チェコ好きの日記

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森達也『FAKE』 佐村河内さんと新垣さん

ユーロスペースで連日満員御礼、ドキュメンタリー映画としては異例のヒットをとばしているらしい森達也監督の『FAKE』を観に行きました。15年ぶりの新作だそうです。

森達也監督は、オウム真理教信者のドキュメンタリー映画(本もある)『A』や『A2』、低身長症の人たちが行なうミゼットプロレスの取材など、物議を醸しだしそうなテーマにあえて突っ込んでいく人として有名です。今回の『FAKE』は、2014年にお茶の間を騒がせたことで記憶に新しい、佐村河内守さんと新垣隆さんのゴーストライター問題をテーマにしています。

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映画『FAKE』公式サイト|監督:森達也/出演:佐村河内守より

2014年のことだから、きっとこのニュースとそれを取り巻いていた状況を、みんなもおぼろげながら覚えているはずです。だけど私は、正直にいうとこの佐村河内さん問題に当時そこまで関心があったわけではありません。佐村河内さん問題への関心ではなく、完全に「森達也」の名前で観に行きました。というわけで今回はこの『FAKE』の感想を書こうと思います。

佐村河内さんと新垣さん、騒動振り返り

まず、騒動自体は覚えていてもその詳細を忘れてしまった人もいると思うので、この佐村河内さんゴーストライター問題を少し振り返ってみます。

佐村河内守さんは、耳が聞こえません。だけど、「交響曲第1番 HIROSHIMA」などの作曲家として知られ、「現代のベートーベン」として一部では有名な音楽家でした。が、突如そこに新垣隆さんという人が現れ、佐村河内さんの曲は実は自分が作曲していたと主張します。つまり、「現代のベートーベン」佐村河内さんの裏にはゴーストライターがいた。佐村河内さんの曲に感動して泣いていたファンの人たちは、曲そのものが素晴らしかったのもあるけれど、障害を乗り越えて作曲家として活躍している佐村河内さん自体に心を動かされていたという部分もあったのでしょう。そういうファンの人たちにとって、このニュースは大変なショックだったというわけです。

私がこの騒動にあまり関心がなかった理由は、ニュースを聞く前は佐村河内守さんという作曲家の存在を一切知らなかったからです。元々のファンの人になら佐村河内さんを責める資格があるとしても、そうではなくニュースを聞いただけの人間が「騙したな!!!」と怒る資格はないと考えていました。だって知らなかったんだから騙されてないもんね。この騒動はあくまで佐村河内さんと新垣さん、あとはレコード会社? とファンの方々、内々でやるべきことで、ここぞとばかりに佐村河内さんを叩いていたネット民のほうをむしろどうなのと思っていました。このことがきっかけで人が死んでるとか怪我したとか病気したとかならまだしも、だれも実質的な迷惑は被ってないですしね。佐村河内さんのせいで聴覚障害者の方が差別されるようになってしまうかもしれないと心配していた人もいたようですが、だったらそれこそあまり騒ぎを大きくしないほうがいいわけで。

佐村河内さんが自身でも認めている嘘は1つで、それは「作曲を行なう際、新垣さんの手を借りていた」ということ。自分1人ですべてを作っていたわけではない、ということです。「共作だった」というのが、佐村河内さんの主張。

一方、新垣さんはさらに重大な嘘があると主張していました。その1つは、「佐村河内さんは実は耳が聞こえる」ということ。現代のベートーベンというのは大嘘で、健常者と同じように会話ができるというのです。もう1つは、「共作なんてレベルじゃなく、自分がメインで作曲していた」ということ。佐村河内さんはプロデュース面のみ行ない、音楽に関わる実質的な部分は自分がやっていたということです。佐村河内さんのピアノは初歩的なレベルでしかなく、楽譜も書けなかったといいます。

映画では、新垣さんの主張するこの2つが「フェイク」なのか「真実」なのか、あるいはフェイクでも真実でもない何かなのか、探っていくことになります。

テレビで叩かれること

この作品、普通に2時間くらいあるのですが、その2時間のシーンの90%以上が佐村河内さんの自宅で撮影されています。例外は、監督の森達也さんが新垣さんの本のサイン会に行ったりするところだけ。が、画面に動きがなくて退屈なんじゃないかと観る前の私がしていた心配は、まったくの杞憂に終わりました。同じことを懸念している人がいたら、それはまったく見当はずれな心配であったと、とりあえずいっておきます。

森達也さんは単身で佐村河内さんの自宅に何日もかけて通い、この映画の撮影を敢行します。佐村河内さんには香さんという奥さんがいて、森さん、佐村河内さん、奥さん、あとは佐村河内さん宅の猫ちゃんの4人(3人+1匹)で進んでいくシーンが、映画の大半を占めています。

この映画を観る限りだと、佐村河内さんは、共作を黙っていたこと、そして結果的にそれが音楽を聴いてくれた人を騙す形になってしまったことを、申し訳なく思っているように見えます。しかしそれ以上に、殺人でも犯罪でもない行為をなぜここまでテレビや雑誌に叩かれなければならないのか理解できず、そのことに戸惑っているように思えました。

