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『失恋ショコラティエ』に見る、私的少女マンガ考

「面白い」「イライラする」「石原さとみが」などと評判になっていたので、マンガ『失恋ショコラティエ』を7巻まで読んでみました。ドラマのほうはすごいとばしながら第1話を見ただけなので、今回のエントリは基本的に原作であるマンガ版のみについて言及します。内容にはあまり詳しく触れないので、あらすじなど概要を知りたい方は【失恋ショコラティエ - Wikipedia】から。

失恋ショコラティエ 1 (フラワーコミックスアルファ)

失恋ショコラティエ 1 (フラワーコミックスアルファ)

少女マンガの王道を行く

例外はあるでしょうが、基本的に少女マンガ(女性向けマンガ)で扱う王道のテーマといえば、もちろん「恋愛」です。この『失恋ショコラティエ』も、少々奇抜な設定であるとはいえ(人妻を想い続ける主人公とか)、この長年の王道テーマである「恋愛」を真正面から扱った作品だと思います。脇道にそれたり、奇をてらったりするよりも、王道を真正面から扱うというのは難しい。コミックス上ではまだ完結していないので何ともいい難い部分はありますが、少なくとも既刊の7巻まではイッキに読めてしまうほど面白かったので、私のようなサブカルクソ野郎にも是非手にとってみてほしいなと思います。マンガ版では作者の水城せとなさんの後書きを読むことができるのですが、水城さんは「唯一無二の運命の相手がいること・何があっても変わりない愛を誓いあえる相手がいること」*1が女性向けマンガに求められる普遍のテーマなのではないかと語っており、ふむふむと感銘を受けました。

肝心のマンガ自体の感想ですが、この作品の前評判を聞く限り、『失恋ショコラティエ』は倫理観が乏しいかもしれない登場人物たち(不倫、セフレetc……)にイライラし、腹を立てることを楽しむ作品だと思っていたのですが、私はあんまりイライラしませんでした。普通に「主人公・爽太の純粋で誠実な愛」に共感して読んじゃいました。どんなにどす黒いクズでも好きなもんは好きだという、そういうマンガだと思っちゃいました。

少女マンガに起きる「インフレ」

さて、少年マンガではしばしば「パワーのインフレ」が話題になります。主人公やその一味がさまざまな手強い敵と対決し成長していくという物語の性質上、どんどんどんどん強くなりすぎて、「地球を一発で破壊できる」とか「銀河レベルの巨大な敵を倒す」とか、よくわからないレベルまでパワーが高騰してしまう……というやつです。人気のあるマンガが、出版社の事情から連載を無意味に長期化させられてしまうことなども、こういったことが起こる背景としてあるのでしょう。

では、少女マンガは「インフレ」とは無縁か? というと、そんなことはないというのが前々からの私の考えです。私が「少女マンガインフレ」の代表的な例として真っ先に取り上げたいのが、矢沢あいの『NANA』。

NANA (1)

NANA (1)

NANA』は、東京に住む彼氏と同棲するために上京する主人公の小松奈々と、ミュージシャンになるために上京するもう1人の主人公・大崎ナナ、同じ名前の2人が新幹線のなかで出会い、ひょんなことから東京のアパートで同居し始めるといったストーリーです。しかし、奈々が彼氏と別れたあたりから、ナナのバンドメンバーと人間関係・恋愛関係が複雑にこじれていき、最終的にはだれとだれが恋愛関係にあるのか、もっといえばだれとだれがヤッているのかよくわからなくなってきてしまうという、読者を混乱させる展開になります。

この展開を見て、「登場人物がビッチ・ヤリチン」という批判をしている人にたまに出会うのですが、私は『NANA』をビッチとヤリチンのマンガだとは思っていなくて、「少女マンガにおける人間関係・恋愛関係のインフレが起きた」作品だと考えているんですね。

人気マンガの連載が作者の意図とはかけ離れたところで長期化させられるといった事情は、何も少年マンガだけにあるわけではありません。少女マンガでももちろん、人気のあるマンガは連載の長期化を要請されます。『NANA』は一時期、それこそ人気の絶頂にあり、この作品が連載されている月刊誌「Cookie」には、同時期に目立った作品があまりなかったように私は記憶しています。そのため、作者の矢沢あいさんは物語の終止符を打つべきところで打てず、結果、登場人物たちの人間関係をもつれにもつれさせることでどうにかこの長期化に耐えた、いや、耐えなければならなかった……というのが、私の見解です。

「恋愛」がテーマの女性向けマンガは、いくら凝った設定を持ってこようと、基本的には主人公とその相手の男の子の思いが通じ合った時点で、物語は完結してしまいます。“その先”に話を進めようとすると、主人公と彼氏が肉体的に結ばれる過程をリアルに描かなければならなかったり、結ばれた後も次々に恋のライバルを登場させたりしなければならなくなります。結果、主人公たちの貞操観念がどんどん消失していくとか、人間関係がこじれまくってくるとか、相手の男の子がありえないくらいのモテ男になっていくとかの「インフレ」が起こってしまうケースがあります。恋愛が主題の女性向けマンガはせいぜい6巻、引っ張っても10巻が限界で、11巻以降はよほど力のあるマンガ家でないと、物語をうまく転がせなくなってきてしまうのではないかと思うんです。

