです。

比較対象として適切かどうかはわかりませんが、これと似た感覚が味わえるものとして、永田カビさんの『さびしすぎてレズ風俗に行ってきましたレポ』をあげておきます。

さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ

さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ

私がこの漫画ですごいと思ったのは、リストカットをする人がなぜリストカットをしてしまうのか、メンヘラがなぜメンヘラになってしまうのか、などがかなり論理的に明らかになっていたことでした。彼らもやはり、行動論理が破綻しているわけではないのです。「世界観」の初期設定に〈エラー〉が出ている。スタートがズレているから、コースが狂うのは当然です。だから逆にいえば「世界観」の初期設定を変えればいいのですが、これがなかなか難しいというのもわかります。なぜなら、私も自身が設定している「世界観」があって、それを変えるのは困難だとかんじるからです。そして、ここでは話をわかりやすくするために〈エラー〉という言葉を使ったのですが、そもそも社会自体がダメでクソで〈エラー〉なので、〈エラー〉のなかの〈エラー〉は真、つまり実はそちらが正常でこっちこそが〈エラー〉なんじゃないか、なんて考えることもできます。

さて、他にもいろいろと語れる小説なのですが、長くなりすぎるのでここで終わりにします。〈ギリシャ的〉思考、と聞いてピンと来る人は完全に面白く読める小説なので、ぜひ読んでみてください。

※後編もある
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