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『即系物件』の感想と、都市の魔力について

読書

即系物件』という本を読んでみました。著者は、カリスマナンパ師であったという、サンジ氏という方。

即系物件 裸の渋谷少女たち

なぜ私がこの本を読んでみようと思ったのかというと、「退屈で死にそうって、この気持ち…分かる?」という表紙のインパクトがすごくて、忘れられなかったからですね。「人はどのようにしたら退屈から逃れられるのか」というのは、私の最近の関心事の1つなのです。

というわけで、今回はそんな『即系物件』の感想文です。

「心に”不安定な何か”があるから即られるんだ」

まず、タイトルにある「即系物件」とはどういう意味なのでしょうか。本書のプロローグにあたる部分から引用してみましょう。

即系物件ーー。
簡単に言えば、”すぐにヤラせてくれる女のコ”ってこと。俺らナンパ師の間で使われる専門用語のようなものだ。
(中略)
心に”不安定な何か”があるから即られる。そして彼女たちの心に潜むソレは、現代の若者の生きづらさをそのまま表していた。

「即系物件」。何やら穏やかでない言葉ですが、本書ではそんな「即系物件」として、家出少女、売春斡旋業の女、風俗嬢、リストカット癖のある女、などなど様々な人生を背負った女性が登場します。すぐにヤラせてくれる女性は、心に”不安定な何か”を抱えているーーというサンジ氏の証言が真実であるならば、彼女たちはまぁ”不安定な何か”を間違いなく抱えてはいるだろうな、とは思います。だって、”不安定な何か”を抱えずにただリストカットをしているなんて人の話は聞いたことがありませんからね。ただ、彼女たちにその”何か”を背負わせてしまった社会の問題についてまで考えていくと、ちょっと私の手には負えなくなってしまうので、今回はこういったわかりやすい”不安定な何か”を抱えた女性は少々脇におかせてもらい、私は一見すると何不自由なく暮らしている普通の女性が、時として「即系物件」になってしまうという事象に注目しながら本書を読んでいきました。

著者によると、ナンパに引っかかる女性には共通した職業があるらしく、それは「看護婦、美容師、アパレル関係」だといいます。なぜかというと、これらの職種で働いている女性は世間の休日である土日・祝日に休みを取ることが難しく、出会いが制限されているかららしいです。そしてもう1つが、本書の第1章で登場する順子のような、「地方出身の大学生」。表紙の「退屈で死にそうって、この気持ち…分かる?」という言葉を吐いていたのは、この順子です。彼女はお金に困って売春をしているわけでも、家庭が複雑で家出しているわけでもない、ごく普通の女性。そんな彼女の、“不安定な何か”とは何なのでしょうか。下記は、サンジ氏のナンパについていった順子が、ラブホテルで吐く言葉です。

「東京に来たら楽しいだろって田舎では思ってたけどさ、東京に来てみても、別に楽しいことってないじゃん。こうやってナンパについて来てみたりさ、私何してるのって感じ。別に大学行く気もなかったしさ、一とおり遊んだら、もうおしまい、って感じ…」

読み進めていくと、どうやらこの順子という女性は大学3年生のようです。3年生ともなると、大学生活ももう終わりが見えている頃といっていいでしょう。でも彼女の口からは、卒業後に関する言葉は出て来ないし、サンジ氏が「大学で何の勉強してるの?」という質問をしても、「う〜ん、いろいろかな」という気のない返事をします。「順子は進学するために東京に来たワケじゃない、東京に来るために進学していた」とサンジ氏が指摘していますが、どうやらそういうかんじのようです。東京生まれ・東京育ちであるサンジ氏は、そんな地方出身者である順子の感覚が理解できなかったといっていますが、私も(東京ではないですが)首都圏出身なので、このへんの感覚は実はよくわからなかったりします。

大学進学をする高校生の身になってみれば、生まれた地を飛び出してみるということは偉大なる冒険だし、何か楽しいことがあるだろうと思って東京に来てみるのは、決して悪い判断ではなかったと思うんですね。問題は東京に来たその「後」で、なぜ彼女は3年近い大学生活のなかで、自分の核となるような何かを見つけられなかったんだろうとかいろいろ考えましたが、まぁ私がそれをいうのは余計なお世話というやつかもしれません。