また、少女マンガにおける「インフレ」のもう1つの傾向として、「過去のトラウマの肥大化」というのもあるなー、と私は考えています。主人公と相手の男の子の思いは通じ合ったはずなのに、2人はうまくいかない。なぜかというと、彼が過去にトラウマを抱えていて、素直な恋愛ができないからです。すぐに克服できてしまうような簡単なトラウマでは話が続かないので、マンガの人気が出れば出るほど、連載が長期化すればするほど、彼の抱えるトラウマは彼の家族や親戚を巻き込み、雪だるま式に大きくなっていく——そんな展開を見せるのが、例えば『僕等がいた』であり、『彼氏彼女の事情』であったりするのではないかと。

僕等がいた 1 (フラワーコミックス)

僕等がいた 1 (フラワーコミックス)

少年マンガにおける「パワーインフレ」は、そもそも設定がファンタジーであるため、だれでもすぐに気付くことができます。しかし、少女マンガは「恋愛」という個人的で重いテーマを扱っているため、一見すると「インフレ」が起きていることに気が付かないケースもあります。でも、私は「人間関係インフレ」や「トラウマインフレ」というかたちで、少女マンガにもやっぱりインフレは起きている、と思っているんです。(というか、みんな気付いていると思うけどこれってインフレだよね? と。)

小道具は、「インフレ」の突破口となりうるか?

失恋ショコラティエ』を読んで私が考えたのは、最近の女性向けマンガは、小道具を使うことで、この「インフレ」に対抗しようとしているんじゃないか? ということでした。

失恋ショコラティエ』の主人公・爽太は、チョコレート菓子の職人です。主人公が恋をしている人妻・サエコさんがチョコレート大好きということもあり、この作品にはたくさんの可愛らしいチョコレートが登場します。

爽太がごく普通の会社勤めのサラリーマンであったなら、このマンガの面白さは3割減、いや4割減だったでしょう。爽太の作る凝ったチョコレートが画面を彩り、物語とは関係のないところで読者の注意をひき、ドロドロの展開にも飽きることなくついてこさせる。私が『失恋ショコラティエ』を読んで真っ先に思ったのは、不倫やセフレがどうこうというよりもまず、「チョコ食べたい」でした。マンガに出てくるような高級チョコレートを買ってくる時間とお金がなかったので、アルフォートで我慢しましたが。

7巻まで出ている『失恋ショコラティエ』ですが、噂によると、次巻で最終話をむかえる? そうです。全8巻というボリュームは、恋愛を主題とする女性向けマンガとしては適切だと私は思います。でも、この「チョコレート」という小道具パワー*2があれば、12巻くらいまでいってもインフレを免れそうだなと思うんですよね。

何より、チョコレート、洋服、靴、バッグなどなど、キラキラした小物は読者の注意をひく以上に、長期連載をこなしていく上での作者のモチベーションを保つのに一役買っていると思うんですね。『失恋ショコラティエ』の2巻を読むと、爽太とオリヴィエがパリのサンジェルマン・デ・プレでお買い物をする、というオマケマンガがついています。このオマケは作者の水城さんが、パリに取材に行った体験をもとに描いているんだと思いますが、パリの通りを歩きながら、ラデュレでサンドイッチを食べながら、「これを描きたい! 自分のマンガに登場させたい!」とエネルギーを養ったのではないでしょうか。物語の筋とは関係ないところで小道具に凝る、というのはインフレをおさえる一定の効果があるかもしれないと考えました。


私は少女マンガを冊数としてそれほど読み込んでいるわけでもないし、体系的な歴史も知りません。書いている本人ですらいろいろツッコミたいこと満載なので、この話はいつも以上に、単なる戯れ言か、与太話の類だと思って聞いていただけるとありがたいです。でも、この与太話の類が、語っている本人はいちばん楽しかったりしてね。
★★★

最後に余談ですが、私はKindle Paperwhite的なものを持っていないので、電子書籍を読むとなるとiPhoneKindleアプリなんですね。しかし、あの小さい画面で書籍を読むのはなかなか骨が折れるので、これまであまり使ってなかったんです。けど今回、『失恋ショコラティエ』を読むにあたっては続きが気になりすぎて、次々にダウンロードしてすべてKindleで読んでしまいました。その場ですぐに買えて読めるというのはおそろしいです。漫画と電子書籍は相性が良すぎるので、気を付けようと思いました……。

*1:コミックス2巻の後書きです。

*2:小道具が目立つ女性向けマンガとして、私は他に『東京アリス(1) (講談社コミックスキス)』とかが思いつくんですが、こちらも小道具(洋服、靴、バッグなど)が、ギリギリまでインフレをおさえてくれている印象があります。