チェコ好きの日記

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木嶋佳苗被告の裁判傍聴記『毒婦。』の感想

普段あまり読まないタイプの本を読みました。

毒婦。 木嶋佳苗100日裁判傍聴記

毒婦。 木嶋佳苗100日裁判傍聴記

木嶋佳苗」という名前を聞けばピンとくると思いますが、本書は一時期メディアを騒がせた結婚詐欺の容疑者の、裁判傍聴記録です。ただし、著者は女性用のおとなのおもちゃの会社を運営しており、『アンアンのセックスできれいになれた?』などの本を出している方で、新聞記者や雑誌のライターではありません。なので、比較的<一般女性の目線>に近い立場から書かれた本になっていると思います。少なくとも、記者目線ではない。そしてこの事件に関しては、この<一般女性の目線>から考えないと見えてこない一面があると思うので、そういう意味では質の高い一冊になっていると思います。

ちなみに、なぜ私が普段読まないタイプのこの本を手に取ったのかというと、現代に生きる女性として、やはりこの事件が何だったのか気になったからです。私自身はいわゆるフェミニズム論者ではありませんが、大学の先生がわりとフェミニズム系の人が多かったので、院生時代に小倉千加子とか上野千鶴子とかを熱心に読んでいた時期が過去にありました。同じく女性が関わった戦後の事件として、東電OL殺人事件とかにもけっこう興味があります。

で、本題ですが、結論からいうと、私は本書において、「現代社会の問題点!」とか「現代女性の闇!」とかはあまりわかりませんでした。本書が、あくまで<一般女性の目線>から書かれていたからでしょうか。でも、それでよかった。東電OLに関してもそうですが、いくらセンセーショナルな事件とはいえ、一個人が起こした事件です。一人の人間を分析し、直接的な原因を究明することは極めて難しいです。そこにはいくつかの偶然や気まぐれが絶対にあります。「これがこうであれがああだからこうなった!」みたいな明確な論理は、出そうと思えば出せるでしょうが、それはあくまで後付けでしかありません。著者は、そういう無理やりな後付け論理展開をしようとしていませんでした。

2009年秋、メディアを騒がせたこの事件の概要を説明しておきましょう。木嶋佳苗(逮捕当時34歳)という容疑者が、婚活サイトなどで知り合った複数の男性から総額1億円以上のお金を受け取りました。さらにその後、それらの男性たちが次々に不審な死を遂げます。結婚詐欺、そして殺人の容疑で、木嶋佳苗は逮捕。そして100日に及ぶ裁判の後、彼女に死刑判決が下ります。判決後、木嶋容疑者はすぐに控訴したそうです。

メディアが騒いだ要因はいろいろありますが、その一つに彼女の容姿があります。お世辞にも美人とはいえない容姿。はっきりと「ブス」「デブ」と書く雑誌さえありました。美人に誘惑されお金を出してしまったならまだしも、なぜこんな「ブス女」に男たちはひっかかり、まんまと騙されたのか? というわけです。

木嶋容疑者に騙された男性たちも話題になりました。被害者は、世間的に「ちょっと……」となる男性たちばかりです。女性経験がなく、41歳にもなって母親にデートで着る服を買ってきてもらった男性。53歳で、携帯にお母さんとお姉さんと木嶋容疑者の番号しか登録されていなかった男性。あと、「ちょっと……」ではないけれど、80歳で年金暮らしの男性とか。

週刊誌なんかでは、「オタクでキモいからブスに騙された」みたいな書き方をされていたみたいです。テレビや新聞はもう少し品のある表現をしていた気がしますが、でも報道のしかたとして、いいたいことは週刊誌と同じだったと思います。