サンジ氏はそんな「退屈で死にそう」な順子をナンパして、彼女に一時の「刺激」を提供します。しかし、ナンパ師であるサンジ氏は、その後順子に継続的に関わっていくつもりはもちろんありません。ラブホテルを去るとき、順子はサンジ氏に連絡先をたずねますが、サンジ氏はそれを軽く流してしまいます。お互いに一時を楽しみあったというふうに考えれば、ナンパという行為もそれについていったという行動も、決して非難されるべきものだとは思いませんが、こんな本を出すまでに女性のことを、そしてその女性たちが抱える“不安定な何か”を見つめる気があるならば、彼女に「刺激」以上の何かをあたえてあげて欲しかった。自分自身のことを気だるく語る彼女に、サンジ氏は「これからじゃん? 自分にも、東京にも。何か始めようよ、新しいことをさ」という言葉をかけていますが、それならその言葉通り、彼女の日常の上を通り過ぎて女性に消費されていくだけでなく、順子に何かしらの変革を、生産の原点となるような何かをあたえてあげて欲しかった。そんなふうに思ってしまうのは、私がナンパ師というものに多くを求めすぎなのでしょうか。

サンジ氏はこの本において、一貫して「観察者」に徹していますが、ナンパという行為をとおして、私はサンジ氏に、「観察者」以上の何者かに、なって欲しかったです。観察しているだけでは何も生み出さないように思うから。

金がで願いごとをかなえた街

ここからは『即系物件』の話から少々はなれるのですが、スコット・フィッツジェラルドの小説『グレート・ギャツビー』で、語り手であるニック・キャラウェイが、ロングアイランドからマンハッタンへ向かう途中、ニューヨークという都市を「金で願いごとをかたえた街」と描写している場面があります。私はこの「金で願いごとをかたえた街」という表現が、クールかつドライで大好きなんですが、東京という都市もちょっとニューヨークっぽいところがあって、何だか虚構に満ちた都市だなぁと思うことがあります。そのことをいちばん最初に意識したのは学生時代、旅行中にパリの書店で東京の写真集を見たときなんですが、外国人の目線から自国の都市を眺めてみると、これがけっこうグロテスクなんですよね。飲食店や消費者金融のきらびやかなネオンが輝くなか行き交うたくさんの人々が、そこには写っていました。

で、ここに書くことは何かしらのデータとかがあるわけではなく、ただの私の感覚なんですが、ニューヨークも東京も虚構に満ちた都市でり、そしてどちらもそこが人々をひきつける不思議な魅力となっていることに変わりはないんですが、ニューヨークという都市はまだ親切で、「ここは金のあるやつだけがいい夢を見れる街だ、金のないやつは帰れ、もしくは金がないなりの遊びをしろ」と忠告してくれている気がするんですよ。でも、東京はそれをしない。お金がある人にもない人にも、中途半端にだらっとした夢を見せます。そして、山とか川とかで都市が明確に区切られてないからか、神奈川や埼玉のほうまで広がって、だらだらといろんな人を巻き込みながらずっと膨張し続ける。私には、東京ってそういう都市なのかなーと思えるんですね。

『即系物件』は、著者のサンジ氏が、渋谷を拠点にナンパした女性について記録されている本です。家出少女や風俗嬢が単純に人口の多い都市を目指すというのは、当たり前といえば当たり前なんですが、私はこの本を読みながら、何だか東京というところは特殊な場所だな、と思ったのでした。それをいってしまえばニューヨークだって特殊だし、パリだって特殊だし、特殊じゃない都市なんてないんですけどね。私は旅行が好きなので、様々な都市を比較して「都市の機能」みたいなものを考え込んでしまう癖があります。

★★★

『即系物件』は興味深い本ではありましたが、観察者である著者のサンジ氏も、観察されている女性も、お互いがお互いを通り過ぎていくだけ、どこにもたどり着けていないかんじがして、モヤモヤとしたところが多く残ってしまいました。ナンパと渋谷の街に興味のある方が読むと、まぁまぁ楽しめるかもしれません。

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