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チェコ好きの日記

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よくある三角関係の話……にならなかった話、『オマールの壁』

男の子二人と、女の子が一人いるんですよ。三人は幼馴染なんですが、男の子二人がそろって一人の女の子が好きなわけです。まあ、よくある話ですね。だけどこの一人の女の子もちょっといけないところがあって、二人の気持ちを知っていながらどっちつかずの態度をとるもんだから、男の子二人が混乱するわけです。


女の子には兄がいて、この兄と男の子二人も仲がいい。だから主人公は、好きな女の子と、その兄と、それから三角関係でちょっとギクシャクしてしまっている親友に、会いに行くわけです。だけど、この「会いに行く」のが、すっごく大変なんですね。

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なぜなら、イスラエルパレスチナを分断している壁を、ロープでよじのぼって越えていかないといけないから。向こうの兵士に見つかったら、運が悪ければその場で銃で撃たれて殺されます。上の写真は私が先月パレスチナ自治区ベツレヘムで撮影した「壁」ですが、映画の冒頭でもちょうど同じような「壁」を、主人公が器用にのぼってこえていくシーンがあります。

というわけで、先日公開されたハニ・アブ=アサド監督の『オマールの壁』という映画を初日に鑑賞してきました。冒頭を数分観ただけで確信しましたが、これはたぶん、私が2016年に観た映画のナンバーワンになるでしょう。まだ4月で今年は半分も終わっていませんが、2016年はこれで終わりです。あとはもう余興ですね。


第86回アカデミー賞外国語映画賞ノミネート作品!映画『オマールの壁』予告編

三角関係はどうなっちゃうの!?

物語の背景をもう少しちゃんと説明すると、舞台はイスラエルとヨルダンの間にある、ヨルダン川西岸地区というところです。映画撮影の一部がこのなかの、ナブルスという町で行われたらしい。ちなみに、私が写真を撮ったベツレヘムも、このヨルダン川西岸地区というエリアのなかにあります。ヨルダン川西岸地区とは基本的にパレスチナ自治区のエリアだと思ってもらっていいと思うんですが、ここを囲うようにして、2002年からイスラエル政府がパレスチナとの間に分離壁というのを作っています。それで、パレスチナの人が自由に行き来できないようにしちゃったのです。

ところでこの分離壁イスラエルパレスチナの境界(=グリーンライン)にきちんと建ててくれればまだいいものを、イスラエル政府は国連の決議や国際法違反勧告を無視して、パレスチナ側にだいぶ食い込みながら建設しちゃってるんですね。不自然なかたちで勝手に分断しちゃったものだから、壁の向こう側に恋人の家があるとか、壁の向こう側に学校があるとか、壁の向こう側に職場があるとかいうことになって、パレスチナの人はとても大変な思いをしています。

映画の主人公であるオマールくんもこの大変な思いをしている一人で、ただでさえ三角関係でそわそわしているというのに、恋人に会うためには命懸けで壁を越えていかないといけない。「遠回りすればいいじゃん」って思うかもしれないですが、遠回りして検問所へ行こうとすると6時間とかかかるケースもあって、しかも検問所を通過できるかどうかもわからない。壁ができる前はたった10分くらいだったところを、こういうかんじに分断されてしまうっていうのはけっこう腹立ちますよね。

オマールくんもとうとう我慢できなくなってきたのか、恋敵であり親友のアムジャドと、それから恋人の兄貴であるタレクと三人で、イスラエルの兵士を一人狙撃して殺っちゃうんです。だけどそこからはまた大変。イスラエルの秘密警察に逮捕されてしまったオマールくんは、「刑務所で一生囚われの身になるか、イスラエルのスパイになって仲間を密告するか」どちらか選べといわれます。オマールくんは、幼馴染のナディアが好きで、刑務所を出てどうしても結婚したい。だから、イスラエルのスパイになる道を選びます。

そこから先は完全ネタバレになってしまうので書きませんが、実はオマールくんだけがスパイなわけではなかったんですね。イスラエル政府は、パレスチナの人々を団結させないようにしている。本当の敵は分離壁を作ったイスラエルなのに、裏切りと密告、逮捕と拷問、そして壁の内側の閉塞感、などなどが重なって、だれが仲間でだれが敵なのか、だれを信じてよくてだれを信じちゃいけないのか、そういうのが何もわからなくなってぐちゃぐちゃになってくる。人間関係も、自分の人生もめちゃめちゃです。

「自由がない」ってこういうこと

本作は、パレスチナ人の監督が、100%パレスチナ資本で、しかもオールパレスチナ人スタッフで製作した映画らしいのです。だからものすごく社会的な作品で、実際に社会的なんですが、それでも本作を「単なる恋愛映画」だと思って見ると、それはそれで面白い気がします。

どういうことかというと、つまりやっぱりこれは古典的な三角関係の作品なんです。好きな女の子がいるけれど、ライバルもいて、結局上手くいかないという話。ただ、舞台がパレスチナ自治区ヨルダン川西岸地区であるというだけ。

それなのに、舞台が異なるだけで、平凡な三角関係で済むはずだった物語がこうもねじ曲がって歪んでしまう。これはパレスチナを描いた遠い国の作品ではなく、「パレスチナが舞台であるだけのごく普通の恋愛映画」だと思って観たほうが、私たちはもっと身近にこの作品をかんじられるんじゃないかと思います。私は日本で海外の映画が配給されるときに、無理やり恋愛っぽい雰囲気を醸し出してくることにイラっとくることがあるんですが(ゴダールの映画のタイトルが『さらば、言葉よ』からなぜか『さらば、愛の言葉よ』に変えられたように)、『オマールの壁』は、予告編を真に受けて普通の恋愛映画だと思って観に行ったほうがいいかもしれません。

私はこのブログを日本語で書いているので、基本的に読者の方も日本語ができる方、つまりそれは多くの場合日本で生まれて日本で育った日本人の方であることを想定しています。で、日本で生まれ育った人というのは、多くの場合「自由な状態」しか経験したことがないと思うんですよね。なかには海外で育った人もいるかもしれませんが、その場合だってアメリカとかシンガポールとかだと思うんです。政治的に大きな問題を抱えた国、すなわち「自由でない状態」で育った人というのは、私自身を含め読者の方にもあまり多くないと思ってます。

生まれてからずっと「自由」が当然で、それが空気のように当たり前だと思って生活していると、「自由でない状態」というのは想像するのがちょっと難しい。私は正直、これまでどんな文献を読んでも、「パレスチナの人が大変っていうけれど、具体的には何がどう苦しくて何がどう大変なのか」というのが、我が身のこととしてはちょっとピンときませんでした。実際にパレスチナ自治区ベツレヘムにも行ってみたけど、私のコミュ力では自爆攻撃に関することや密告者に関することを現地の人から聞くことはできなかったです。分離壁をこの目で見たことによって、けっこう実感みたいなものはわいてきたけど。

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そんなところだったのが、『オマールの壁』を観てようやくピンときましたよ。これはですね、大変です。イスラエルが憎くて憎くてたまらなくなります。平凡な三角関係で済むはずだった物語が、どうしてこうなってしまったのか、どこでこうなってしまったのか。それをああだこうだと考えながら観るのが、この作品の楽しみ方かもしれません。

とりあえず、早々に宣言しますがこれは私の2016年ベスト映画です。

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※『ONE PIECE』の空島編をイスラエルパレスチナに見立てて考察したもの。一部有料です。