チェコ好きの日記

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運動しても筋トレしても健康になるとは限らない

体を動かすことを習慣として行なうようになって気が付いたことは、「体は頭よりも理解が遅い」ということだ。


お粗末すぎるので、「そんなんやらんでもわかるわな!」と一部の人には思われてしまうかもしれない。しかし、「何でこんな簡単なことできないの?」というアレを、自分(頭)が自分(体)に対して思ってしまうのは、なかなか悲しいものがある。

しかし、あんまり自分(体)を責めるとかわいそうだし、何より責めてどうにかなるものでもないから、生産性がない。そういうわけで、最近は「いいよ、君には君の学びのペースってもんがあるんだろう。ゆっくりやんなさい」と、あまり自分(体)を急かさないことにした。

しかし、これがなかなか難しい。私(頭)はずいぶんと先に行ってしまって、進んだ先から私(体)が追いつくのをちらりちらりと振り返りながらじっと待っている。それがもどかしいったら、ない。「待ってさえいれば必ずあいつ(体)はここにたどり着く」という保証があればまだ気がラクかもしれないけど、じっと待っていてもあいつ(体)がここにちゃんとたどり着く保証なんてどこにもなくて、だから待つというのはけっこう骨が折れるのだ。


誰がいっていたか忘れたけど、待つということは祈ることに似ている。

そして私も含めて、現代に生きる人は待つこと、保留すること、グレーのままにしておくこと、すなわち祈ることが苦手だ。駅のホームで、電車がやってくるまでの3分間でさえ耐えきれず、すぐにスマホを見てしまう。私はそれが嫌でSNS系アプリをスマホから消してみたけれど、電車が来るまでの3分間は相も変わらず死ぬほど長い。私がここで待ちぼうけている間に、何かどでかいバズが、有益な情報が、最新のニュースが、通り過ぎていってしまうかもしれない。そうしたら、待っていただけの3分間は、何もしなかった3分間になってしまう。1分1秒も無駄にできないなんて、そんな勤勉な人間ではないはずなのに、何もしないで待っている3分間はただただ長く、耐えがたい。

でも私は、今は、この通り過ぎる空白の3分間を、ただ待っていたいと思う。体は頭より理解が遅い。だけどきっとこの子は、私よりも賢い。目の前の事象を、受け入れるべきか、受け入れずに流すべきか、私(頭)よりは私(体)のほうがよく考えて吟味している。だから、ただ待っている。トマス・ピンチョンの短編集のタイトルが頭を横切る。『スロー・ラーナー』。こののろまな子を、私はもう少し信じてみたい。

スロー・ラーナー (トマス・ピンチョン全小説)

スロー・ラーナー (トマス・ピンチョン全小説)


運動の習慣をつければ心身ともに健康になると思っていた*1。人のせいにするわけじゃないけれど、だってみんなが口を揃えてそういうし。

が、私の場合は、「この不自由な檻(体)の中に閉じ込められている」という悲観的な気分が強まり、体のほうは確かに健康になった気がするけど、心のほうは「うーん?」という感じで、プラマイゼロであんまり変わってないな、という感想が正直なところである。だけど、これはよくいうところの「好転反応」というやつなのかもしれない。限界を知ったからこそ、真の限界をこえていける的な……?(ポジティブ) 

だからまあ、運動は続けるけども、「筋肉つければ心身ともに健康、無敵」みたいな話は絶対に嘘だと思う。人間の体は複雑じゃないが、そこまでシンプルでもない。ムキムキマッチョのブルース・リーの晩年の病みっぷり、思索への耽りっぷりを見れば、「筋肉さえつければ」なんて話があくまで「そういうケースもなくはない」程度の与太話だということがわかるだろう。

もしも運動に、筋トレに、何か効能があるとするならば、それは身体能力がアップすることや筋肉がつくこと、それ自体にあるのではない。学びの遅い者を、ただ「待つ」ことができるようになることだ。筋トレをすれば一時的に筋肉はつくかもしれないが、人間の体は必ずいつか衰える。毎朝ランニングをすればマラソンのタイムは縮まるかもしれないが、必ずいつかどんなに頑張っても超えられない壁にぶつかる。そういうときに、「待つ」こと、「諦める」こと、「いったん忘れる」こと、「保留する」こと、「祈る」こと。もしも運動から何か学べるものがあるとするならば、そっちだろう、と私は思う。

「待つ」も「諦める」も「いったん忘れる」も「保留する」も「祈る」も、全然かっこよくなんてなくて、どちらかというとダサくて孤独で仄暗い。やっぱり積極的なほうがかっこいい。これらはすべて消極的な行為だ。

でも、けっこう大切なことのような気もする。だから私は、もう少し頑張る。

*1:ただし、私がもともと健康すぎるというのは認める。めったに風邪を引かないし、体調を崩さない。体が頑丈なことだけが取り柄だ。もともとの心身に不調が多い人は、やっぱり運動は効果があるのかも。