以下は、私の感想です。

何が木嶋佳苗をそうさせたのか? 子供の教育について

私は本書を読むまで、木嶋容疑者の生い立ちみたいなものを一切知らなかったのですが、失礼ながらあまり恵まれない家庭で育った方なんじゃないかと勝手に予想していました。でもちがいました。彼女は北海道別海町の出身で、父は中央大学卒の行政書士、母はピアノ講師。裕福な家庭に育っています。本人も、結局続かずに東洋大学を中退しますが、高校時代の成績はよく、模試では青山学院大学が合格圏内に入っていたとか。確かに少々家庭内不和みたいなものはあったみたいだけど、親が離婚しているわけでもなし、本書で書かれている程度の家庭内不和ならそんなに珍しくないと思います。そのまま青山学院でも東洋大学でも卒業して、就職すれば、それなりの人生を歩めたと思うのですが、なぜこうなってしまったのか。

真相はもちろんわからないですが、一つひっかかったのは、木嶋容疑者が小学5年生のとき、ある事件で担任に呼び出されたことがあるということ。その事件が何だったのかは同級生も知らず、あくまで「妊娠」「大学生」「お金」という言葉がクラスを飛び交ったことだけを覚えているそうです。そしてその後、中高生以降も、木嶋容疑者には援助交際などの性的な噂がたびたび流れたらしいです。北海道から東京に出てきてからも、東洋大学を中退後、デートクラブみたいなものに登録し、売春を繰り返していたとか。

今回の結婚詐欺も、その売春の延長だったんだろうと思うのですが、木嶋容疑者が初めて目に見えるかたちで性的な事件を起こしたのは、この小学5年生のときです。今回の事件に関して「何が木嶋佳苗をそうさせたのか?」ではなく、小学5年生のときに起こした小さな事件について、「何が木嶋佳苗をそうさせたのか?」ということが私は気になります。大学生とセックスをしてお金をもらい、妊娠したのか。もしくは、それに近いことがあったのか。

前述したように、木嶋容疑者は裕福な家庭で育っています。家にはクラシックの音楽が流れ、本は惜しまず買い与えられ、家庭教師もつけられていたそう。お金に困って大学生と援助交際をした、とはとても考えられません。なら、なぜ小学5年生の彼女は売春をしたのだろう。性的に早熟で、大学生と「恋愛をして」妊娠してしまった、というのならわからないでもないのですが、お金を受け取っていた(らしい)ことが気になります。当時から木嶋容疑者にとって、男性は恋愛の対象ではなく、ビジネスの対象だったということです。

木嶋容疑者には、北海道の田舎ではなく「東京へ出ていきたい、都会で暮らしたい」という思いが昔から強くあったみたいです。父が東京の大学出身だったからですかね。でも、そのためになぜ売春という方法を選んだのかさっぱりわかりません。木嶋容疑者の家が貧しくて、とても娘を東京にやれるような家ではなく、そのために売春でお金を貯めた……というのならわかるのですが、彼女の家は裕福で、しかも本人も頭がよかったのだから、普通に勉強して大学に行ったほうが合理的では? と思いませんか。

彼女は<女としての価値を売って><東京に出てくる>必要があった。何でかなー、と思うのです。

親の教育は実は子供の成長にあまり関係なく、子供の能力はあくまで子供同士の社会の関係性のなかで決まる、みたいな話を聞いたことがあります。これがもし真実ならば、木嶋容疑者の家の裕福さや教育熱心さはあまり関係なく、彼女は子供同士の関係生のなかで、女性であること(おそらく容姿)を深く傷つけられ、自分に女性として「金銭が受け取れるくらいの」価値があることをどうにか証明しなくてはならなかったのかな、と思いました。もちろん、あくまで推測です。

でも、だとしたら親にとってあまりにも残酷だと思いませんか? 親として、子供にできることが実はほぼ何もないのであれば、親は何をすればいいんだろう? 裕福な家庭で育ててもダメ、愛情たっぷりに育てても(過度な愛情は自立を憚らせる)ダメ、教育を熱心にやってもダメ。一方、貧しい家で適当に(?)育てた子供が北野武みたいになったり社長になったりするケースもあるんだから、本当にわかりません。塾に100万近くつぎ込んで不合格のケースもあれば、5000円分くらいの参考書を買い与えて勝手に勉強させといたら合格、みたいなこともあります。

