日々生活していると、どうしても「この人はあんまり好きじゃないな〜」とか「胸くそ悪い事件だな〜」みたいなことに遭遇する機会があると思うんですけど、今回はそんな「嫌い」という感情について私が考えた散文です。手短にいきます。
どくさいスイッチをおしますか
私自身は、仕事でもプライベートでも”特定の個人を嫌いになる”ってことはほとんどなくて、その人のある発言だけを切り取ってムカついたり、個人というよりは「界隈」をまとめて嫌いになったり、ある出来事や事件に腹が立ったり、ということが多いです。
それで、「好きの反対は無関心」という言葉がありますけど、私は本当にそうだな〜と思っていて、「嫌い」って思ったからには、スルーできなかった何らかのとっかかりがあるはずなんですよね。で、最近そんな「嫌い」という感情を、「どくさいスイッチ」によって2種類に分けるとすんなりいくなということに気付きまして、とりあえずメモしておこうと思った次第です。
説明するまでもないと思いますが、「どくさいスイッチ」はご存知ドラえもんの道具で、このスイッチをおすと独裁者のごとく、嫌いな相手の存在をこの世界から消し去ることができます。漫画だと、15巻に登場するようです。
- 作者: 藤子・F・不二雄
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 1978/06/27
- メディア: コミック
- 購入: 2人 クリック: 30回
- この商品を含むブログ (9件) を見る
人でも出来事でも事件でも、「これは……」と思ってしまったものが現れたとき、この「どくさいスイッチ」でその存在を消し去りたいか否か、って考えると、「まじで消し去りたい」という類の「嫌い」もあるし、「いや、腹立つけど消し去りたくはない」という類の「嫌い」もあります。分けてみることでいいことあるのか、といわれると特に何もないんですけど、「これ嫌い!」と思ってしまったときに、その感情が「だけど消し去りたくはない」だった場合、けっこうスッとするというか、「しょうがないので付き合ってやるか……」という気分になります。「やれやれ」です。
私はこの「どくさいスイッチ法」を編み出してから、腹立つことに出会うたびに感情の仕分けをやっているんですけど、幸か不幸か自分の場合の「嫌い」はだいたい後者、「だけど消し去りたくはない」になります。嫌いだけど、この世から消えてしまったらちょっと悲しい、と思うことすらあります。
もちろん、なかには「まじで消し去りたい」と思うこともあります。私の場合、これを個人に対して感じることはなくて、だいたい社会的な事件についてこういうことを思います、性犯罪とかね。ちなみに、性犯罪者は死刑になればいいとかそういうことじゃなくて、私は弱者から何かを搾取するという発想がどういうわけか昔から吐くぐらい嫌いなので、そういう発想がこの世から消えればいいな、ということです。
小さなことでも、自分なりの感情の仕分け方法をつかんでおくと、本当にエネルギーを使うべき対象、本当に憎むべき事象に焦点を合わせられるし、感情の節約になるのでおすすめです。
毎日寒いのでご自愛ください。