「東京・渋谷駅に展示されている、故岡本太郎さんが原水爆をテーマに描いた巨大壁画≪明日の神話≫が何者かによっていたずらされていたことが警視庁などへの取材でわかった。骨組みだけの建物から黒い煙が立ち上っているような様子を描いた絵が付け加えられ、福島第一原発の事故を連想させるとの指摘もある。警視庁は軽犯罪法違反(張り札)や建造物侵入などの疑いで調べている」(「朝日新聞」2011年5月2日付)
「現代アートってよくわからない」という意見をたまに聞きます。
現代アートを学んだ者としては、そーいうのを聞くと、「あなたってよくわからないわ。私たち距離をおきましょう」って言われた気分になり、ちょっぴりさみしく思ったりもします。そこを1歩ふみこえてきてほしいのに…みたいな。
しかし、そんな「わからない」神話を氷解させるアーティストがおります。 彼らの名はChim↑Pom。岡本太郎の≪明日の神話≫に福島第一原発を描いたパネルをはめこんだ“いたずら”で話題になりました。著書のタイトル通り、彼らはまさに「芸術実行犯」。
- 作者: Chim↑Pom(チン↑ポム)
- 出版社/メーカー: 朝日出版社
- 発売日: 2012/07/07
- メディア: 単行本
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Chim↑Pomが追求するリアリティ
通常、現代アートを前にすると、「よくわかんないわー」といって大半の人は逃げてしまいます。でも、日本人にとって「よくわかんない」とはいえない問題というのがいくつかあります。そのうちの1つが、東日本大震災であり原発問題です。
だから、Chim↑Pomがやったこの“いたずら”に対して、日本人であるならば何らかの反応をしめさなければなりません。「不謹慎だ!」と怒り狂うもよし、「ナイスなパロディじゃん」と笑うもよし、「岡本太郎の芸術に対する冒涜云々…」とテレビの報道っぽい反応をしてみてもよし、「作品自体に上書きされたわけではなく、あくまでパネルをはめただけ。作品は何も傷付けていない。岡本太郎が生きていたら喜んだだろう」とか言ってみてもよし。ちなみに、私は笑いましたが。
他にも、Chim↑Pomはかなり過激な作品を制作しています。たとえば、「ヒロシマの空をピカッとさせる」。日本に1人しかいない世界的な名パイロットに、広島の空に飛行機で文字を書かせます。書かせた文字は「ピカッ」。原爆を扱ったこの作品はたちまち抗議と批判の嵐にあい、Chim↑Pomは被爆者団体へ謝罪をします。
どれをとっても、Chim↑Pomの作品は大きな議論を巻き起こします。ヒロシマの作品に関しては、「被爆者感情を無視した」とか「やりすぎ」とか、いろいろな批判はあるでしょう。でも、不謹慎を承知でいいますが、私は本書を読んで彼らのヒロシマの作品を支持したいと考えました。
被爆者でないと、原爆について言及できないのか? 広島市民でないと、原爆について言及できないのか? 被爆者でもない、広島に縁もない、そんな大半の日本人は、原爆とどう向き合ったらいいのか? 大半の日本人はもう、原爆を「ピカッ」という言葉でしか表せないほど8月6日という日から遠ざかってしまっている。その“距離感のリアリティ”を、彼らは表現したのだと思いました。
彼らの作品が「わからない」でおわれない、逃がしてくれないのは、彼らの作品がとてつもなく「リアル」だからなのです。
どこで“謎”と出会うか
彼らの作品が「リアル」なのは、作品のテーマ自体が社会性を孕んでいるからというのもありますが、彼らの作品が展開される「場所」にも原因があります。
私が初めてChim↑Pomの作品を目にしたのは2010年、森美術館の「六本木クロッシング展」でした。
美術館という場所はあらかじめ、「“謎”に会いにいくぞ。変なものを見に行くぞ。」と心の準備をしていきます。
なので、本当にそこに「変なもの」があってもあまり驚きません。というか、「変なもの」に会いにいっているんだから、「変なもの」があって当たり前です。
そのせいか、六本木クロッシングでの彼らの作品《日本のアートは10年おくれている、世界のアートは7、8年おくれている》は確かに破壊的ではありましたが、≪明日の神話≫のいたずらやヒロシマの空をピカッとさせたりすることに比べると面白さがちょっと足りないような気がしました。
街で出遭うアート。謎に会う準備ができてない状態での、日常生活に混じるノイズ。それが社会性をもった彼らの作品を、よりリアルにしていきます。
本書では、Chim↑Pom自身の活動以外に、世界各国のストリート・アーティストたちが紹介されています。
彼らのメッセージはさまざまで、反戦・反原発運動・反資本主義を表明する政治的なものから、くだらん(でもセンスのいい)いたずらまでバラエティに富んでいます。
イギリスのバンクシー以外に、ロシアのヴォイナという集団もかなりやばい。Chim↑Pomみたいなのは世界中にいるということです。
社会はアートを変えることはできない
アートで社会を変えることはできません。プロパガンダ芸術みたいなものもあるけれど、基本的にはアートは政治ではないので、アートによってシステムそのものに直接革命を起こしたりはできないのです。
でも、Chim↑Pomが本書で言っているように、社会はアートを変えることができません。どんな四六時中見張っていようと、思想統制をしようと、人間は、アーティストは必ず“ふざけたがる”。きついブラックジョークで、自分たちを抑圧しているものを笑ってやりたくなるのです。そしてそれは、しつこいですが私の卒論と修論のテーマだったのです!
Chim↑Pomの作品を見たら、「よくわかんない」とはいえません。怒り狂うか、笑うか、糾弾するか、支持するか、馬鹿だと思うか、高尚だと思うか。
自分のなかにわきあがってきた感情を、素直に見つめてあげましょう。
Chim↑Pomが、現代アートとの基本的な向き合い方を教えてくれます。
理屈をならべない。「わからない」という言葉で逃げない。作品と1対1で対峙する。
それが現代アートの、“見方”ってやつです。