でも、この事件から少し思ったのは、親が「娘」を持った場合、その子がバカでもアホでも何でもいいから、とにかく容姿だけは「かわいい!」「かわいい!」「かわいい!!」とどんなに不細工でも言ってあげたほうがいいのかな、と考えました。あれ、悪影響だと思うのですが、幼い頃に女の子が読む<お姫様の物語>は、絶対にお姫様が美人で、その容姿に惚れて王子様がやってきますよね。こういう物語を、女の子は幼少時に刷り込まれるので、自分が不細工だと人生が破滅するような恐怖が生まれるんじゃないかと思います。だって王子様が迎えにきてくれなかったら、一生継母にいじめられたり毒りんご食わされたりしなきゃならないわけでしょう。ちょっと不細工でも、自分の力で継母をたおし、毒りんご食わせてくる奴がいたら裁判に持ち込むようなヒロインがいたほうが、救いがある気がします。

でも、親がそういった物語を排除しても子供同士の関係で絶対そういった<お姫様物語>は耳に入ってくるので、親にできることはとにかく娘を「かわいい!美人!」って言ってあげることかな、と。根本的な解決になっていない気がしますが。

夢を見続ける男性と、性からの脱却

「婚活」という言葉が話題になったとき、ネットで30歳前後(いわゆる「アラサー」)の女性がものすごい叩かれた記憶があります。叩かれた女性というのは、こういった「婚活」をする女性で、結婚相手に様々な難しい条件を課している方たち。「イケメンで」「年収1000万以上で」「高学歴で」「相手方の親と同居する必要とかなくて」「優しくて」「浮気とかせず、私に一筋で」「専業主婦でいさせてくれる」男性だったら結婚する、みたいな。まあ叩きたくなる気持ちもわからないではないです。そんな奴いねーよ! いてもお前は選ばねーよ! ってかんじでしょうか。

だけどそれは男性も同じで、未だに「そんな奴いねーよ! いてもお前は選ばねーよ!」とついいってしまいたくなるような幻想を、女性に抱いている人はいます。

木嶋容疑者は、この男性の「夢」を、見事に再現できた人だったみたいです。あんまり美人じゃないけれど、だからこそ他の男と浮気する心配がないし、結婚詐欺なんかしないだろう、という安心感。介護の仕事をしていて(もちろん嘘)、親に何かあれば嫁が介護してくれるかもという夢を抱かせ、さらに料理上手でピアノも弾ける。自分の世話を「お母さんみたいに」やいてくれ、でも「お母さん」にはない女性的な魅力を持っていて、経済的に自立はしているのに、自分に従順な女性。


でも、80歳の男性については……どうなんだろう。年齢を考えれば無理もないですが、身体的にほとんど動けず、世界のすべては8畳の和室で、寝て、食べて、テレビを見て、パソコンをする、というそれだけ。自分にとって80歳はまだまだ遠いので、想像は容易ではないですが、そういうのってどんな世界なんだろう、と思います。

そんな生活のなかに、ふと木嶋容疑者みたいな女が現れて、「全身オイルマッサージをしてあげたい」だの「一緒に入浴しよう」だの言われたら、50万くらいポンと出しちゃうのも理解できなくはない気がします。

人間なので仕方のないことかもしれませんが、80歳になってもなお、性的な欲望から解放されないというのは、侮蔑でも何でもなく、苦しいだろうな、と感じました。私は、80歳になったら性的な事柄からはもう一切脱却して、夏は風鈴の音を聞き、冬は雪の積もる音を聞き……静かに仏教の本でも読んでいたいです。

結論めいたことをいうのであれば、この本から木嶋容疑者個人のことを考察することはできるけど、これを社会問題と結びつけて考えるといろいろと無理が生じそうだ、みたいなことを考えました。