佐村河内さんは奥さんと一緒に自宅のテレビで、自分の騒動を報じるテレビ番組をじっと見ています。なかにはほとんどワイドショーというかバラエティ番組のようなかんじで、佐村河内さん騒動をパロディにしたり笑い事として扱っているテレビ番組もあります。それを、佐村河内さんは一言も発さずにじっと見ています。私は別に
「これじゃ佐村河内さんがかわいそう」などといいたいわけじゃないのですが、テレビでだれかを笑い者にするというのはものすごい暴力なんだな、ということが実感としてよくわかりました。

テレビというのは、インターネットが発達した今でもなんだかんだ強大なメディアです。私もブログが炎上してネットで悪口をいわれたことくらいならあるけど、ネットの悪口程度だと、まあちょっと気は沈むけどみんながみんな敵ってわけじゃないしなー、とそんなに深く考え込むことはないです。だけどそれをテレビでやられると、まるで国民全員が自分のことを嫌っていて、日本中が敵のように思えます。テレビの前で黙り込んでいる佐村河内さんを見ていると、この問題って、やっぱりそんなに大騒ぎするほどのことじゃなかったのでは……と思えてくるのですが、むしろ、殺人や犯罪が絡んでいなかったからこそ、みんな面白がって思う存分やりたい放題いいたい放題できたのかもしれません。

私が特に印象的だったのは、テレビ局の人が佐村河内さん宅にやってきて、年末特番への出演を依頼するシーンでしょうか。黒いスーツを着た4人くらいのテレビ局の人たちが、奥さんの香さんにコーヒーを出してもらいながら書類を広げて、佐村河内さんに年末特番の説明をします。番組の趣旨は2014年に起きた出来事の振り返りで、司会はお笑い芸人(おぎやはぎ)だけど佐村河内さんを悪くいったりはしない。むしろ、これをきっかけにすべてを笑い飛ばし、佐村河内さんの今後の活動のきっかけになればいいと。テレビ局の方々はとても誠実そうに見え、私などはこれならそんなに悪い話ではないんじゃないかと思ったりもしました。

が、佐村河内さんは「すべてを笑い飛ばし」というところが引っかかったみたいで、やはり自分をバカにする番組になるんじゃないかという懸念が拭えず、結局出演を断ります。そしたら、年末に件の特番を確認してみると、なんと新垣さんが笑顔で「事件の真相!」みたいなことを語っているではありませんか。テレビ局の人はあんなに「佐村河内さんを悪くいう内容にはしない」と語っていたのに、出演しなかったことによって結局自分は笑い者になっている。新垣さんが特番のノリで大久保佳代子さんに壁ドンしている場面が、映画館に虚しく響きます。


佐村河内騒動のドキュメンタリー/映画『FAKE』特報

ドキュメンタリーは嘘をつく

『FAKE』は佐村河内さんの側から描かれた作品なので、多くの場合、観客は映画を観たあと基本的には佐村河内さんの側に立つことになると思います。私のこの感想も、思いっきり佐村河内さんのほうによっているでしょう。だけど監督は「ドキュメンタリーは嘘をつく」とずっと言い続けてきたあの森達也なわけで、監督自ら「この作品を鵜呑みにしないでどういうことなのか自分でよく考えてね」というメッセージを発信しています。

ラストの12分をだれにもいうなと予告編のなかでいわれているので私もラストについては触れませんが、まあこれは確かに衝撃ではありました。結局、この騒動はなんだったのか。だれがどんな嘘をついていたのか。真相はわからないし、そもそも真相なんて追求できる類のものではないのかもしれません。新垣さんや、新垣さんの側からノンフィクションを書いた神山典士さんの視点を排しているので、この映画が真実だとはとてもいえません。映画に突っ込みを入れることはいくらでも可能です。

ペテン師と天才 佐村河内事件の全貌

だけど、繰り返すようですがそもそも「真相を究明する」なんてことが無理なのかもしれません。書面で契約内容を残すことはできるけど、だれがいつ、何を思っていたかなんて絶対にわかりません。小保方さんの問題もそうだし、ゲス不倫問題もそうだし、とにかく世の中で騒動になっているあらゆる問題がそうです。『FAKE』は佐村河内さんゴーストライター問題の映画だけど、そこで語られているのは、決してこの騒動に関してだけではないのでしょう。

おまけ

オーソン・ウェルズの『フェイク』と比較してみたりとかしようと思いましたがキリがなくなるのでやめます。森達也さんは著書の『A』『A3』も面白いので、これを機に興味がある人は読んでみるといいかもしれません。

オーソン・ウェルズのフェイク [DVD]

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A3〈上〉 (集英社文庫)

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A3〈下〉 (集英社文庫)

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昔書いた森達也さんの『オカルト』の書評です。

aniram-czech.hatenablog.com